第27話 初めての成功
「ミーハちゃん! 団長が呼んでる!」
学年毎のミーティングが始まって10分が経過した頃、輪に加わらず会話をしていた美晴が晴華に呼ばれた。
「ゴメン雪矢君、ちょっと行ってくるね」
「おう」
美晴は少しだけ申し訳なさそうにすると、晴華と一緒に3年の群がる空間へと向かっていく。さすがは人気者2人、同学年だけでなく他学年にも通用する美貌である。そして2年陣営の活力が急に消えたように見えたが気のせいだろうか。
「ひ、廣瀬君!」
たった2人が居なくなっただけでここまで空気が停滞するものなのかと思っていると、存在感が無に等しかった男が引きつった笑みを浮かべていた。
「お前居たの?」
「居たよ!? 話し合いだって積極的に参加してたし!」
泣きそうな表情でツッコミを入れてくるのは、残念イケメンこと堀本翔輝である。そういや彼も黄団だったな、全然気付かなかった。
「存在をアピールしたきゃ声くらい掛けろよ」
「だって廣瀬君、ずっと月影さんと話してるから声掛けづらくて」
そう言いながら先程まで美晴が居た場所に腰を落とす翔輝。どうやらちょっと挨拶をしにきた、というわけではないらしい。
「その、本来はこの時間にする話じゃないんだろうけどさ」
翔輝は身体を丸めるように体育座りをすると、目線だけこちらに向けてきた。
「廣瀬君、今日涼岡さんとお昼一緒だったんだってね」
反射的に口角が上がる。まさかこんなに早く蒔いた種が芽吹くことになろうとは。
「それがどうかしたのか?」
「えっ! どうかしたというか、あまり見ない組み合わせというか」
「本人から聞いてないか、昨日放送室で話したって。面白そうなやつだと思ったから今日昼に誘ったんだ」
もっとも、目の前の男の存在がなければ誘ってはいなかっただろうが、それを言ってやる義理はない。朧気な言い方で振り回すだけ振り回す。
「面白い、かな? 涼岡さんってそういうタイプではないと思うんだけど」
「そういうタイプ? お前があいつをどれだけ知ってるって言うんだ?」
「ひ、廣瀬君よりは知ってると思うけど……」
おっ、珍しく言い返してきたな。語調も弱くて頼りないが、良い傾向じゃないか。
とはいえ攻撃を緩める気は毛頭ないが。
「それであいつの面白さに気付かないなんて、随分つまらんやり取りを続けてるんだな」
「っ!」
僕の挑発が癪に障ったのか、翔輝はムスッと顔を強張らせながら立ち上がった。
「そんなことないよ! 涼岡さんの魅力は僕がよく知ってる! 聞き上手で僕のつまらない話にも笑ってくれたり、家族が共働きで家事が一通りできたり、迷子になってる子どもの親を1日中捜せる気配り屋さんだったり、一緒にいて落ち着くところがよくて……!」
つらつらと涼岡希歩の良さを語る翔輝は、どこか泣きそうで必死の形相だった。推察するに、僕の言った『面白そうなやつ』という言葉にピンとこず、涼岡希歩が僕にはそういう一面を見せていたと焦り、自分が知っている彼女の良さを羅列し始めたといったところか。
これ、もう答えは出てるだろ。
「ふーん。ならあいつと付き合えばいいんじゃないか?」
「……えっ?」
翔輝は何を言われているか分からない様子で呆け、再びへたり込む。いや、どれだけ思考回路が止まってるんだ。
「今の言葉、なかなか男前だったぞ。何にも想いがない相手にはまず出ない言葉だと思うが?」
「……!」
そう言うと、自分の紡いできた言葉が照れ臭くなったのか赤面する翔輝。
「だ、だって、廣瀬君が我が物顔で涼岡さんのことを語るから……」
「お前の本心を探りたかったからな、案の上ちょっと挑発しただけで立ち上がるんだもんな」
「もしかして、涼岡さんと今日一緒にお昼摂ったのって」
「こうしてお前に話し掛けられるようにするためだ。見事に手の平の上で動いてくれてるぞ」
「う、うう……!」
翔輝は両手で頬を覆い蹲りながら唸り始めた。うむうむ、とても良い反応だ。これを見たかったからこそ涼岡希歩に協力したまであるからな。
「……そりゃ、焦りもするよ」
体勢を変えないまま、翔輝は僕にだけ聞こえるような音量で呟く。
「廣瀬君が涼岡さんを好きになったら勝てっこない、自分の方が詳しいんだって言うしかなくて」
「なんでそんなに臆病なんだか、僕なんかが入る隙なんてないだろうに。まあそういうお前を彼女は好いてるんだろうな」
「えっ?」
顔を上げた翔輝に、涼岡希歩との会話を少しだけ暴露する。
「昨日言ってたぞ、垢抜けてカッコいいのに話しやすいって。トロい自分にも話を合わせてくれるって。そういう目線の高さを持つお前だからこそ、彼女に好かれたんだろうな」
「っ……」
翔輝は再び顔を紅潮させる。こんな初々しい反応も、涼岡希歩にとっては魅力的に映るのだろう。イケメンが格好良くある必要はないと、面白い価値観を教えてもらった気分だ。
「……うん、よく分かった」
自分の頬を叩いて気合いを入れた翔輝が、苦々しい笑みを浮かべて僕を見る。
「僕、怖かったんだ」
「怖い?」
「うん、涼岡さんと特別な関係になるのが」
そう言って、翔輝は目を伏せる。
「恋人になったら、当然今までとは違う関係で、その関係には責任が伴うわけで、僕なんかに背負い切れるか、それを考えたら怖くてしょうがなかった」
「……」
「だから僕、神代さんの名前を使ってワガママに足踏みしてたんだと思う。ホントはずっと、涼岡さんに心を動かされていたのに」
男らしくない翔輝の告白。「何を女々しいこと言ってるんだ、好きだったらさっさと付き合え」と言いたかったのに、僕の口は開いてくれなかった。
「ありがとう廣瀬君」
「何がだ?」
「廣瀬君のおかげで気付けたから。本当に怖いのは好きな人が誰かに取られちゃうかもしれないことだって」
「ってことは?」
「うん。今の僕は、神代さんより涼岡さんの方が好きだ。だから、彼女の告白を受け入れようと思う」
「……そうか」
無意識のうちに、僕の頬が緩んだ。
理由は分からないが、強いて言うなら僕の協力で恋が成就したのが初めてだったからかもしれない。かなり強引な動きを見せた自覚はあるが、憑き物が取れたような翔輝の顔を見て、これで良かったのだと心の底から思った。
「はあ。僕って一生廣瀬君に頭が上がらないな」
「それでいい、一生僕を尊敬して生きていけ。恋人共々」
「そうだね。後世にも残っていくよう考えてみるよ」
ちょっと待て、それは重くない? どこの馬の骨か知らない人間が恋のキューピットをしたって語り継がれるの? 子孫はどんな気持ちでそれを聞くの?
「しかし僕に彼女か、1年前なら考えられなかったな」
「僕の家で話した時も随分舞い上がってたな」
「そりゃ舞い上がるよ、告白なんて人生初だったし。よく考えると廣瀬君や青八木君より先に彼女ができるのか、ますます現実味がないや」
「僕はともかく雨竜より早いのは充分誇れるぞ」
「2人とも彼女ができないというより作らないだけだろうけどさ」
「作らないんじゃなく作れない、当人の問題だ。だからお前は誇っていい」
「あはは。廣瀬君は嘘言わないから素直に嬉しいや」
「そんなことよりかき氷のシロップの報告がまだなんだが」
「そんなこと!? というかアレ本気だったの!?」
「僕が冗談ぶっ込むわけないだろう。さあ今すぐ言え、そしてブルーハワイが1番美味しかったと言え」
「なんか趣旨変わってないですか!?」
それからしばらくの間、僕は幸せ真っ只中の翔輝を別の意味で追い込むのに精を出すのであった。
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