第26話 団の集まり

「まさか同じ団だったとは、よろしくお願いします」


腹黒桃源郷後輩こと佐伯少年は、ハレハレなど見えていないように僕に柔和な笑みを見せる。僕からすれば透けて見える目的だが、当人以外はそれに気付くこともなく。


「佐伯君じゃん! やっほー!」

「神代先輩、ですね」


部活動で顔見知りらしい2人は、早速お互いに挨拶を交わす。恐らく佐伯少年の目に僕はもう映っていないのだろう、ハレハレと話すことが目的だろうし。


「ユッキーと知り合いだったんだね、どういう繋がり?」

「茶道部合宿のときにですね、そこでお世話になったので」

「そういえば前茶室に居たよね! 勿体ない、あれだけバスケ上手なのに」

「いえいえ、僕なんて青八木先輩と比べたらまだまだですよ」

「そりゃウルルンと比べたら大概まだまだだよ」

「ウルルン?」


会話する晴華と佐伯少年へ視線が寄せられる。今なら僕に注目する人間はいない、それとなくその場からフェイドアウトしようとしたところで、もう1人のハレハレから声を掛けられた。


「雪矢君、空ちゃんたち以外に後輩の知り合い居たんだね」


美晴の疑問に返答する前に、晴華との会話から抜け出してきた佐伯少年がこちらへ顔を出す。


「初めまして、月影先輩。1年の佐伯と言います、廣瀬先輩にはいつもお世話になってます!」

「こちらこそ初めまして、2年の月影です。雪矢君にはいつもお世話になってます」


穏やかスマイルをぶつけ合う2人の意味不明な挨拶に呆気を取られる僕。佐伯少年の嘘くさい笑みのせいで、美晴の表情まで嘘っぽく見えてしまうな。まあ美晴はずっとこうだから何とも言えないが。


「佐伯君はどうしてここに?」

「えっ? えっと、廣瀬先輩を見かけたので挨拶しようと思って」

「……ホントにそれだけなのかな?」

「へっ?」


一瞬我に返ったように表情を崩す佐伯少年に一歩近寄り、美晴が囁いた。



「雪矢君の優しさにつけ込みすぎたらダメだからね、今日は許しちゃうけど」

「は、はい!」



佐伯少年は顔を真っ赤にすると、そそくさと1年の集団の方へと帰ってしまった。なんだ、美少女と触れ合うことに生きがいを感じてそうなあいつが随分あっさりだな。


「美晴、佐伯少年に何言ったんだ?」

「内緒。心当たりがなきゃ大したことじゃないよ」


唇に人差し指を当てる美晴は、いたずらっ子のように無邪気な笑みを浮かべていた。そういう可愛らしい動作はやめなさい、お前のファンが沸いて落ち着かなくなるだろ。


「佐伯君ずるーい、あたしもミハちゃんに囁かれたーい」


お前はお前で変な性癖を出すな、変な性癖の奴が興奮するだろうが。いや、女子同士の絡みを好むことを変な性癖と言うべきか。一生の研究課題である。


「はーい! ちゅうもーく!」


佐伯少年乱入事件が落ち着いたタイミングで、ステージにいる3年生が手を振りながら声を張り上げる。しばらくたって、第二体育館に静寂が訪れた。


「皆さんこんにちは! 俺は黄団の団長をやらせてもらおうと思う3年の木田だ、俺が団長だと困るって人いたら手を上げてくれ!」


そう言った瞬間、3年集団の全員の手が上がる。


「ええ!? 君らの推薦で選ばれたのに!?」


大袈裟に驚いてみせる団長の姿に、体育館が笑いに包まれる。成る程、先輩後輩の垣根を取るために面白おかしく準備してきたんだな、頼りがいのある先輩方だ。


「すまん! 3年の反対押し切るから! 俺が団長でもいいって後輩は拍手ちょうだい!」


今度は体育館が手を叩く音で溢れかえる。お約束な展開ではあるが、ある意味団結力が生まれたとも言える。黄団としての滑り出しは上々かもしれない。


「というわけで、今から各種目の出場選手を決めたいと思う! 事前にもらってる資料で各学年で何人参加か分かってると思うから、話し合って全部決めたら俺に報告してくれ! 代表リレーは100メートルのタイムで選手を選ぶように!」


団長の指示により、僕の知らない資料(?)を見ながら生徒たちが学年毎に輪を作っていく。ちょっとお待ち、その紙はいつ配られたんでしょうか。


「2年の皆さん! ちょっとだけあたしが仕切るよ! ダメだと思う人は手を、ってみんな早い!?」


集団の真ん中で指揮を執り始める晴華は、団長と同じ展開で笑いを取る。ボードゲームもそうだが、こういうところを見るとあいつの地頭の良さが分かってくるな。


ってそんなことはどうでもいい、皆が持ってる紙は何だ。


「雪矢君、どうかした?」


あまりに僕がキョロキョロしていたせいか、隣にいた美晴が様子を窺うように声を掛けてきた。


「いや、みんなが持ってる紙が何かと思って」

「体育祭の種目リストだよ、種目毎にどの学年が何人参加するか書いてあるの」


そう言って、美晴は自分が所持している種目リストを見せてくれる。


「雪矢君のクラスでも配られてると思うけど」

「記憶にございません」

「紙飛行機にして飛ばしちゃったのかもね」

「僕を何だと思ってるんだ、いつまでも紙飛行機にうつつなんか抜かしてないぜ」

「そういう返答は予想外だったな」


そういえば、雨竜を五目並べで倒すために何かの裏紙を使った記憶があるな。あれが種目リストだったのか、腹いせでビリビリに破いてしまってるな。何の腹いせだって、聞かないでくださいまし。


「でも雪矢君には必要ないんじゃない? 二人三脚以外は全員参加除いて出ないでしょ?」


ニコニコ楽しそうに笑う隣の美少女は、僕の考えなど把握したようにそう告げる。実際その通りだから返す言葉がないな。


「暇な時間は相手してね」

「約束はできんぞ、球技大会の例もある」

「うん、空いてるときだけで充分。雪矢君が忙しなく動いてても私は楽しいから」

「好き勝手言いよって」


種目に対する熱がないせいか、2年の円陣の中に居るのに僕と美晴だけ別空間に切り取られたような気分だった。騒がしいはずなのに、いつものトーンで会話できてるから不思議である。


「あっ、二人三脚の1枠はあたしとユッキーね! それは決定事項だから!」


そういう嵐が生まれそうなことを大声で言わなくて良いから、いっぱい視線飛んでくるの嫌だって知ってるだろうにあのおっぱいオバケは。



「雪矢君、一瞬にして注目の的だね」



誰のせいだ誰の。僕の平穏を返しなさい。

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