第25話 夕方のざわめき
蘭童殿の件は一旦置いておき、僕と涼岡希歩は教室に戻ることにした。
よく考えると、蘭童殿との作戦会議がまともに終わったことってないんだよな。結局彼女のごり押しこそが最強の選択肢ということなのだろうか。よく分からんが。
「今日は誘っていただいてありがとうございました」
2-Cに着くと、涼岡希歩は僕に対して礼を述べる。
「1年生との交流はあまりないので楽しかったです」
「気にするな、こちらも体育祭について話してもらって助かったし」
「2人とも、反応が新鮮で可愛らしかったです」
「そうだろそうだろ、2人とも自慢の後輩たちだからな」
いつぞや佐伯少年が蘭童殿とあいちゃんを高く評価していたが、それも頷けるところである。あの2人には世界の裏側というか、闇というものを知らずに生きて欲しいものだ。
「えっと、後は私側の本題ですが」
食堂からの帰り道でできるような話をわざわざ2-C教室前で行っているかというと、当然大衆の目に触れるためだ。少なくとも翔輝に気付いてもらわなきゃ意味がないが、先ほど教室に居たのは確認している。
「堀本君から何か訊かれるでしょうか?」
「それなら大成功だが、訊かれなくても君から普段話すような形で声を掛けてみてもいい。その代わり、あいつから僕の話題が出るまで話を振るのはなしだ」
「は、はい」
「後、何か訊かれたとしても僕との関係を否定するような発言はなしだ。できれば僕が君にアプローチを掛けているように見える話題が良いな、今日の昼食に誘われたとか」
「成る程」
これで翔輝のモヤモヤが収まらず、僕に直接訊こうものならかなり脈ありと言って良い。そこから僕が翔輝の気持ちを揺さぶってやれば一気にゴールインする可能性もある。はあ、雨竜もこれくらい楽だといいんだが。
「上手くいくでしょうか?」
「上手くいくかはともかく、十中八九進展はする。あいつの性格を鑑みてもな」
「……」
「どうした?」
先程まで強張っていた涼岡希歩の表情が穏やかなものへと変わっている。
「いえ、堀本君のこと分かってるんだなと思いまして」
「……うるさい。これでも1年近くつきまとわれてるんだ」
「そうみたいですね」
なんだろうな、この美晴相手のときのようなやりにくさは。温厚なタイプとやり取りするときはいつも調子を崩されている気がする。
「とりあえず僕の協力は以上だ、後は勝手にやってくれ」
「はい! 廣瀬君も青八木君との勝負頑張ってください、できることがあればサポートするので!」
「何かあればな」
そうしたやり取りの後、僕は自分の教室へと足を運ぶ。
我ながら余計なことに首を突っ込んだと思ってしまうが、不思議と不快感はまるでなかった。
―*―
5限の授業を終えると、クラスメートがパラパラと席を立って廊下の方へと向かっていく。移動教室はなかったと記憶しているが、まさかこれが噂に聞く集団トイレ? 親交を深めた者たちは排泄作業をも共にするという都市伝説があったが、まさか事実だったとは。それにしては数が多い、膀胱に被害を被る生徒が少なからず出そうだ。
「雪矢、お前は行かないのか?」
依然として席に座ったままの僕に声を掛ける雨竜。コイツ、僕をトイレに誘って何をしようと言うんだ。
「残念だが、僕の膀胱内はすっからかんだ」
「なんでお前の膀胱事情を聞かされているんだ」
どうやら違ったらしい。生ける都市伝説こと青八木雨竜に既存の都市伝説など意味を成さないということか、グッバイ集団トイレ。
「じゃあなんだこの集団逃亡は、ハーメルンも真っ青な効力だぞ」
「お前な、ハーメルンの笛はそもそも人に作用してたわけじゃないんだぞ」
やっべ、青八木マニアスイッチを押してしまったかもしれない。
「彼はネズミを追い払うために動いたのであって最初に約束を破ったのは」
「もういいわ、そっちの掘り下げを頼んだ覚えはねえよ」
まったく、何がコイツの琴線に触れるか分かったものじゃないな。余計なことを言うとそれを上回る圧倒的知識で呑み込まれるので注意しなくては。
「で、この後って何があるんだよ」
「お前、朝礼聞いてなかったのか?」
「ポテチの袋を使うと簡単に三角おにぎりを作れるって噂を聞いてな、少しばかり工作してた」
「家でやれ」
「馬鹿め、家なら父さんが完璧なおにぎりを作ってくれるんだ。学校でやらなくては意味がないだろ?」
ちなみに蘭童殿たちとの食事中に試してみたが、思ったより綺麗な三角おにぎりが誕生した。ご飯が熱すぎて手の平が火傷しかけたが名誉の負傷である。
「これ以上何を言っても無駄だろうから本題に入るが、6限は体育祭準備だ。各団ごとに集まって種目決めを行うんだとさ」
「へえ」
そういえば去年もそんなことがあった気がする。確かにどこかで集まって参加種目を決めないと体育祭が回らないな。
「ところで雨竜」
「なんだ?」
「僕って何団でどこ向かえばいいんだ?」
「黄団で第二体育館だよ!!」
さすが雨竜君、頼りになるクラスメートである。
―*―
少し遅れて第二体育館へ着くと、既に多くの生徒がステージの前に群がっていた。3学年で180人弱、全校生徒で考えるととんでもない数だな。
「1年は右側に集まって! その隣が2年、3年という感じでまとまって!」
3年生だと思われる男子生徒がステージ上から声を上げて指示を出す。この人数をまとめなきゃいけないのか、ご愁傷様だと言わざるを得ないな。
「あっ、ユッキー!」
ゆっくり2年集団に合流すると、後方を窺っていた晴華と目が合った。
「遅いよユッキー、サボったのかと思ったじゃん」
「雪矢君、こんにちは」
こちらが気を遣ってひっそりと潜んでいたのに、僕に合わせて後ろに下がってくるハレハレのお2人。どうしてこの人たちは周りの目線というものを気にしないんですかね、貴女方の移動と共に視線もこちらに動いたの分かってます?
「なんでわざわざ後ろに来たんだよ」
「そりゃユッキー来るの待ってたし、ねえミハちゃん?」
「そうだね」
「いや、だからなんで待ってたかって話だよ」
二人三脚の件を除いては僕の体育祭モチベーションはそこまで高くない。球技大会同様空気のように扱ってくれて構わないのだが、この2人と一緒に居て空気になれるわけがない。少なくとも美晴なら僕の思考程度分かっていると思うのだが。
「ユッキーといると楽しそうだから!」
「私も雪矢君といると落ち着くからなぁ」
分かっていようがなかろうが、考慮するかどうかは別の話である。随分と表現の違う2人の笑顔を見せられて僕は溜息をついた。言ってもらえてること自体は悪くないのだが、時と場所を選んでくれ。
「ユッキー、その溜息は失礼です!」
「まあまあ晴華ちゃん、雪矢君の気持ちも分かるしね」
「分かるなら行動で示してくれ」
相も変わらず周りの視線を集めている状況で、僕は見覚えのある人影と目が合う。
「こんにちは、廣瀬先輩」
この瞬間を狙っていたかのように、エデンを求める猫かぶり後輩が声を掛けてきた。
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