第24話 体育祭の種目
「名取先輩って、2−Aの名取さんのことですか?」
「そうです」
「うーん、彼女とはお話したことないですし、派閥ではないと思うんですが」
蘭童殿の言い回しに気を止めることなく、真面目に返答する涼岡希歩。派閥って言葉、そんなに一般的だろうか。僕なら質疑に疑問を呈さずにはいられないんだが。
「安心しました、流石は廣瀬先輩のお知り合いです」
真宵の関係者じゃないと悟ると、蘭童殿は朗らかな笑みを浮かべて再度涼岡希歩と握手をした。この子、感情の起伏がどうなってるんだろう。
「涼岡先輩が無罪と分かりましたので、本題に入りたいと思います」
トレイのメニューをちょびちょび食べ進めながら、蘭童殿は区切りよく話を進める。
「私は青八木先輩に想いを寄せているんですが、って青八木先輩の説明はいらないですよね?」
「は、はい。学校きっての有名人ですからね」
「そうなんです。そんな人だからいろんな方が青八木先輩に恋してるわけなんですが、その中でも私はけっこう頑張ってる方だと思うんです」
「うん! 空ちゃんは頑張ってるよ!」
あいちゃんが力強く同意するように、雨竜にアプローチするメンツの中でも蘭童殿は飛び抜けて積極的だ。周りの目も気にしないし、雨竜にあしらわれても果敢に挑戦する。だからこそ僕は彼女を尊敬しているし期待しているのだ。
「ですが最近、無視できない強大なライバルが現れたんです」
「えっと、名取さんですか?」
「よく分かりましたね、まさか未来人?」
「……あれ、簡単に察せるよね?」
大げさな扱いを受ける自分にまったく納得していない涼岡希歩。こんなことでいちいち頭を捻っていたら暴走する蘭童ハリケーンにはついていけないぞ。まあ今のは話の流れで誰でも察することができるが。
「名取先輩とはお互いに鎬を削る間柄だったわけですが、もちろん体育祭というイベントも外せません。どちらがより青八木先輩にアピールできるか、それを考えている隙に先手を打たれてしまったんです」
「もしかして、男女混合二人三脚?」
「そうなんです! 自分の運動神経を活かし、体育祭でのメイン種目足り得る二人三脚で青八木先輩のペアを勝ち取ったんです! さすがの私も穏やかではいられません!」
蘭童殿は困ったように眉を顰めているが、そうなってしまった原因である僕に一切文句を言わない。そんなことに時間を割くくらいなら先のことを考える、根底にそういう気持ちが根付いているのだろう。社会に出たら間違いなく大成するタイプだ。
「というわけで廣瀬先輩にお時間いただいたんですが、せっかくですので涼岡先輩にもご意見いただきたいです」
「ご意見!? え、えっと、蘭童さんは青八木くんと同じ団なんですか?」
「はい! 残念ながら名取先輩も一緒ですが……」
「成る程、ならば他の団体競技で接点を作るのはありかもですね」
「青八木先輩と一緒にできそうな競技ってあるんですか? 私もあいちゃんもその辺り疎くて」
「2人とも1年だからな、知らなくてもしょうがない。で、団体競技は何があるんだ?」
「……どうして廣瀬先輩は知らないんでしょうか?」
確かに、僕2年なのに。父さんも来てたし競技は参加していたと思うんだが、まあ興味なかったし仕方ないな。
「男女混合の団体競技というと、綱引き、玉入れ、団選抜リレー、増殖リレーですね」
「増殖リレーってなんですか?」
「バトンを渡す度に走者が増えるリレーです、二走者目が二人三脚、三走者目が三人四脚といった形で。アンカーは8人でムカデを作りますが、これらの組み合わせは男女別々ですので今回の趣旨と異なるかも」
「へー、でも面白そうですね」
増殖リレーか。端から見ていた記憶を掘り起こすが、結局あれってムカデゲーなんだよな。三人四脚や四人五脚じゃリレーのコース上相手を抜けないし。面白い試みなのは認めるが。
「後は各団の有志で行う応援合戦があります。これが体育祭で1番盛り上がるんですよね、各団で特徴が違って面白いですし」
「私の中学でもありました、1番練習時間を使うんですよね」
「陽嶺の応援合戦は3分間しかないのでやれることは限られてますけど、それでも見応えはあると思いますよ」
「随分詳しいな、僕は全然知らなかったぞ」
「廣瀬君が知らなすぎなだけだと思いますけど、去年の体育祭は私もそれなりに関わっていたので」
「そうなんですか、実行委員とか?」
「いえ、放送委員です。プログラムの説明や競技の実況をするんです」
「へえ! 楽しそうですね!」
「そんないいものじゃないですよ。最初に学年男女別の100メートル走があるんですが、皆さんの名前を間違えないように読み上げないといけないので」
「うげ、なんでそんな面倒なことしてるんだ?」
「全員が確定で出場する個人種目はそれだけですからね、来場いただく父兄の皆さまに伝わるようにしなくちゃいけないんです」
成る程。なんで体育祭で100メートル走なんて個人差が出まくる種目を採用しているのかと思ったが納得がいった。運動が苦手な生徒も日の目が当たるようにという配慮があるのか、教員たちも大変だな。
「あと、直接体育祭の点数には反映されないんですが、部活動対抗リレーというのがあります」
「えっ、なんですそれ!?」
「言葉のままです、部活別でリレーをするんです。ただしバトンの代わりに部活動に関係するものを繋ぐという規定ですが」
「サッカー部ならサッカーボールをバトンにするみたいな感じか?」
「仰る通りです。1位と2位には部費が割り当てられるので皆さんやる気ですよ」
「いや、それだと文化部が不利だろ?」
「上位だけじゃなくパフォーマンス賞も別途存在するので、文化部の方が部費を得る機会はありますよ。実際去年のパフォーマンス賞は吹奏楽部ですし」
「吹奏楽部?」
「はい、各々が扱う楽器を演奏しながら走ってました」
何それ、めちゃめちゃ面白そうな光景じゃないか。なんで僕の記憶に存在していないんだ、部活動対抗って言葉そのものに嫌悪してたからだと思うが。豪林寺先輩が部活こなくなり始めた時期だし。
そこからしばらく、涼岡希歩による体育祭プログラム講義が開催される。蘭童殿とあいちゃんにはその1つ1つが新鮮だったのだろう、楽しそうに質疑を繰り返していた。
「涼岡先輩、今日はありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
昼休み終了10分前になって解散となった。蘭童殿とあいちゃんが深々と頭を下げる。
「体育祭、すっごく楽しみになりました!」
「放送委員、大変かと思いますが頑張ってください!」
「こちらこそお話しできて楽しかったです」
満足げに去って行く2人を見て、大きく息をつく涼岡希歩。
「……緊張しました」
「そうは見えなかったがな」
彼女の丁寧な説明は分かりやすく、とても焦っているようには見えなかった。本番で上手くやるタイプなのだろう、本人の性格と違って決めるところはちゃんと決めるんだよな。
「それより、良かったんでしょうか?」
「良かった? 何が?」
涼岡希歩が不安げにこちらを見るので僕は首を傾げる。客観的に見ても彼女が何かをやらかしたようには見えなかったが。
「蘭童さんの恋愛相談、結局乗れていないんですが」
あっ。
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