第23話 昼のスクランブル

 特に取り立てて話すことのない授業を4回受けると、待ちに待った昼休みの時間が訪れた。


「おい」


 僕が立ち上がると、隣の席の池田麺太郎君が声を掛けてきた。


「なんだ?」

「昼食、一緒に食べようぜ」


 世迷言を仰る麺太郎君に向けてわざとらしく溜息をついた。


「愚か者め、どこの世界に戦う相手と仲良くご飯を食べる奴がいるんだ」

「幾らでもいるだろう、お前はどれだけ大袈裟なんだ」

「大袈裟なもんか。体育祭までの期間はな、どれだけパートナーと絆を紡げるかが鍵となってくるんだ。そうして信頼関係を築くことで、二人三脚はより安定感を増して速くなる。雨竜よ、貴様にこれが理解できるか?」

「よく分からんが、神代さんと昼食を取るから断るってことでいいのか?」

「いや、蘭童殿と食事する予定だが」

「お前はいったい何の熱弁をしてたんだ?」


 どうやら雨竜には僕の素晴らしい演説が響かなかったらしい、悲しい現実である。


「お気楽な奴め、蘭童殿は大変悲しみを抱いておられるのだぞ?」

「なんでだ?」

「お前が二人三脚の相手に真宵を選んだからだ。勝利の為とはいえ血も涙もないな」

「つまり俺に勝負を挑んだお前が悪いってことだな」


 やめてくれ、その言葉は僕に効く。雨竜と真宵が同じ団だと知らなかったとはいえ蘭童殿を悲しませてしまったのは事実、うまくフォローできるといいのだが。


「まあ先約がいるならしゃあないな、名取さんでも誘ってみるか」

「ちょっと待て、僕の話を聞いてたか? 蘭童殿は悲しみを」

「お前の話なら聞いてたぞ、どれだけパートナーと絆を紡げるのかが鍵なんだろ?」

「いや違う、そっちじゃなくて」

「せいぜい慌てふためいてくれ、墓穴堀男君」

「ぐぬぬ……!」


 雨竜は心底僕をナメ腐った笑みを浮かべると、教室の外へと出て行ってしまった。



 すまん蘭童殿、僕めっちゃ足引っ張ってます。



―*―



「あっ」

「おっ」


 蘭童殿への言い訳を脳みそフル回転で考えていると、対面から最近見知ったおさげ少女と目が合った。


「こんにちは、廣瀬君」


 笑顔で挨拶してきたのは、放送室でお世話になった(?)涼岡希歩である。


 そしてその出会いにより、天啓が舞い降りた。


「ちょうどいいところに。今からご飯か?」

「はい、今日は友だちと教室で」

「友だちとは何人だ?」

「えっ? えっと、3人ですが」

「よし、それなら僕と学食に行こう」

「はぇ?」


 友だちと2人で食べるというなら抵抗があったが、彼女を借りても3人いるなら話題に欠けてつまらなくなるってことはないだろう。


「あ、あの、理由を訊いても?」

「翔輝の感情を揺さぶるためだ。僕と君が仲良くご飯を食べてたらあいつがどう反応するか」

「えっ、ええ!!?」


 涼岡希歩は一瞬呆けたかと思うと、悲鳴にも似た声を上げ始めた。


「待ってください! 趣旨は分かりましたが、それで勘違いされたりしませんか!?」

「大丈夫だ、念のため布石は打ってある。たまには普段と違う行動を取ってみようじゃないか」

「で、でも」

「アイツと付き合うんだろ、勘違い起こすくらい響いてるなら万々歳だ。心配するな、こじれそうなら僕が間に入るから」


 涼岡希歩の気持ちに、翔輝も満更ではないはずだ。ならばそこを刺激してやることでアイツの中の感情が大きく動き始めるはず。それでも晴華を優先するというなら、端から付けいる隙はないということだ。


「わ、分かりました。友だちに言ってきますね」


 どうやら覚悟を決めたようで、先程までうじうじしていた少女は早歩きで2-Cの教室へ向かっていく。


 はあ、ここまで立派な心の持ち主だというのに、どうして相手は雨竜じゃないんだ。相手が雨竜ならばさらなる刺客として送り込むことができたというのに。


 仕方ない、ここはこれから会う期待大の後輩さまに縋ることにするか。残念ながらご飯を奢るお金はないのだけれど。



―*―



「さてと、楽しい食事にしようじゃないか」

「……」

「……」

「……」


 食堂に向かい事前に確保いただいていた席に向かうと、騒がしい食堂内のはずなのに静けさが空間を支配した。後輩2人がポカーンとしているな、ものすごくキュートだがずっとそのままでいるわけにもいくまい。


「紹介しよう。こちら2-Cの涼岡希歩だ、昨日知り合ったんだ」

「ご紹介に与りました涼岡希歩です! よろしくお願いします!」

「そしてこちらが、えっと、クラスは知らないが蘭童殿だ。尊敬に値する人物だぞ」

「廣瀬先輩の過剰評価が重いですが、1-Aの蘭童空です! よろしくお願いします!」

「トリを務めるのが我らが象徴、クラスは知らないあいちゃんだ。最近可愛さであわやギネスに載る手前だった存在である」

「廣瀬先輩! そういう冗談はやめてください!」

「どうだ、ものすごく可愛いだろ?」

「はい、可愛いです」

「あいちゃん、今日もばっちり可愛いよ!」

「うう……空ちゃんまで……」


 あいちゃん赤面ノルマを達成した僕は、朗らかな気持ちで合掌してから食事に入る。うーん、絶妙に美味しくないけど安価に定評のある醤油ラーメンって味だ。


「お待ちを廣瀬先輩」

「どうしたんだい蘭童殿?」

「いやあの、先輩の知り合いをご紹介いただいたのは嬉しいのですが、どうしてこの場にお連れになったのかと思いまして」

「それは同感です、廣瀬君と2人で食事よりは気が楽ですけど」


 あいちゃん含めた3人が困り顔を浮かべているが、こうなることは想定していた。初対面の人間と一緒に食事をするなんて一般的には気まずいだろうし、なんなら僕と涼岡希歩も初対面みたいなものだ。


 だが安心してくれ、何もなしにこの状況を作りはしないさ。


「よくぞ聞いてくれた。実は蘭童殿に頼みたいことがあって」

「頼みたいこと?」

「そう、今日連れてきた涼岡希歩に恋愛たるものを教えて欲しくてな」

「えっ!?」


 声を上げたのは蘭童殿ではなく涼岡希歩。ここで自分の名前が出るとは思えなかったのだろう。


「彼女、好きな異性がいるようなのだが、今一歩踏み込めずあわあわしているんだ。だからここで、蘭童殿のアグレッシブパワーを分けてほしいと思ったんだ」

「えーっと、私にアグレッシブパワーたるものがあって、どのようにすれば分けられるんでしょうか?」

「今日僕にしようとしてた話をしてくれればいい。もしかしたら彼女から妙案を授かれるかもしれないし」

「成る程。悪くないお話ですが、1つだけ涼岡先輩に確認させてください」

「何だ? さっきは流れであいちゃんを可愛いと言ったが、本心はどうなのかってことか?」

「どうなんですか?」

「いや、本当に可愛らしい方だと思いましたが……」

「合格です、素晴らしい」

「あ、ありがとうございます……」


蘭童殿はものすごく真顔で涼岡希歩へ握手を求めていた。うむ、感動の瞬間だな。涼岡希歩が困惑気味に手を握り返している気がするが気のせいだろう。それより「恥ずかしい……」と両手で顔を隠すあいちゃんが可愛い。


「それで蘭童殿、確認事項はこれでオッケー?」

「いえ、これからです」


さっきの違ったんかい。だとしたらすごいアドリブ力だな、さすがは『あいちゃんを楽しく愛でようの会』会長、あいちゃんを照れさせるためなら右に出るものはいないぜ。


「涼岡先輩、私はこれより極めて重要なことを質問します」

「は、はい……」


鬼気迫る蘭童殿の圧力に怯えながらも返答する涼岡希歩。どちらが先輩なのかよく分からない状況下で、蘭童殿は彼女へ質問した。



「涼岡先輩は、名取先輩派閥ですか?」



極めて重要なこと……?

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