第22話 朝の密会

翌日。僕はいつもより早く登校していた。


理由は1つ、昨日来ていたラインのメッセージに、こんなのがあったからだ。


『明日の朝礼前かお昼休み、時間取れますか?』


朱里からの依頼。僕の放送や体育祭についてやり取りしていた際、そんなメッセージが届いたのだ。


昼は蘭童殿と約束していたので、朱里とは朝に会うことにした。内容は事前に聞いていないが、晴華と二人三脚でペアになることは知られているため、梅雨と似たような用かもしれない。少々足が重いが、一昨日は茶をしばいてもらっているため断る理由もない。


学校に着くと、僕は1度カバンを教室に置いてから廊下に出る。そこから待ち合わせ場所である茶道室へ向かう。


鍵で管理している場所なので中に入れないと思ったのだが、朱里は茶道室で忘れ物をしたテイで鍵を借りてくる算段らしい。僕なら絶対に鍵を貸してもらえないと思うと、少々複雑な気持ちである。おかしいな、僕ほど教師に敬意を払っている人間はいないというのに。


朱里は先に着いているようで、茶道室の扉はすでに空いていた。中に入ると、約束の人物が玄関部で腰を掛けていた。


「廣瀬君、おはよう」

「おう、おはようさん」


はにかむ彼女の隣に座る。ここに来るときは他の茶道部員がいるため、いつもより広く、そして静かに感じた。


「廣瀬君、相変わらず行動力がすごいね」

「ん?」

「昨日の放送の件、クラスのみんなも驚いてたよ」

「ああ、それか」


本題に入るのかと思いきや、昨日ラインでやり取りした内容を改めて話す朱里。2−Dの連中が驚いてたっていうのは初耳だが。


「茶道部でも話題になってたなあ、特にあいちゃんたち1年生は去年の廣瀬君を知らないし」

「ゲリラDJとでも思ったか?」

「そんな感じ。ただ5限が始まる前に先生から警告があったみたいで、廣瀬君を知らない人は先輩にとんでもない人がいるって認識になってるみたい」

「……」


とんでもない人って、多分朱里なりにマイルドな表現をしてくれたんだろうな。客観的に見て、唐突に放送室でDJをする人とは距離を置きたいだろうし。今僕の友人を名乗ってくれてる皆さん、風評被害が飛んでいったらごめんなさい。分かってると思いますが、僕は通常運転です。


「それにしても、青八木君と戦うだなんて廣瀬君らしくないね」

「その心は?」

「目立つし疲れるしそもそも勝率を上げるのが大変だから」

「……座布団2枚だ」


ちょっと待って。梅雨といい朱里といい、僕はそんなに分かりやすいか?


……分かりやすいな、僕の行動原理って境界線がかなりはっきりしてるし。とはいえ2人ともそんなあっさり答えなくてもいいと思う。


「まあ体育祭の1日だけなら普段と違ってもいいよね」


しかし朱里は、二人三脚の件を追及するでもなく話題の種として朗らかに話すだけだった。


あれ、だったら朱里はなんで僕を呼んだんだ? 昨日はいろんな人からメッセージがきてたし、彼女も僕に訊きたいことがあるのかと思ったんだが。


「なあ朱里、何か話したいことでもあるんじゃないのか?」


朝礼までそれほど時間があるわけでもない。僕から朱里に促すが、彼女は目を見開いて首を傾げるだけ。


「話したいこと?」

「いや、わざわざ朝早く来た割には普通の会話だったから」


話しにくいことならこちらから誘導してやることもできる。だからこそ僕から話を振ったのだが、朱里からの返答は予想外のものだった。



「……い、嫌だった?」

「へっ?」



朱里は人差し指で頬を搔きながら、じわりじわりと頬を染めていく。



「ご、ごめんね。廣瀬君と2人きりでお話したかっただけと言いますか、なので特別話題があるわけではないと言いますか……」

「……」



とても可愛らしい弁明だった。つまり朱里は、僕にお願いや質疑があるわけではなく、僕と話をしたいから時間を取ってほしいとお願いしたのである。


「で、でも! 廣瀬君、茶道部合宿のときに会いたくなったら連絡よこせって言ってたよね!?」

「言ったな」

「だったらおかしくないよね!? 私は普通です!」

「普通の奴は自分を普通って言わないぞ?」

「えっ、じゃ、じゃあ私は変です!」

「そうだな、とっても変だ」

「逃げ場がない!?」


朱里をからかいながら、彼女から大切なことを教えてもらったと思う。


利己的に生きすぎてきた僕は、どうも行動に理由を付けたがる節がある。目的地に行く理由や友だちに会う理由など。


でも、理由がなくても会ってもいいし、行きたいところに向かえば良いのだ。それが好きな相手で、好きな場所なら尚更。


「そりゃですね、廣瀬君と晴華ちゃんが組むって聞いて慌てたからって理由もあります! 放課後の廣瀬君を取られるなら、朝か昼を取るしかない、そう思い立った次第なんですよ!」

「言っとくが毎朝早く来るつもりはないぞ」

「そんなおこがましい真似はしません、私もちょっと早起きが大変なので。週1くらいならどうですか?」

「それなら付き合う、朝の日差しを浴びながら茶道室で語らうというのも乙なもんだ」

「えへへ、そう言ってもらえてよかった」

「ただし、茶道室への忘れ物って設定が何度も通じるか知らんぞ」

「……確かに、いろいろ考えます」

「馬鹿もん、後回しにせず今考えるんだ。僕も一緒に考えてやるから」

「心強いけど、廣瀬君何かある?」

「簡単なのが1つあるだろ、『先生、朝の一杯点ててきます』」

「部活熱心!!」



こうして僕と朱里は、朝礼が始まる5分前までくだらない話に精を出していた。

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