第19話 遭遇

僕らは周りに気付かれないよう1度校舎に戻り、靴だけ持って別の出入り口から再度外に出る。


「校外って、よく許可でたな」


なんとか校門の外に出ることができた僕は、先導する晴華に声を掛ける。


「そんなに難しいことじゃないよ、吹奏楽部とか外周するのに外出ることあるし」

「そうなのか?」

「校庭で走ると他の部活の邪魔になっちゃうからね、あたしたちもたまに外走るよ」


言われてみると納得する。わざわざ校外を選ぶ意味があるかと思ったが、校庭を何周も走るよりは視界がコロコロ変わる外周の方が楽しいのかもしれない。


晴華は普段僕ら生徒たちが使う駅とは逆方向に向かって進む。こちら側に来ることはほとんどないのでなかなか新鮮な光景だ。


「みんな帰りって駅の方向かうでしょ? だからこっち側って穴場が多いんだよね」


そう言いながら、晴華は僕に目に入る施設の紹介をしてくれる。飲食店のオススメから娯楽施設まで、止まることなく説明する。


「随分詳しいんだな」


あまりに丁寧に紹介してくれるものだからそう尋ねると、晴華は目を丸くして言った。


「あれ、言ってなかったっけ? あたし、学校からすぐのところに住んでるんだよ?」

「……成る程」


初めて耳にした事実だが、これで晴華がこの辺りに詳しい理由が理解できた。晴華にとっては駅側よりこちら側の方が馴染みがあるってことなんだな。


「お兄ちゃんが心配性というか、電車登校は危ないからダメってうるさくて」

「それはまた、随分志望校が絞られたな」

「ホントだよ、公共交通機関が危ないってそれじゃあどこにも行けないってのに」

「女子校に行けとは言われなかったのか?」

「言われたけど無視した。徒歩で行ける学校だし文句ないでしょってごり押したから」

「今更ながらすげえ兄君だな」


話を聞く度に過保護って言葉を置き去りにする晴華の兄君。今のこの状況だって体育祭の練習だって言っても文句を言われるんだろうな、晴華もさぞ面倒なことだろう。


「着いたよ!」


学校を出て10分後、途中大通りを曲がって住宅街に入ったところで目的地に到着した。


それなりに広い公園だが、遊具らしい遊具は滑り台とブランコしかない。そこで遊んでいる人はおらず、先客である子どもたちはボールを蹴って遊んでいた。


「昔からここでよく遊んでてね、お兄ちゃんと喧嘩して帰りづらいときとかは遅くなるまでブランコしてたなぁ。もっと賑やかだったんだけど遊具が何台か撤去されちゃったんだよね」


公園内を歩きながら、ノスタルジックに説明を加えていく晴華。良くも悪くも、沢山の思い出が詰まった場所のようだ。


「よーし、早速練習しちゃいましょう!」


公園観光を終えた僕らは、子どもたちの邪魔にならない木陰へ移動し、準備運動を始める。


他の生徒の視線に晒されるようなことはなくなったが、公園は校庭ほど整備されているわけではなさそうだ。小石や雑草に足を取られないよう気を付けなければなるまい。


「ユッキー、準備できた?」

「一応な」

「じゃあ足結んでみよっか」


そう言って、晴華は自分の右足と僕の左足を持ってきた鉢巻で結ぶ。


「これで解けないかな」

「次は?」

「肩を組んで密着するの、じゃないと走りづらいからね」

「成る程」


僕は言われた通りに、左腕を晴華の左肩に回す。


「わわっ」

「なんだ、間違ってたか?」

「ううん、そうじゃなくて! 急だったからびっくりしたというか」

「はっ? お前が肩組むって言ったんじゃないか」

「そうだよね! 何言ってるんだろあたし!」


微妙に狼狽えている晴華だったが、慌てたように僕の右肩に手を置く。



……今更だがかなり密着するな。肩から左半身にかけて晴華の熱を感じるし、僕とは違う匂いも伝わってくる。こりゃ役得なんて次元じゃないな、晴華好きの男共には申し訳ないが。



「あー!! イチャイチャしてるー!!」

「ホントだ! イチャイチャだ!!」



さてここから練習というタイミングで、サッカーに夢中だった子どもたちが僕らを指差しながらそう言ってきた。


「えっ、違うよボクたちー!」


どうやら真に受けたらしい晴華が頬を染めながら腕を解くが、僕が解除してないしそもそも足は繋がったままである。


「うそつきー!」

「イチャイチャうそつきー!」


1度燃え上がった火は早々消えることなく、子どもたちはケラケラ笑いながら僕たちを弄る。晴華は分かりやすく困っていたが、僕の感情は真逆である。



くくく、ガキ共め。僕を弄ろうだなんて100年早いということを教えてやる。



「おい晴華、練習始めるぞ」

「えっ、この状況で?」

「そうだ。僕らを嗤うガキンチョたちを成敗してやらにゃな!」

「えっ! そういうこと!?」

「分かったならすぐ行くぞ、僕は右足から出すからそっちは左だ」

「うん!」



そうして僕らとキッズたちの鬼ごっこが始まった。



―*―



「いやあ、いい練習だったな」

「どこら辺が!?」


約1時間後、帰宅する少年たちを見送り水分補給をしていると、晴華の勢いあるツッコミが入った。


「後半ユッキー普通に追いかけてたじゃん!」

「だってあいつらすばしっこいんだもん」

「なんて大人げない……」


晴華は呆れて額に手を当てているが、致し方ないのである。


最初こそ二人三脚で彼らを追い込んでいたのだが、急に方向転換されるとまったく対処できないのだ。強引に曲がろうとするとバランスを崩して転けてしまうため、終盤は舐められっぱなしだったのである。


そういうわけで、僕は鉢巻を解いてガキ共を追いかけていた。全員にくすぐりの刑を実行できたので大変満足だ。


「それにしても意外だったな、ユッキー子どもは苦手だと思ってた」

「得意じゃないぞ。母さんの友だちの子どもが生意気で慣れてただけだ」

「へえ」

「それにあのガキ共はそんなに悪い奴らではない。僕らを見てイチャイチャしてるって言っただろ?」

「う、うん」

「つまり僕が圧倒的男前オーラを放っていたってことだ、参っちゃうぜ」

「ふふ、何それ」


いつか原宿で会ったスカウトは僕を女だと思っていたらしいからな、よっぽど子どもの方が見る目がある。


「まあユッキーは男前だと思うよ」

「やめてくれ、お前が言うと嘘くさく聞こえる」

「なんで!?」


休憩を終え、学校に戻る前に晴華と軽口を挟みながらダウンをする。


2人の会話が途切れた、ちょうどその時だった。



「晴華ちゃん……?」



少し離れた場所から、こちらの様子を窺う1人の男を発見した。

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