第18話 練習場所
職員室への放送は止めるという完璧すぎる作戦を実施していた僕だが、体育館で次の授業準備をしていた体育教師にバレてしまい、あっさり説教を受けることになった。
だがしかし、お互い5限授業を控える身。説教時間は大幅な短縮で済ますことができた。くくく、これぞ隙の生じぬ二段構え、放送タイミングを昼休みの終盤にして正解だった。皆も放送室をジャックする際は参考にしてくれたまえ。
……まあ、説教が放課後に延長しても責任は取りませんが(経験者)
昼休み終了3分前くらいに教室に戻ることができた僕は、クラスメートほぼ全員の視線に晒された。
「あ・な・た・ね!!」
彼らを代表するように声を掛けてきたのは我がクラス委員長である御園出雲。表情や声から察するに、明らかにお怒りである。
「放送室を私用で使うんじゃないわよ! 不審者が入り込んだんだと本気で思ったんだからね!?」
「僕の声を不審者だと思うなんて、2年も同じクラスメートの言葉とは思えんな。僕は悲しい。シクシク」
「論点をずらさない! まったく、反省の色がまるで見られないんだから……」
出雲は僕に対して不満たらたらだったが、意外にも他のクラスメートが好意的だった。「委員長、あんまり強く言わなくていいんじゃね」とか「そうそう、規則はともかく面白かったし」などの言葉が向けられている。
そう、人は社会のルールに縛られているからこそ、その境界を越えることに快感を覚えるのだ。それが第三者として観測できるのなら尚のことだろう、デメリットがないわけだからな。
良い意味で反響が得られたことに満足していると、左肩にずっしりと圧力を感じた。
「ったく、新学期早々やらかしてくれるもんだな」
僕の肩に右手で体重を掛けてきたのは、僕が盛大に巻き込んだ男こと青八木雨竜である。
「随分笑わせてもらったけど、ああいうことやるなら事前に言っとけよ」
「アホか。普通に言っても断られると思ったからやったんだよ」
じゃなきゃ確実に教師を怒らせるような行動を取るわけがないだろ。反省したって言っても「あんなノリノリで言ってた奴がすぐ反省できるわけないだろ!」って返される身にもなってみやがれ。
「確かに、お前の放送のおかげで参加しやすくはなったけどな」
「当然。そこまで配慮できる気遣いマンだからな僕は」
「まあ普通に誘われても参加してたと思うが」
「何ですと?」
聞き逃せない言葉だった。それが本当なら、僕は無駄に教師の説教を食らったことになるじゃないか。
「心当たりがないってことは、団分けを把握してないんだな」
「団分け? それが何の関係があるんだよ?」
相手の団どころか自分の団員すら把握していない僕はそう尋ねると、雨竜は一息ついてからこう言った。
「俺、名取さんと同じ団だからな」
そういうことかい! 金髪少女の挑発的な表情を思い出し、僕の懸念は一瞬で吹き飛んでいった。
「彼女を軽率に扱うわけじゃないけど、周りの対応に影響されるような人じゃないからな。マイペースで取り組んでくれると思う」
「ちなみにもう声は掛けたのか?」
「さっき向こうからラインがきた。お前の放送で火が付いたみたいだな、相方が神代さんとなれば尚更」
やられた。雨竜を参戦されるところまではうまくいったが、パートナーが真宵となると話は別である。
女子の中でもトップクラスの運動神経を誇る晴華だが、それに唯一対抗できるのが名取真宵という存在だ。二人三脚は女子の走力に合わせるのが基本だからこそ雨竜相手といえど甘く見ていたが、真宵が相手なら一切気を抜けない。
というか晴華さん? 普通こういう情報は事前に共有しておくべきじゃないですか? 雨竜のパートナー候補くらい教えておかんかバカちんめ。
「まっ、そういうわけだ。お互い勝利目指して頑張ろうじゃないか」
「何だその爽やかな面、もう勝ったと思ってるのか?」
「まさか、お前相手に絶対はないさ。気の抜けない勝負だと思ってるぞ」
「だったら何笑ってるんだよ」
「いや、なんでお前が神代さんのパートナーなんて引き受けてるんだろうなと思ってな」
雨竜のにやけ顔がものすごく腹立たしい。コイツといい梅雨といい、僕が善意で動いているという発想はないのか。
「さっきまで神代さん居たんだけど、随分面白い反応してたからな。勝負が終わったら是非理由を聞かせてくれよ」
「そうそう。あなた晴華に変なこと頼んでないわよね、狼狽え方が半端じゃなかったんだから」
雨竜だけでなく出雲にも追及される始末。まったく失礼なお二方だこと、僕からは何も頼んじゃいないさ。まだな。
それからすぐ5限を告げるチャイムが鳴り、騒動は1度沈静化する。スマホを見るといろんな人からラインが来ていたが、とりあえず晴華にだけ『教室には来るな』と返信した。昨日同様、話をするなら別の場所、人の注目を浴びて会話などやってられるか。そもそも今日から特訓なわけだし。
余談だが、5限及び6限の開始で先生方から小言をいただきました。ありがたいことです、ちゃんと右から左へ受け流させていただきます。
―*―
「……」
放課後。僕は体操服に着替えて生徒玄関から外に出たのだが、明らかに昨日と比べて様子がおかしい。
生徒玄関から校庭に向かう道に、人がちらほら見受けられる。部活中というテイを取っているのか、体操服姿の生徒が多い。女子の方が多い気がする。
もしかしてこれ、ギャラリーというやつか? 僕と雨竜の対決の話を聞いて、練習姿を見に来たというのだろうか。いやいや、体育祭の練習は授業で一定時間確保する以外は任意なんだぞ、どうしてこんなに人が集まるんだね。
「ヤッホーユッキー!」
あまり目立たないよう校舎の隅っこに佇んでいると、待ち合わせをしていた晴華が軽快なステップを踏みながら近寄ってきた。
「もうユッキー、いきなり『教室には来るな』は酷くない? 言いたいことは分かるけどさ」
「分かってるならブー垂れるな。ただでさえあの放送で注目浴びてるって言うのに」
「あはは! ホントユッキーの行動は予想外すぎるよ、いきなりDJが放送し始めた時は何事かと思ったもん!」
「うるさい。目的は達成したんだからそれでいいだろ」
「あたしたち悪役っぽくなってるみたいだけどね」
「そんなの気にしないだろ、雨竜と戦えれば」
「もちろん! それにパートナーはマヨねえみたいだからね、尚更燃えてるよ!」
僕とは違い、晴華は真宵が相手であることを好意的に捉えているようだった。まあモチベーションが上がるならそれに越したことはないか。
だが、対照的に僕のやる気は下がってしまっている。
「晴華、テンション上げ上げなところ申し訳ないが、気分が乗らない」
「えっ、なんで!?」
「アレを見ろアレを」
そして僕は、晴華にギャラリーたちのことを周知させる。さっきまで擬態できていたが、晴華と居るせいで間違いなく注目を集めている。容姿もそうだが、コイツはポニーテールと乳が目立ちすぎるんだよな。
「何の人たち? 昨日は居なかったと思うけど」
「恐らく二人三脚の練習を見に来たギャラリーだろうな」
「ええ、そんなことして意味あるの?」
「僕が知るか」
女子が多いから僕らというより雨竜を見に来たんだろうが、よくもまあこんな暑い中外へ出てきたもんだ。あいつら、今日練習するか分からないんだけどな。
「うーん、確かにこれだとやりづらいね……」
僕同様、困ったように呟く晴華。雨竜女性問題対策の為に盛り上がればいいと思っていたが、まさかこういった弊害を生むことになるとは。これは教師陣が管理するまで待った方が良さそうだな。
「あっ、良いこと思い付いた!」
すると、晴華が名案と言わんばかりに両手を合わせて笑みを浮かべる。
「良いこと?」
「うん! ちょっと先生に許可もらってくるから待ってて!」
そう言うと、晴華は生徒玄関ではなく外回りから第一体育館の方へ向かって駆けていく。顧問の先生に会いに行ったのだろう。
……許可? どこか部屋でも借りる気か? いや、それだと走れるような距離は確保できないだろしな。一体何の許可を取りに行ったんだ?
生徒玄関付近にある花壇の除草をしながら待機していると、5分ほど経過してから晴華が戻ってきた。
「ユッキー! 許可もらったよ!」
額の汗を拭いながら満足げな表情をする晴華だが、何のことやらさっぱり分からん。
「早速向かいましょう! 見られると厄介だからこっそりとね」
「いや、いろいろ説明しろ。どこに行く気なんだ」
説明不足を指摘すると、晴華はゴメンと後頭部を搔きながら言った。
「校外だよ、近くの公園で練習しようと思って!」
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