第17話 好きな人の友人
「あっごめんなさい。私、2年C組の
軽く頭を下げる目の前の女生徒は、案の上2-Cの生徒だった。
「お初。僕は2B廣瀬雪矢、この学校を裏から支配する者だ」
「す、すごいですね……」
受け入れないで。ちゃんとツッコミを入れて。
僕なりのコミュニケーションを模索中なのだが、こういう系統はダメらしい。もしかして本当に学校を支配していると思われてるんだろうか、だとしたら彼女に問題があると思うが。
「あとその、一応初めましてではないんですが」
「あれ、そうだっけ?」
「去年廣瀬君が放送室で変な歌を流した時も私が居合わせたので」
そうだったのか。放送設備の使い方は覚えていたのに、誰が居たかなんてすっかり忘れてしまっていた。
……ん? 今聞き流しそうになったが、さらっと変な歌と申したか?
「あのだね君。選曲した僕だからこそ言わせてもらうが、あれはフランスパンについて男女が情熱的に歌ってるだけで変な歌と言われる理由はないぞ?」
「いや、情熱のベクトルがどう考えてもおかしいので」
「……なんてことだ。この現代、熱い思いにも方向付けをされてしまうのか」
「そもそも途中、よく分からない単語の羅列がありますし」
それは知らなくていいです。僕も調べて理解はしたが、君たちお子様にはまだ早い。
「それで、翔輝がどうしたって?」
「あっ、やっぱりお友達なんですね」
「ま、まあそうかもしれない」
素直に肯定するのが照れ臭かったので曖昧な返答をした。友だちかどうかって質問、必要なくないですか。周りで勝手に判断してください、答える身にもなってください。
「そ、そうですかぁ……」
涼岡希歩は、僅かに息をついた後、少し頬を染めて再度髪を弄る。
……いや、用があるなら早くしてくれ。
昼休みの終盤だし、5限は長谷川先生の授業じゃないから遅れる訳にはいかない。だいたい放送ジャックした時点でこの場に居たくないのだ、ダラダラ付き合っている余裕はない。
彼女が恐らく翔輝に告白した相手なのだろう、でなきゃ唐突にアイツの名前が出るはずがない。それについて僕から示唆するのは簡単だが、そうなると僕が翔輝から彼女について聞いているのがバレてしまう。となると涼岡希歩から言葉を引き出すのを待つのが正しい行動だ。
と思ったが止めた。なんで僕が初対面の相手にここまで気を遣わなければいけないのか、何を言われるか知らんがさっさと聞いてさっさと解決する方がお互いの為だろ。
「なんだ、愛する翔輝のハートを射止めたいから協力してくれってことでいいのか?」
「はぇ!?」
涼岡希歩は、頬に両手を添えて一気に沸騰した。言って正解だったな、ずっと待ってたらここまで来るのに何回キャッチボールが必要だったことか。
「違うのか?」
「えっ、えっと」
「遅い! はいかイエスで答えろ!」
「い、い、イエスです! ってどっちもはい!?」
面白い反応だった。答えてから突っ込むって新しいな、これは即戦力になるかもしれない。何のだろう。
「もしかして、堀本君から聞いてました?」
「き、キイテナイヨ~?」
「そうですか、まあいきなり堀本君の話をしたら気付きますよね」
危なかった。僕のアカデミー賞張りの演技力がなければ彼女にバレてしまうところだった、自分の才能が憎いな。
「……はい。私その、堀本君のことが好きなんです」
僕は無意識に背筋が伸びた。こういう告白は雨竜絡みでよく聞いてきたが、相手が雨竜じゃないのは初めてだ。
「堀本君って見た目とか垢抜けててカッコいいんですけど、すごく話しやすいんですよね。私みたいなトロい人間にもちゃんと合わせてくれて、マニアックなこと言っても興味ありげに質問してくれて」
涼岡希歩の話はとても新鮮に聞こえた。翔輝のことを他人から聞くことがなかったせいなのだが、内容自体は容易に想像する事ができる。1年のアイツを知ってるだけあって、見た目の評価の方に違和感を覚えてしまうくらいだ。
「それで先日、2人きりになったときに想いを告げました。堀本君からしたらホントに予想外だったみたいですごく驚いてました」
それは本人から聞いているから知っている。わざわざ僕らに伝えたくなるようなビッグイベントらしいし。
「返答はちょっと待って欲しいってことだったんですが、多分フラれると思います」
「なんでだ?」
「堀本君が神代さんを好きなの知ってますから」
そう言う彼女の表情に、あからさまに陰が差した。
「まったく勝てる相手じゃないです、見た目もスタイルも性格も。何より私自身、そんな神代さんを尊敬しています。ライバルだなんてとても思えないんですよね」
「でも、アイツには恋人がいるだろ?」
「はい、それが唯一の希望だと思ってます。だから私も、勇気を振り絞って告白ができたわけですし」
「だとしたらやるべきことは終わってるだろ、僕に声を掛けた理由は何だ?」
彼女の話を聞いて、他人に助けを求めるタイプには思えなかった。自分の中で物事を整理し、できることできないことの線引きができる人間だと思った。そんな彼女が僕を引き留め、照れ臭いプライベートまで語った理由は何だったのか。
「堀本君が、廣瀬君を尊敬しているからです」
その時初めて、僕は涼岡希歩の明るい表情を目にした。
「堀本君と話すと、廣瀬君の話がよく出てきます。今の自分があるのは廣瀬君のおかげだと、嬉々として語ってくれるんです」
「……」
「正直私、廣瀬君のこと怖いと思ってました。去年の件もそうですが、酷いことを言われたって噂も聞きましたから。でも、自分の好きな人がここまで尊敬する人をただ否定するのは嫌だなって思いまして。それが今日、廣瀬君に声を掛けた理由です」
騙された。そう思ってしまうくらい目の前の女生徒の印象が変わる。
気弱な文学少女かと思いきや、一本芯の通った立派な女性じゃないか。僕に助けを請いたいからではなく、僕が翔輝の友人だから声を掛けたというのも心に刺さるものがあった。
「大丈夫だ、君なら翔輝と付き合える」
「えっ?」
だからだろうか、柄にもなくそんなことを口走ってしまった。
晴華が悪いとは思わない。女性としてトップレベルの人間だと僕も思うが、翔輝に合うのは目の前の女生徒だと思う。
「告白して断られなかったんだろ? だったら晴華と君で迷ってるってことだ、アイツの心の整理が付く前に押しまくればいい」
実際翔輝は、2人の間で思い切り気持ちが揺らいでいる。涼岡希歩が攻めれば、気持ちが傾く可能性は十分にある。
「で、でも、迷惑がられないでしょうか?」
「アホ。そんなの気にして相手の心を動かせるか。無関心になられるくらいなら嫌われる方を選べ」
「そ、そうですよね! 神代さんに勝つならそれくらいしなきゃですよね!」
「いや、アイツはポンコツだから無視していい」
「ぽん、えっ?」
「自分との戦いってことだ。僕も手伝ってやるから気合い入れろ」
気付けば、自分から彼女に協力する姿勢を見せていた。明確な理由は見出せなかったが、強いて言うなら僕と話そうとしてくれた姿勢が嬉しかったのかもしれない。
「いいんですか?」
「1回だけな、上手くいけば翔輝の気持ちを君に寄せられるかもしれない」
「本当ですか!?」
「上手くいけばだぞ、失敗すれば悲しい結果が待っているかもしれない」
「やります、少しでも進展する可能性があるなら」
「うむ、良い覚悟だ」
彼女の瞳を見て確信する。涼岡希歩は、近い将来翔輝と必ず結ばれる。晴華に敵わないなんて気持ちさえ消え去ってしまえれば、僕の助力などなくても自ら成就させる。そういう気概を僕は感じた。
「堀本君の気持ちが分かりました」
「何がだ?」
「私も廣瀬君のこと尊敬できそうです。恋愛の件もとても心強いですし」
「そうだろそうだろ。僕が尊敬できるという話は、ぜひ翔輝との会話の種に使ってくれたまえ」
「はい!」
うむうむ、大変気分が良い。僕の周りは僕をナメている人間がいっぱいいるからな、こうして敬意を持たれるというのは心地良いものである。
――――そんな愉悦に浸っていたせいか、僕は重要なことがすっぽり抜け落ちてしまっていた。
「……おい廣瀬、女子と雑談とは随分暢気だなぁ?」
いつの間にか開かれたドアから聞こえる先生の声。一瞬で青ざめる涼岡希歩の顔色。
……やっべえ、思ったよりお出まし早くないっすかね?
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