第16話 大拡散
外堀を埋める、という言葉がある。城を攻めるにも順番があり、まずは侵入を阻止する堀を埋めることから始めるといった語源から派生したもので、ある目的を達成するために、直接的に行動するのではなく、まずその周辺の障害を取り除くという意味だ。
人で例えるなら、その人とうまくやり取りするために、他の人との関係を良好にしておく。恋愛関係でもよく使われる言葉、という認識だ。
今回の目的は青八木雨竜に男女混合二人三脚に出てもらうこと。普通に考えればそこまで難易度は高くなさそうだが、特定の女子とタッグを組むことに抵抗がありそうな雨竜にとって良い話ではないだろう。実際、去年は参加していないようだし。
抵抗がある理由が、雨竜と組んだ女子が他の女子とからやっかみを受ける可能性があるからだとすると、雨竜を説得することに意味はない。結局のところ、女子たちがどう動くかなど雨竜には分からないのだから。雨竜としては予期できる事態を避けるように動くのが正しいと思うだろう。
だがしかし、そんなことなど気にならないような共通の敵が現れたとしたらどうだろう? 例えば雨竜を馬鹿にする、もしくはけなす存在が現われた時、それでも女子たちは自分を優先して動いてしまうのか。
否、否である。陰湿な行動を取って雨竜に嫌われるくらいなら、寄り添って評価を上げる方が当然良い。当たり前のことだ。
仮にいつもと変わらなかったとしても、周りがやっかみを否定する環境を作ってくれれば何の問題もない。晴れて雨竜は、何事もなく勝負の世界に没頭できるのである。
問題はそんな都合の良い方法があるのかということだが、あるわけない。個々の感情を操作して動かすなんて神の所業、そんなことできるなら外交官にでもなって世界平和に勤しんでくれ。
とは否定的なことを考えてみたものの、それに近いことができなくもないわけではあるが。
そういうわけで僕は昼休み、放送室に侵入していた。
「ひ、廣瀬君?」
「悪いが一本放送させてもらうぞ」
放送委員だと思われる女生徒へ一声入れて、僕は放送設備を触る。去年触ったこともあるからさすがに操作は覚えてるな。
「あ、あの、また何か流すんですか?」
「いや、宣戦布告するだけだ。安心しろ、君は脅されて止められなかったってことにしとくから」
昼休みといっても後半、食堂にいる教師陣もほとんどは職員室に戻っていることだろう。僕の校内放送が職員室に飛ばないようにすれば僕への被害(説教)は縮小できる。
僕は職員室や特別活動室といった教員がいそうな場所だけ放送をオフにして、BGMを止める。キンコンカンコーンというお馴染みのジングルを鳴らした後、マイクの電源をオンにした。
「HEY YO! 未来のスターたち! セカンドシーズン始まっちゃったけど、夏休みボケでかったるくなってんじゃないの~? 実力テストに新しい科目~? ノンノン、そんなんじゃテンション上がらないって! だけどみんな、安心してちょうだい! そんなみんなの為に刺激的なお便りを準備してきたYO!」
そう前置きしてから、僕は今回のキモを声高らかに語る。
「ラジオネーム『廣瀬雪矢』、件名は『宣戦布告』って、随分物騒だけど何かあったかな~? なになに、『遂に僕は宣戦布告することに決めた。相手はこの学校で最もウザい男、青八木雨竜である。何かにつけて僕を見下し馬鹿にする姿に堪忍袋の緒が切れた、奴に裁きの鉄槌を食らわしてやらないと気が済まない。だが、僕に力が足りていないことは充分承知。なればこそ、タッグ戦で挑めば勝利の道も開かれん。さあ青八木雨竜、勝負だ。体育祭の競技、男女混合二人三脚で僕と戦え。本気になった僕の実力を見せつけてやる! あっ、勿論断ってもいいよ? その代わり僕の不戦勝ってことだけど良いんだよね? きっとパートナーの弱さを言い訳にするんだろうなぁ、お前ってそういう奴だもんなぁ。まあ逃げずに戦うって言うなら勝負してやるから、せいぜい当日まで足掻くこった。ほなさいなら』」
よし。まずは誰の邪魔も入らず全校生徒を巻き込めた。これで雨竜シンパは雨竜に勝たせようとするか無視するようアイツに言うだろうが、僕に虚仮にされて乗ってこない奴じゃない。女子たちも雨竜に勝ってもらうべく人選に重きを置くはずだ。これで戦いが成立しないなんてあってたまるか。
「これは1ヶ月後の体育祭に向けた宣戦布告だ! ライバルとの熱いバトル、これは燃えるぜ! みんな、体育祭を盛り上げる為にも2人の応援よろしくな! それじゃあこれで放送は終わりだ! シーユーネクストタイム、はありません!」
一応最後に軽く煽って、僕はマイクの電源をオフにした。ふう、一仕事終了。ちょっと喉が痛くなってきたがしゃあない、これも立派な勤めである。
晴華には悪いが思い切り悪役を演じさせてもらった。この方が周りも構図が分かりやすいし盛り上がりやすいと思うし。普通に雨竜と戦いたかっただけなら残念だが、僕と組んだことを後悔するといい。
「あ、あの!」
ミッションを無事達成し満足げに立ち去ろうとすると、放送委員女子に引き留められた。なんだろう、正直この場に長居したくないんだが。
縁の薄い眼鏡をかけた女生徒。なかなか手の込んだお下げ髪を携えた彼女は、どこか不安げに髪を触りながら、勇気を振り絞るように二の句を継いだ。
「廣瀬君って、堀本君の友だちですよね!?」
「ほ、りもと? ど、どなた……?」
「えっ? ち、違うんですか!?」
僕の反応が予想外だったのだろう、視線があらゆる方向に飛んで大慌てである。
「それより、君は誰だ?」
アイツの話をする前にまずはやるべきことがあるだろうに。まあ、既に正体は察しているんだけど。
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