第13話 口が滑る

「誘うとか一緒に帰るとか、楽しそうな会話が聞こえてきたんだけど」

「楽しそうに聞こえたのか?」

「それはもう。あんなに可愛らしい梅雨ちゃん相手に主導権握るだなんて、ユッキーも罪な男だねえ」

「主導権握れてないからこうなってるんだが」


自分の話の時は真面目というか、悪く言えばつまらなさそうにしてるくせに、当事者じゃなくなった瞬間このはしゃぎよう。非常にたちが悪いが、現状を打破できる希望が見えている。


「恋愛事、ちゃんと興味あるじゃないか」


今度はこちらからマウントを取るようにほくそ笑む。そもそもコイツは、勉強合宿の時から真宵と一緒にからかってきた経緯がある。


「そりゃ人様の恋愛は別だよ、話聞いてて楽しくなるし」

「それはどういうところが?」

「うーんと、好きな人のことを話してる姿とか恥ずかしそうに悩んでるところとかかな。青春してるんだなって微笑ましくなるし」

「なんだ、そこまで言語化できてるなら問題ないな」

「問題? 何が?」

「自分がそうなれたら、そう気持ちを置換できたら晴華だって恋愛できるだろ」


ハッとした表情を浮かべる晴華。


「他人の恋愛にすら興味持てないんじゃ絶望的だが、お前ならそのうち恋愛できる。あんまり友情以外を否定せずに受け入れてみろ、世界が変わるぞ」


晴華と事情は違うが、僕は勉強合宿を機に少なからず変われたと思う。変わる気なんてなかったが、僕の本心はそうじゃなかった。父さんがいなかったらきっと気付くことはできなかっただろう。


人間関係に臆していた頃と比べて、今の僕は充実していると言える。だから晴華だって、凝り固まった思考を解すことができれば何か変わるはず。それが恋愛に発展するかは別の話だが。


「……はあ、あたしってよっぽど信用ないんだな」

「どうした急に?」

「どうしたじゃないよ、さっきもユッキーみたいに変わるって言ったでしょ。改まって言われることじゃないもん」

「その割には随分驚いたように見えたが」

「それは別。あたし、恋愛なんて興味ないって思ってたから。友だちの恋愛だろうと興味は興味だもんね、ちょっと考え方変わったよ」

「そうか」

「ユッキーはいつもあたしに新鮮さを提供してくれるよね、だから楽しいのかな?」

「知らん、そんなの自分で考えろ」

「あはは、アドバイスくれたり素っ気なかったり忙しいね」


ニッコリと頬を緩める晴華の表情は、間違いなく学年一の美少女を象徴するものだった。こんな顔を惜しみなく披露するのだから、思春期男子共からすれば堪ったものではない。


「じゃあユッキー、明日からよろしくね。体育ないけど体操服持ってくるんだよ?」

「乳のためだ、やむを得まい」

「そのモチベーションの上げ方は引っかかるけど……」


何を言ってるんだコイツは、逆にそこ以外でどうやる気を出せと言うんだ。


「それと梅雨ちゃんによろしくね、楽しいデートに水差しちゃったらゴメンだけど」

「デートじゃなくて一緒に帰るだけ……って聞けよ」


僕が全てを言い終える前に、晴華は生徒玄関の方へ駆けていく。左右に揺れるポニーテールがいつもより激しく動いているように見えた。


あれ、いつ引っ張らせてくれるかな。引っ張ると同時に首がぐわんぐわん動きそうで面白いだろうに。まああれを引っ張るというよりは……今は良いか。


それよりも青八木さん家の末っ子との会合に備えないとな、僕の電話のせいでいろいろ期待しているかもしれない。


お手柔らかに、なんて通じる相手ではないが、何事もなく帰宅できるといいのだが。



まあ、そういうことを考えるときに限って人はやらかしてしまうんだけどね。



―*―



僕は部活終了時間より少し早く下校することにした。梅雨の帰宅時間が遅くなりすぎると良くないと思ったからだ。元々帰宅時に遭遇しないくらいには下校時間に差があるわけだし。


梅雨には事前に駅へ到着する時間を伝えている。後は改札付近で梅雨と遭遇するだけなのだが。


「君、ホントに可愛いね。もしかしてテレビに出てる?」


梅雨と思われる少女を無事発見したのだが、目の前には私服姿の男がいた。もしかしてこれがナンパというやつだろうか。


「…………」


異性から声を掛けられることは多いと言っていたが、普段はどうしているのだろうか。そんなことを考えながら梅雨の様子を窺っているが、彼女はニコニコした表情のまま何も言わない。男の誘い文句にもどこ吹く風である。


成る程、興味なさそうにするんじゃなくてずっと笑ってるのか。無表情だと反応を探られ面倒なことになるが、笑顔なら感情の変化が読まれにくい上に男側も次の手に困ってしまう。軽いボディタッチをしても無言笑顔を徹底されたら確かにちょっと怖いな。


「あっ、雪矢さん!」


自分なりに分析してるうちに、梅雨が僕に気付いて近付いてくる。先ほどの男など初めから存在してなかったかのような振る舞いだ。


「別荘以来ですね、会えて嬉しいです!」


対ナンパ男用の繕った笑顔ではなく、心の底からの笑み。それを僕に向けられているというのはさすがにむず痒いな。


「さっきの、大丈夫だったか?」


一応訊いておくことにする。僕が発見する前に何かされてたかもしれないし。


「むう、見てたなら入ってきてくださいよ。僕の彼女に何か用ですか、的な感じで来たら好感度爆上がりでしたよ?」

「すまん、梅雨がどんな風に応対するのか気になってな」

「成る程、それは雪矢さんっぽいですね。で、どうでしたか?」

「お見それした、さすが慣れてるだけあるな」

「こんなスキルが高くても嬉しくないですけど……あっそうだ」


梅雨は何かを思い付いたようで、僕に対して提案してくる。


「今度こういう機会があったらわたしずっと待機してるので、雪矢さんは格好良く登場してください。わたしの胸がときめくようなセリフ、期待してます!」


どこから突っ込めば良いか分からないが、お互い時間通りに来れば解決してたんじゃないですかね。


「だって楽しみだったんですもん! 早く来て雪矢さんいつ来るのかなあって待ってるのが悪いわけないです!」


待ち合わせ時間より10分前に駅に到着した僕より先に着いている理由を訊いたらこんな風に返された。会って早々勢いが強すぎるんだが。



―*―



「それより雪矢さん、電話で聞きそびれたことがあるんです」


やいのやいの言ってくる梅雨を宥めながら改札を抜け電車に乗ると、梅雨は思い出したように話を振ってくる。


「雪矢さん、お兄ちゃんと勝負する為に男女混合の二人三脚に出るんですよね?」

「そうだ」

「……雪矢さんはどなたと参加されるおつもりですか?」


梅雨がジトーという効果音付きで僕を見る。


「わたしからすればお兄ちゃんが誰と組むなんてどうでも良いんです、雪矢さんが誰と組むかに比べたら」


そりゃそうだと頷かざるを得ない状況。僕を好いている梅雨からしたら密接に交流する二人三脚は不安でしかないだろう。


「相手は神代晴華だ、勉強合宿で会ってるから顔は分かるだろ」

「神代さんって、恋人がいらっしゃる方ですよね?」

「そうだな」


僕の返答で梅雨は分かりやすく息を漏らす。「良かったぁ」と胸に手を当てて安堵した。



……ように見えたのだが、刹那で梅雨の目の色が変わる。


「……いえ、油断できません。雪矢さんの魅力に惹かれて心変わりするかも、ズルいんですもんこの人」

「何? 何か言ったか?」

「雪矢さん、神代さんの前では常にだらしなく、歩くときは内股でお願いします。語尾は『ゲス』で統一してください」

「何の指導だそれは」


雨竜にすら恋に落ちない女が僕に靡くわけないだろ、そんな余計な心配せずに受験勉強の心配をしろ。


「というか今更なんですが、雪矢さんが体育祭でお兄ちゃんと戦うって違和感すごいんですけど。ものすごく目立つじゃないですか」


当然の疑問として尋ねてくるあたりさすが梅雨、確かにこんな目立つようなことを僕が好んでするわけがない。


「そりゃ僕じゃなくて晴華の願いだからな、雨竜と勝負したいってのは」

「神代さんの? ますます分からないです、雪矢さんが了承するわけないと思うんですが」


さっきの質問といい当たり前のように僕の行動原理を言い当ててくる梅雨。僕ってそんなに分かりやすいかな、それとも青八木ズブラッドが恐ろしいだけかな。


なんてアホなことを考えていたせいか、誰とでも話すような感覚で思わず口にする。



「そりゃ何でも言うこと聞くって言われたら動かざるを得ないだろ」



ここまでの僕はいつも通りで、これも会話の延長戦上でしかなかった。



これが失言だと気付いたのは、そのすぐ後。



「雪矢さん、今の話詳しく聞かせてもらっていいですか?」



青八木さん家のお嬢さんが、鬼気迫るような笑顔とともに僕へ質問したときだった。

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