第12話 雨竜対策会議

「梅雨、僕は真面目な話をしてるんだ」

『はい、わたしも真面目に返したつもりですけど』


梅雨の頭の中では、僕が頼めば雨竜は了承してくれるらしい。そう言われればそんな気がしないでもないが、アイツのことだから『借り』という形にしてくるはず。できるならこちらにノーリスクで対応したいところだ。


『そもそも何を頼むつもりなんですか?』

「体育祭の二人三脚に出て欲しいんだよ」

『えっ、雪矢さん出るんですか? そういうの嫌がりそうなのに』

「やむを得ない事情があってな、渋々というやつだ」

「……渋々じゃないでしょ」


電話の外から余計なツッコミが入った気がするが勿論無視である。


『うーん、お兄ちゃんが嫌がるとは思えないですけど。雪矢さんと出るなら尚更』

「それがな、男女混合の二人三脚なんだよ。雨竜は嫌がると思うんだよな」

『男女混合? えっ、ちょっと混乱してきました。というかそれなら出られないですよね?』

「出られないってことはないだろ、そりゃパートナーは苦労するだろうが」

『もしかして雪矢さん、お兄ちゃんに女装させようとしてるんですか?』

「へっ?」


思いがけないフレーズに僕の脳みそがショートする。えっ、どこから女装なんて出てきたんだ?


『それはさすがに無理だと思いますよ、そんなお兄ちゃんまったく想像できないですし』

「いや待て、なんで僕が雨竜に女装を頼むんだ?」

『だって男女混合の二人三脚に2人で出るんですよね?』

「ぶっ」


成る程、どうやら思い切りすれ違いを起こしていたようだ。僕の説明不足も悪いが、梅雨の発想力もなかなかすごいな。


『もう! 言い方が紛らわしいです! どう考えたって雪矢さんとお兄ちゃんで二人三脚する話だったじゃないですか!』


梅雨の勘違いを訂正すると、少ししてから梅雨が怒濤の勢いで声を上げる。


「いや、それなら男女混合って言った時点で質問しろよ」

『だって、陽嶺高校ならそういうことやるのかなと思って』


大丈夫、陽嶺高校さん? これから入学希望している生徒さんに随分ファンキーな印象を持たれてますが? どんなオープンハイスクールしたらこうなるんでしょうかね。


「というわけでな、雨竜と二人三脚で勝負したいんだが戦ってくれるか分からないんだ」

『うーん、難しい問題ですね。間違いなく好んで出る競技ではないですし』

「だよな」

『後、お兄ちゃんの場合一緒に参加する女の子に迷惑が掛かるのを気にするかもしれません。自分が参加したい云々は別として』


それなんだよな。雨竜と二人三脚ってことは練習から本番までべったり雨竜とくっつくことになる。それに嫉妬する女子たちがいてパートナーに危害が加わる可能性があれば、雨竜は何と言われようが二人三脚に出ない。まさに罪作りな男である。


『お兄ちゃんが主体で動いてるわけじゃないって周りに伝わってればいいんですけど』

「どういうことだ?」

『うまく言えないんですけど、お兄ちゃんが参加せざるを得ない状況にするんです。運動神経が良いからとかじゃなく、そういう空気になっちゃってるというか、だからパートナーも勝つ為に選ばなきゃいけないみたいな』

「雨竜が参加せざるを得ない状況……」


成る程、一理ある。雨竜が参加しても不自然ない状況にしてやれば、アイツも嫌とは言わないはずだ。


そしてその案は、もう思い付いている。


「サンキュー梅雨、参考になった」


自学中にも関わらず助言をくれた梅雨に感謝を述べる。これで雨竜と戦うための最低限の準備はすることができる。後は勝つ為の特訓をするだけ。


『ちょ、ちょっと待ってください!』


通話を切ろうとしたところで梅雨から待ったの言葉がかかる。


「ん? どうした?」

『どうしたじゃないです、用件ってそれだけですか?』

「そうなるな」


あっさり言うと、電話口でも伝わるような溜息が聞こえてきた。


『雪矢さん、平日のこの時間に電話するなんて初めてですよね?』

「そりゃそうだろ、お互い学校があるわけだし」

『その上今は放課後です、となると期待するじゃないですか』

「期待?」

『その、えと、放課後デートみたいなものを……』

「……」


僕からの電話とは言え、どうして梅雨がわざわざ勉強を中断してまで電話に出たかようやく理解した。今出ないと、一緒に出掛ける時間をふいにすると思ったってことか。


「あのな、これから本格的に受験だってのに誘うわけないだろ」

『雪矢さんそればっかり! たまには息抜きしないと本番でパワー発揮できないんですからね』

「そりゃそうだけど」


こう言われてしまうと、僕も安易に無碍にすることはできない。だいたいさっきまで梅雨に相談に乗ってもらっていたのだ、このまま何もせずに電話を切るというのはいかがなものだろうか。


「はあ……」


今度は僕が溜息をつく番。時間が遅くなるしデートをしてやることはできないが、梅雨が喜びそうなことくらい提案すべきだろう。


「じゃあ一緒に帰るか?」

『えっ?』

「駅で待ち合わせて家着くまでは付き合ってやる」

『ホントですか!?』

「まっすぐ帰るだけだぞ、寄り道はしないからな?」

『それで充分です! よかった、電話出た甲斐ありました!』

「後で僕が到着する時間伝えるから、それまではしっかり勉強しろよ」

『はい! それでは不肖梅雨! 勉強に勤しんで参ります!』


最後は謎のテンションで電話を切った梅雨。兄と違ってホントにエネルギッシュだな、そこが可愛らしくあるんだが。


「晴華、雨竜の件なんとかなりそうだ」


正直まだ何とも言えないが、雨竜が参加しなきゃいけない雰囲気は間違いなく作ることができる。それでも雨竜が頑なに断るようなら考えなければいけないが、アイツ意外とノリは良いし大丈夫だと思いたい。


「ユッキーや、そんなのどうでもいいのです」

「はっ?」


まさかの返答に僕は目を丸くする。


どうでもいい? 先程まで心配で顔を歪ませていたというのに。雨竜の二人三脚参加こそが最初の鬼門ではなかったのか。


どういうつもりなのかと晴華の表情を見たところで僕は察してしまう。


しまった、プライベートな話をしすぎてしまったか。



「そんなことより、梅雨ちゃんと何話したのさ?」



そこには、噂好きの近所のおばさんよろしく、ニヤニヤと口角を上げる晴華の姿があった。

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