第11話 雨竜の参加
「よし、今日は終了だ」
「もう!?」
アゴを伝う汗を拭いながら言うと、晴華が全身を使って驚きを表現する。
「まだ50メートル走っただけなんだけど」
「これ以上制服で走りたくない。汚れたら父さんに迷惑が掛かる」
「うーん、じゃあ膝まで裾上げる?」
「そういう問題じゃねえ」
足元だけ注意していても無意味、踏ん張った後に蹴り上げられた土が背中まで飛ぶことは容易にある。というわけで今日の練習は中止、制服は大事に利用しなくては。
「ユッキー、さっきまですごいやる気だったのに」
「思ったより濃い練習になりそうだからな、少なくとも校庭で走りたくはない」
「なら生徒玄関前のアスファルトの上でする? それなら制服汚れないし」
「お前な、アスファルトの上で転んで制服が破けたらどうするんだ、父さんが心配するだろ」
「あはは、ユッキーはホントお父さんのことばっかりだね」
「当然だ。父さんがいなきゃ僕は存在していないからな」
「それを言ったらお母さんも一緒だと思うけど」
「何を馬鹿な、僕は父さんから分裂して生まれた説が濃厚だ」
「何を馬鹿なはこっちのセリフだよね」
やめて、僕に現実を直視させないで。むしろ父さんより母さん成分が多いとか思わせないで。
「なんかあたしのお兄ちゃんみたい」
「おい、あのちょっと頭のネジが外れてそうな人と一緒にするな」
「ユッキーはさっきからツッコミ待ちしてるのかな?」
ん? どういう意味かな? 僕の頭のネジが外れてるって言いたいならクロスチョップが貴様の脳天に突き刺さるけど。
「お兄ちゃんも晴華はどうとか晴華は何してるとかあたしのことばっかりだし」
「成程、晴華は兄君から細胞分裂したのか」
「分裂まだ引っ張るの!?」
コイツ、反応が出雲みたいになってきたな。そのうち風紀がどうとか小言を言われる……おっと。僕のマンガを褒めてくれた神に対して無礼を働くところだった、危ない危ない。
「お前の『お兄さまに愛されすぎて困ってます自慢』は置いとくとして」
「曲解し過ぎ! あたし、お兄ちゃんの子ども扱いにホント困ってるんだから!」
「そういうときはボディに一発噛ましてから飛び膝を鼻にぶち込むと大人しく――」
「どういう大人しくを推奨してるの!?」
「お前、質問多いな」
「ユッキーがそうさせてるんだけどね!」
失敬な。僕は事実と助言を述べているだけだ。異議申し立ては一切受け付けておりません。
「となると、勿論恋人のことなんて」
「言えるわけないよ、言ったら今泉先輩の身に何が起きるか……」
「こっわ」
何というか、シスコンの領分を超えておりませんかね。これだけ別嬪の妹がいれば必要以上に神経質になるのかもしれないが。
……いや、梅雨に対しての雨竜はあんなだからな。やっぱり神代兄君が強烈なのだろう、まあ僕が関わることは一切ないしどうでもいいが。
「お兄ちゃんの話はいいや。なんかこう鬱屈としてきちゃう」
お前からした話だけどな。しかも随分文語的な表現だし、そんなに兄君が嫌なのか。
「すると今日の練習は終了か~、時間あるし部活顔出そうかな」
その場でストレッチをしながら頭を悩ませる晴華。全力ダッシュを1本しかしていないこともあり、まだまだ動き足りてないようだ。
「僕と組むって決まっただけでも充分だろ、雨竜なんて相手も決まってないだろうし」
「でも、ウルルン相手に油断大敵でしょ? 先手必勝できるならしたいし」
「それはそうだが、そもそもアイツ、二人三脚出てくれるんだろうな?」
「勿論! 夏休み前からちゃんと話してるし!」
『ウルルン! 体育祭、別の団だったら勝負だからね!』
『ウルルンじゃないが、勝負って何で?』
『そりゃ二人三脚だよ! 男女混合だし!』
『ああそれか……』
『あたしとウルルンの長い戦いの歴史に決着を付けるんだから!』
『ウルルンじゃないしそんな歴史に覚えはないけど、まあ忘れてなかったら』
「ね? 大丈夫でしょ?」
廣瀬雪矢は神代晴華にチョップを繰り出した。
「ユッキー!? あたしの頭ならいくら叩いてもいいと思ってない!?」
「そんな頭なら叩かれて当然だ! 何を以て雨竜が了承したと思ったんだよ!?」
「だってウルルン忘れてなかったらって言ったんだよ? 記憶力良いウルルンが忘れるわけないじゃん」
「忘れてなかったらなんて忘れたことにするための常套句じゃねえか! だいたいお前から聞いた範囲でもまったく乗り気じゃないだろ!」
「だったら忘れてなかったらなんて言い方しないもん! 戦ってくれるからそう言ったんだもん!」
「じゃあ聞くが、お前がスポーツで勝負に挑まれたらなんて答えるんだ?」
「勿論! とか何のスポーツ!? とかかな?」
「雨竜はなんて返答したって?」
「あっ」
廣瀬雪矢は神代晴華にチョップを繰り出した。
「脳細胞が! 昨日までに覚えた単語が全て散っていく!」
「うるさい、面白いリアクションしてる暇あったら対策を考えろ」
晴華ばかりを責めているが、僕も見通しが甘かった。元々雨竜は乗り気じゃないだろう事は想定できたが、晴華との会話を聞いて確信に変わる。
「ちなみにだが、去年は雨竜二人三脚に出てたのか?」
「出てないよ、あたしもその時は挑んでなかったし」
出てないよって、このポンコツちゃんはホントさらっと言うな。別に晴華から挑まれなくてもアイツの運動神経なら参加するよう言われているだろう。それでも出ないということは、特定の女子と組むことに抵抗を感じているからだ。アイツの立場を考えれば当然だな。
「えっ、ウルルンってそんなに二人三脚出てくれなさそうなの?」
「僕の見立てではな」
「そんな~」
晴華があからさまに沈んだ表情を見せる、せっかくの戦えるチャンスがなくなってしまうかもしれないのだから無理はない。僕とて晴華に言うことを聞かせられる権利をこんな形で手放す気はない。
「しょうがない」
僕はポケットに入れていたスマホを取り出し、ある連絡先へ電話を入れる。
「ユッキー、スマホ持ちながら走ってたの?」
「お前のツッコミってなんか的外れだよな」
「だって太股とか動きづらい、じゃなくてどこに掛けてるの?」
「情報提供してくれそうな相手にな」
いつもなら秒で出てくれる相手だが、さすがにまだ学内にて取りづらいのかもしれない。
かけ直しを決めたその瞬間、取次中の音楽が消えた。
『はあ、はあ! こんなタイミングはズルですよ!』
妙に艶めかしい吐息を挟みながら、電話口の相手――――青八木梅雨は愚痴を漏らす。
「すまんな、移動中だったか」
『いえ、学校に残って自習してたんですが、雪矢さんから電話が掛かってきたので話せる場所を探してたんです』
「なんだ、それなら後でかけ直すで良かったのに」
『貴重な雪矢さんからの電話を切るわけないですよ! 何言ってるんですか!?』
いや、それを僕に怒られても。
『それで、こんな時間にわざわざ何の電話ですか?』
「ああ、ちょっと聞きたいことがあってな」
このままでは雨竜は二人三脚に出てくれないかもしれないが、雨竜の妹で雨竜が大好きな彼女なら、何か妙案を得られるかもしれない。
というわけで、早速質問。
「雨竜に言うこと聞かせたいんだがいい案あるか?」
『雪矢さんが頼めばオッケーするんじゃないですか?』
えっ、解決した?
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