第5話 いい場所知ってます
「まさか、用ってそれだけか?」
そうだとしたら奇特にも程がある。同性から白い目で見られる僕の身にもなってくれ。
「チッチッ」
僕の疑問に答えるが如く、人差し指を揺らしながら舌を鳴らす晴華。何なのそのドヤ顔、ここが司法の外なら僕の渾身のコブラツイストでねじ切っているところである。
「ユッキーさ、あたしのこと馬鹿にしてない?」
「してる。完」
「終わらないで!? もっとコミュニケーション取ろうよ!」
「ああもう引っ付くな!」
僕の返答がお気に召さなかったようで、晴華は涙目で僕の腕に縋ってくる。
ホントに勘弁してくれ、僕の最終目標は安寧な生活だぞ? 例え雨竜に彼女ができたとしてもクラスの男子から終始ガンつけられたら堪ったものじゃない。
「これ以上話すことないだろ?」
「あるよ! むしろここからが本番だよ!」
そうなの? 体育祭で同じ団になったねよかったねはいチャンチャン、じゃないのか?
「いや、でもお前これから部活じゃないのか」
「部活だけど大丈夫だよ、体育祭に絡む用事なら先生の許可で休んで良いし」
「へえ」
初めて知った。去年の2学期となると豪林寺先輩が学校に来なくなり始めた時期だからな、部活って概念がほとんどなくなってたんだ。
となると、このお嬢さんからは逃げられないということになる。まあ付き合うこと自体は僕も暇だしいいのだが、ここで会話を続けるのは避けたい。人の目が多すぎて集中できん。
「晴華、場所変えるぞ」
そう言うと、教室が少しだけ騒がしくなった。
「えっ、密会? 密会なの?」
「神代さんって彼氏いるんじゃなかったっけ?」
「というか今名前で呼んだ?」
外野がぺちゃくちゃうるさい。こういう反応がなきゃ別にここだっていいんだが、いかんせん人とは好奇心旺盛な生き物なのである。ましてや片方は学年一の人気を誇る美少女、話題に事欠かない人間だ。
「えっ、付き合ってくれるの?」
「なんだ、相手しなくて良いのか?」
「ううん! すんなり了承してくれると思わなかったから」
「どっちにしろ部活が終わるまで学校に待機しなきゃいけないんだ、時間潰しに丁度いい」
「うん! それでも全然いいよ!」
ここまで嬉しそうな晴華を見ると、自分のしていることが良いことに思えてくるから不思議だ。時間潰しなんて否定的な単語を使ってるのにな。
「でもどこ行くの? 空き教室?」
「馬鹿め、そんなところより心穏やかに話せる場所がある」
「えっ、そうなの?」
「その上美味しいお茶とお菓子が付いてくるんだ」
「えー! 行きたい行きたい!」
うむ、正常な反応だ。晴華は普段部活で来るのは初めてだろうし、素晴らしさを堪能してもらわないと。
「どうした雨竜、お前も行きたいのか?」
先程から僕の隣に佇んでいた雨竜が何やら呆れた表情で僕を見ている。
「……いや、お前に雷が落ちる未来が見えてな」
「おいおい雨竜、今日は晴天だぞ? 雲一つない青空が広がっちゃってるぞ?」
「じゃあ俺、部活行くから」
えっ、無視? お前からボケてきたのに? そういうの後で虚しくなるので止めてもらっていい?
「ユッキー、早くおやつ食べにいこ!」
お前はお前でよだれを抑えろ。
―*―
「ど、どうでしょうか?」
「見事なお手前です。丁寧にお茶を点てる姿が思い浮かぶようでした、ねえ晴華さん?」
「ですねユッキーさん、こちらの和菓子なんてお茶との相性がばっちりでございます」
「ありがとうございます!」
「あなたはこれから大成いたします、慢心することなく一歩一歩踏み出すと良いでしょう」
「右に同じでございます」
「重ね重ねありがとうございます!」
「ありがとうございますじゃないでしょ!」
和の心を乱さぬよう全ての所作に注力していると、この場に相応しくない怒号が飛び散った。
「ここは茶室! 茶道部の拠点! なんで当たり前のようにいるのよ!?」
お怒りだったのは、我らが委員長にて茶道部部長も務める出雲さんだった。
「晴華さん、こんなにも落ち着いた空間で叫ぶというのはどうなんでしょう?」
「ユッキーさん、非常に残念と言う他ないです。趣を感じられていない証拠ではないでしょうか?」
「まずその雅な感じやめなさい!」
「ちっ、人が心地よく茶をしばいてるというのに」
「私が言わなきゃ誰も言わないから言ってんの!」
確かに。出雲以外は僕のこと持て成してくれるからな。
「朱里、あなたも普通に持て成してんじゃないわよ」
「あはは、だって2人来てくれたの嬉しいし」
出雲の苦言に困った笑みを浮かべるのは、同じ茶道部で出雲と仲の良い桐田朱里である。僕らが訪れても嫌な顔一つせず茶を振る舞ってくれた聖人だ。たまに脳がショートするのが玉に瑕だが。
「ありがとねシュリリン、美味しかったよ!」
「そう言ってもらえたなら良かったです」
「はあ、ここ来たらお茶飲めるって思われたらどうするのよ……」
楽しげな2人に困っている1人。それはそれとしてシュリリンには誰も突っ込まないのだろうか、まあウルルンよりはマシだけどさ。
「2学期早々勘弁してくださいよ」
後方からの声に振り返ると、とても分かりやすく顔をしかめる佐伯少年の姿があった。
「僕の花園を踏み抜いていいのは女の子だけなんですが」
佐伯少年節を聞けて気分は良いが、それとこれとは話が違う。僕がお茶を飲みたいときは茶道部に行く、それが決まりだ。皆さんは自販機へ向かえ。
「その上神代先輩と一緒って、1回本気で祟られた方がいいと思いますよ?」
どうやら晴華と一緒だったことが佐伯少年の逆鱗に触れたようだ。さすがは美少女マニア、端から見ればお前の方が祟られるべきな気がするけどな。
「それであなたたち、何しに来たわけ?」
佐伯少年の愚痴に区切りが付いたタイミングで、腕を組む出雲が僕と晴華を見下ろす。
ヤバいな、あまりふざけると容赦しないというオーラが漂っている。
晴華と私用でこの場所を使いに来たなんて言った矢先には……
「うん! ユッキーとお話しするために来たの!」
ポンコツウウウウウウ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます