第6話 2人の秘密
お茶と和菓子をご相伴に与った僕らは、茶道部部長の横暴により茶道室を追い出された。なんかこの流れ前もあった気がするが、僕は何度茶道室を追い出されるんだろうか。
「むう、ズーちんってばお堅いんだから!」
これ見よがしに文句を言う戦犯の頭に喝を入れる。
「いたっ!? えっなんで!?」
「お前がポンコツだからだよ! 理由なんて馬鹿正直に言ったら追い出されるに決まってるだろ!」
「ええ!? 嘘つけば良かったってこと!?」
「嘘じゃない! その場に合った言い回しで有耶無耶にするんだよ!」
「そんなのすぐに思い付かないよ! ユッキーならなんて言ってたの?」
「ゴキブリが茶道室に入ったのが見えたから駆除しに来ました」
「どこがその場に合ってるの!? というかあたしたち、駆除するどころか暢気にお菓子いただいてるんだけど!?」
「お前みたいなツッコミしてる間になあなあにするつもりだったんだよ、少なくとも僕は毎回そうしてきた」
「ちなみに前はなんて言ったの?」
「ヘラクレスオオカブトが迷い込んだって聞いてきた」
「ユッキー、あたしには到底無理っぽい……」
晴華は、僕の華麗なる言い回しに脳がついていっていないようだった。毎回茶道部部長相手にやり過ごしている僕の域に達するのは容易ではないが、諦めるとはだらしない。
「で、どうしよユッキー。この辺りなら空き教室くらいあると思うけど」
話場を失った僕らは、新たな場所を探しながら廊下を歩く。授業中しか利用しない特別活動室があるためそこで話の続きはできそうだったが、
「……ちょっと遠いが保健室行くか」
僕なりに馴染のある場所を選択する。部活時間に空き教室を利用するのはリスクがある為、できれば僕らがいてもおかしくない場所にしたい。
「ねえユッキー」
目的地が決まっていざ出発というタイミングで、晴華が立ち止まる。
美しい立ち姿。運動神経が関係あるのか知らないが、その自然体がどこまでも存在感を放っている。いつもとは違う喜怒哀楽が欠落した表情で、晴華は僕を見た。
「ユッキーはさ、あたしと2人きりになるの避けてるよね?」
返答に逡巡したのは、迷ったからではない。晴華らしからぬ雰囲気に一瞬呑まれたからだった。
「当たり前だろ。彼氏がいるやつと2人でいて碌なことなんてない」
答えは単純。わざわざ僕の平穏が崩れそうになる真似などしない。晴華を真っ向から蔑ろにするつもりはないが、僕なりのルールに合わせて行動はしてもらう。
「あはは、想像してた通りの理由でちょっと安心」
時間が切り替わったように普段の笑みを浮かべる晴華。先ほどのように、状況から晴華の言いたいことを察することはできなかった。
「ユッキーは他の男子と違うよね、2人きりになりたがる人の方が多いんだけど」
「そいつらと僕じゃ立ち位置が違う。付き合いたい側と付き合わされる側で一緒にするな」
「確かに、ユッキーはいつもあたしに振り回される側だ」
「自覚があるならやめてくれ、後でお前との関係を聞かれるのがめんど――」
「――やめないよ」
晴華は、僕の言葉を遮って言った。
「だってユッキーは、
普通という単語をやけに強調した物言いからは、晴華の紛う事なき本音を感じ取ることができた。
「ウルルンもそうだけど、ずっと同じ距離感で話せる人ってほとんどいないから。気兼ねなく話せるから、それが何より心地いい」
「僕は、お前の扱いが散々だと思うが」
「触りのいい言葉を聞かされるより100倍良い。ピッチングマシーンとキャッチボールしたって楽しくないでしょ?」
「随分と贅沢な悩みだという自覚はあるか?」
「だよね、こんなあたしのどこがいいのか教えて欲しいくらい」
誰かに聞かれれば大層反感を買いそうな呟きだが、本人はいたって真剣だった。
「要するに、ずっと友人として距離を保ってくれる廣瀬雪矢さま最高ってことか」
「えへへ、ユッキーから友人って言われると照れ臭いね」
そこに触れるなおバカ。しかもツッコミどころそこじゃないし。
「そんでもって、友人以上の関係を望むなモブ共ってことね。ひでえ女だ」
「表現に悪意がありすぎるけど、間違ってないかな。でも普通のことでしょ、あたしには彼氏がいるわけだし」
「お前が普通だったら普通のことだったんだがな」
神代晴華には彼氏が居る。1年生以外なら誰でも知っている事実だが、それでも彼女へのアプローチが減ることはない。
その理由を客観的な視点から、そして唯一事情を知る人間として推測することができる。
「透けて見えるんだよ、お前が彼氏の事なんて何とも思っていないって」
1月頃に聞かされた話が本当なら、晴華は今の彼氏に好意を持っているわけではない。
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