第4話 団分け
それから数分後、とても眠たそうに瞼を擦りながら長谷川先生が登場した。今日も今日とてトレードマークの白衣を身につけている。暑くはないのだろうか。
「皆の衆久しぶり、部活で学校来てるやつは会ってるとは思うが一応挨拶だ。全員元気に出席しているようで何よりだな」
前談を済ませると、長谷川先生は両手を教卓の上に乗せて教室を見渡す。
「先生から言うまでもないが、朝礼が終わったら始業式でその後は実力テストだ。皆がしっかり勉強してるか知らんが、受験を見越したらここで散々な結果がまずいことは充分に理解しておけ」
長谷川先生、なんか真面目なこと言ってるな。この人の教師っぽいところってかなりレアなんだよな、ウチのクラスだと出雲がしっかり仕切ってくれるし。
「で、廣瀬。ちゃんと勉強してきたか?」
ガラじゃないと思ってた矢先に先生らしい個人攻撃が出てきた。って質問されたの僕かよ。
「するわけないじゃないですか、僕を誰だと思ってるんです?」
「なんで強気なのか知らんが、去年みたいな結果は望めんか」
ったく、雨竜といい長谷川先生といい去年去年って。ここにいるのは今の僕だ。現在の著しく劣化した僕を見てくれないと困るじゃないか。
「ちなみに物化は?」
「お盆前まではそれなりに」
「ならいいや、他の科目はどうでもいいし」
良かった、いつも通りの長谷川先生だ。それくらい適当じゃないと人格疑われますからね、先生はもっとふざけていいんですよ。僕の粗相を容易に見逃す感じで。
「とまあお堅い話ばっかしててもアレだからもう1つ。始業式にも言われるが、1ヶ月後に控えた体育祭の団発表が今日の放課後に行われる。各学年の掲示板に貼られるからしっかり見とくように」
陽嶺高校の体育祭は、全校生徒が赤団・白団・青団・黄団の4つのグループに分かれて行われるが、3年間共通ではなく毎年この時期に編成、発表される。クラスで固定されるわけではなく、少なくとも生徒から見れば完全にランダムだ。学校としてクラスメート以外との交流を増やしたいという意図があるのなら、間違っていない判断だろう。
普段とは異なる交流、これを利用しない手はない。雨竜と交流したくてもできない女子たちが体育祭のグループをきっかけに話すようになる。体育祭というイベントでの非日常、そこから友だち、恋人と発展してほしいと思うのだが、いかんせん青八木雨竜という人間はどこまでも平常運転でホントに生殖器が付いているのかさえ怪しまれている。競技を楽しむ暇があったら周りを見ろや、だから僕に相談しようとする人間が増えるんだよ。
「とりあえずそんなとこか。じゃあ朝礼終わり。御園、廊下に並ばせて体育館行ってくれ」
「分かりました」
そうして朝礼が終わると、先生はささっと教室を出て行った。どうせ体育館に向かうだろうに生徒と分かれて向かう必要はあるのだろうか、何考えてるかよく分からんな。
まあいい。とりあえず僕は始業式が短時間で終わることでも祈ってよう。テストはなるようになるだろ、多分。
― *―
「テストお疲れさん。終礼はすぐ終わるから宿題提出したやつから解散な、掲示板見るなり部活行くなりしてくれ」
始業式から実力テストという長いようで短い時間が過ぎ、あっと言う間に放課後になった。普段ならば部活に皆散っていくのだが、テストの答え合わせをしている奴らがちらほら見られる。出雲も友人たちに捕まってるようだ。
「雪矢、テストどうだった?」
「聞くまでもないだろ」
天然なのかワザとなのか、気にする必要のないことを僕に訊いてくる雨竜。
「勉強してないんだ、悲惨に決まってるだろ」
去年の僕ならいざ知らず、今年の僕など雨竜の脅威になりようがない。僕に質問する暇があったら出雲や美晴の結果でも訊いてこいよ、美晴は科目違うから偏差値勝負になるけど。
「ちなみに物化は?」
「余裕だった、長谷川先生手を抜いてたぞ」
「物化の勉強してたのは?」
「お盆前までってさっき言ったろ」
「良かった。やっぱりお前は頭がおかしいな」
おい、今の流れのどこに罵倒する要素があった? 父さんとの約束を背いて物理化学すら怠けていたというのに手が動いたんだ、先生が楽な問題作ったに決まってるだろ。
いやでも、父さんは僕がマンガを描くって言ったら応援してくれたし、マンガ道という学問に取り組んでいるというテイにすれば約束を破っていないのでは? 1科目の勉強はする、それがマンガになっただけ。オールオーケー、何の問題もなかったな。
「それでどうする?」
「どうするって?」
「掲示板見に行くか?」
「行くわけないだろ」
雨竜が血迷った発言をしたのですかさず否定する。自分が所属する団など心底どうでも良い、そういうのは明日の朝空いてるときに確認すればいいんだよ。なんで人で溢れかえってるタイミングで行かなきゃいけないんだか。
「じゃあ図書室でも行くのか?」
「かもな、今日は豪林寺先輩がいないみたいだし」
「なら俺も部活行くか、どこに所属かなんて誰かが教えてくれるだろうし」
確かに。コイツの場合、絶対誰かに「一緒の団だったね」って言われるに違いないからな。調べるまでもなく把握できそうだ。
そんな会話を雨竜としているときだった。
「ユッキ~~~~~~!!」
廊下の方から、聞き覚えのある声が僕を呼んでいるような気がした。幻聴だと思いたいが現実逃避していても始まらない。どうして彼女はもっと普通に登場してくれないのだろうか。
「あっユッキー、いたいた!」
クラスの男子の視線をほしいままにしているのは、栗色のポニーテールが特徴の美少女、神代晴華である。
僕を見つけると、嬉しそうに身体を弾ませて近寄ってくる。相変わらず騒がしいを象徴したような人間だ。
「もう、居たなら返事してよ」
「するかアホ」
晴華の真似をして返答する自分を想像して鳥肌が立つ。ああいうアホっぽい行動は美少女の特権なのだと理解した。
「ユッキーアホって言った! アホって言った方がアホなんだよ!?」
「3回言ったお前の方がアホだ、おめでとう」
「えっ!? 今のってカウントされるの!?」
今のやり取りだけでコロコロと表情を変える晴華。動作も相まってポニーテールと胸が揺れる揺れる、もうちょっと周りの目を気にしてもらえないだろうか。視線集まってますよ。
しかしどうしよう、このままやり取りを続けたらホントにアホになりそうだ。もっと中身のあるトークをさせてくれ。
「で、何しに来たんだよ」
良くも悪くも目立つ晴華との会話は聞き耳を立てられることが多い。居心地も悪いので切り上げられるなら切り上げたいところ。
「そうそう! ユッキーは掲示板見た!?」
アホカウントでしょんぼりしていた晴華だったが、急に表情に笑顔が戻る。
「見てない、終礼が終わったばかりだ」
「そうなんだ! じゃあどうしよっかなぁ」
晴華は人差し指を唇に当てながら目を細める。僕に対して意地悪しているつもりなのかもしれないが、隠し事がダダ漏れだ。
「僕とお前、同じ団だったのか?」
「うそ!? なんで分かるの!?」
「なんでって……」
心底驚いた様子を見せる晴華に戸惑いを隠せない僕。コイツ、一緒に脱出ゲームとかしても全然機能しないタイプだわ。
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