第3話 ほどよい距離感

そこから約5分、雨竜先生によるマンガご指導が始まった。人物だけでなく背景からコマ割り、効果音など、僕に足りないところを懇切丁寧に教えてくれた。出版社の編集さんかな?


「ストーリーは可もなく不可もなくといったところか、導入としては悪くないがな」

「嘘だろ? この作品は追放系でありながら追放系のアンチテーゼとなるよう考えた作品で」

「いや、そもそも俺、元の追放系をよく知らんし」


そうだった。ネット小説とは無縁のこの男に聞いたところで、どこで流行と差別化を図ったかなど分かるはずがない。


なんてことだ、まさかここまでボロボロの採点をされるとは。プロマンガ家なんて夢のまた夢じゃないか、浮かれていたさっきまでの僕を全力で消去したい。


「まあ初めての割にはよく描けてると思うよ。まずは絵を上達させないとな」

「……うるさい」


気落ちした僕を申し訳なく思ったのか、急に優しい言葉を掛けてくる雨竜。泣きっ面に蜂とはこのことである、今更そんな緩い言葉が信じられるか。


「おはよう2人とも」


赤ペンチェックを受けた原稿をぼんやり見つめていると、上方から挨拶が振ってくる。見上げると、我らが委員長御園出雲が軽く右手を挙げていた。


「御園さんおはよう、久しぶりだね」

「夏休み明けだからね。青八木君は元気そうだけど、雪矢はどうしたの?」

「うるさい触れるな。僕は絶賛傷心中だ」

「夏休み明けからどうしたわけ?」

「雪矢の描いたマンガ、下手くそだったんだ」

「テメエオブラートって言葉知ってるかい!?」


なんですかい!? さっきあれだけボロクソ言っといてまだ足りないってことですかい!? それなら僕の聞こえないところでやってくれないですかい!?


「えっ、雪矢マンガ描いたの?」

「そんないいもんじゃない、さっき編集長にボロクソ言われたばかりだ」

「そういうのいいから、私にも読ませてよ」

「嫌だ。そう言ってお前も僕を追い詰めるんだろ、その手には乗らん」

「何言ってるの、マンガ描いてるなんてすごいじゃない。雪矢が描いてるものなら尚更見てみたいわ」

「ほ、ほう……!」


うむ、どういう意図か知らんが悪い気はしないな、というか気分がよい。出雲さんの瞳、めちゃめちゃキラキラしてるし。これならもう少し楽しんで見てもらえるか?


「あっでも、雨竜の赤ペン入ってるが」

「いいから、早く読ませなさい」

「あっ」


僕の出し渋りがお気に召さなかったようで、出雲は僕から原稿を奪って読み始める。1度容赦なく叩かれたせいで心臓の鼓動が半端なく動いている。頼む、せめて一般的なリアクションで抑えてくれれば……!


「あっ、ホントにマンガになってるじゃない。すご」

「……」

「ズーチンって私のこと? まあキャラ作りって身近な人を参考にするって言うわよね」

「……」

「あはは、簡単だと思ったらすごい任務出てたんだ。面白いわね」

「……」

「雪矢、お前泣いてる?」

「えっ、なんで!?」


出雲の感想を聞いていた僕は、無意識のうちに涙を流していたようだ。楽しげにマンガを読んでた出雲が、心配そうに僕に視線を合わせる。


「ちょっと、どうしたのよ急に」

「気にするな。人の心って温かいんだなって思っただけだ」

「まるで俺が人じゃない言い方だな」

「お前は人じゃないだろ、完璧星の完璧星人め」

「完璧星なんて存在するなら地球なんてちっちゃな惑星来なくて良いだろ」


この野郎、人がああ言えばこう言いよって……! 僕にマウントを取らなきゃ死んじゃう病なのか? ああ?


「はいはい、相変わらずね2人とも。雪矢ありがとう、面白かったわよ」

「うう……家宝にさせてください……」

「あなたのだけどね!?」


青八木さん家の雨竜君? ちゃんと見ておきなさい、これが"心"です。


僕は我が子のように原稿を抱きしめる。ここからや、僕のマンガ道はここから始まるんや。この日の悔しさと喜びは絶対に忘れんようにする。そうして成長していくんや。


「青八木君、雪矢のこと苛めたの?」

「苛めたというか、意見を求められたから答えただけなんだけど」

「そうなんだ、じゃあ青八木君は悪くないわね」


あれ、結局そんな感じ? 出雲さん僕の味方をしてくれると思ったけど、その辺りはフラットに物事を見るのね。いいけど別に、もう立ち直ったし。


「ところで、テスト勉強はどう?」

「バッチリ、今度こそ青八木君に勝つんだから」

「そりゃ気を引き締めてかからないとな」


雨竜のチェックを見返していると、テストの話で盛り上がる雨竜と出雲。


「そんなこと言って、さらっと何教科も満点取っちゃうんでしょ?」

「いやいや、さすがに実力テストでそうはいかないよ。先生たちだって俺らに危機感持ってほしくて気合い入れるだろうし」

「確かに、暗記系なんて脳の隅っこにあるような単語出題されそう」

「理数は間違いなく教科書範囲を超えてくるだろうね」

「はあ、受験対策って考えればそれが普通なのかもしれないけど」


……へえ。


2人の会話を聞きながら、僕は思わず感心してしまう。


少し前から兆候はあったが、出雲が普通に雨竜と話せている。ちょっと前まで僕に愚痴を言うついでにしか交流できなかった女が、表情朗らかに会話をしている。テーマが勉強だからか、雨竜もそれなりに楽しそうだ。


夏休みに蘭童殿と真宵から相談を受けていたせいで2人を中心に考えていたが、こりゃまだまだどうなるか分からないな。勉強なんて学校にいる間は一生話題に困らない上に、雨竜と同じ目線で語れる人間はほとんど居ないわけだし。……美晴さんは、うん、ちょっとよく分からないけど。要介護です。


「……何よ」


僕の視線に気付いたようで、出雲が少し頬を膨らませて聞いてくる。


「いや、僕じゃついていけない会話だと思って」

「その割にはにやついてるように見えたんだけど」

「クラスメートの成長が嬉しく感じちゃってな」

「……あなたは私のお父さんかっての」


恥ずかしそうに愚痴を漏らす出雲は、何だか数歳幼くなったようで随分可愛らしかった。



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