第2話 漫画の講評
「どうでもいい。それより僕の描いたマンガだ」
「はあ、去年満点取った人間のセリフとは思えないな」
「あれはノーパソが欲しかっただけって何回説明すればいいんだ」
「そうだよな、お前はそういう奴だったよ」
雨竜は苦笑を浮かべながら腿に乗っけた原稿を見やる。
「これっていつから描いてたんだ?」
「描いたっていうなら最近だが、勉強始めたのはお前らが家に来た日からだ」
「ちなみに、その間テスト勉強なんかは……?」
「するわけないだろ、僕の情熱は全てマンガへと向かってたんだから」
そもそも実力テストがあることさえ忘れていたのだ、理科系にちょこっと触れていただけでこの夏休みの勉強量などたかが知れている。
コイツ、もしかして去年のリベンジとか考えていたのか。僕が真面目にやってこないことなんて充分理解できそうなものだが。あっ、目の隈で勘違いしたのか。ようやくさっきの会話の違和感が晴れてきた。
「まっ、テストの話はとりあえずいいか」
雨竜の中でも整理が付いたのだろう、僕の原稿を両手で持って読む体勢に入る。
「しかしホントに描いてくるとは、驚きだ」
「あのな、僕はやると言ったらやる男だぞ」
「へえ、ペットボトルロケットの取組みは?」
「人には引き下がらねばならない時もある」
「カエルのオーケストラは?」
「あれは雨イベントだ、主張が強すぎる太陽さんのせいで頓挫している」
「で、お前はどういう男だって?」
「やると言ったらやる男」
「やれよ」
この男、蛇みたいなにじり寄りを見せつけやがって。陰湿だよ陰湿、揚げ足を取ってクラスメートを苛める男なんかモテちゃいけません。
「まあいいや、これどういう話なんだ?」
「それは読んでからのお楽しみだ、タイトルは『追放なんてされません!』ってしといてくれ」
「堀本がネットで流行ってるって言ってたやつか、どれどれ」
そう言って、雨竜はページをめくり始めた。
【ここはとあるパーティが拠点にしている一室】
『なんだよウルルン、急に呼び出して。今日は休みの日だろ?』
「ちょっと待て」
ページをめくって早々、雨竜から指摘が入った。
「このパーティのリーダーの名前なんだって?」
「ウルルンだ」
「なんでだ?」
「熟考した結果だな、他の作品とも被らず覚えやすさも考慮してこうなった」
「……他意はないんだな?」
「はっは、ありませんとも」
「なんだその口調は」
「うっさい、いい加減マンガに戻れ」
雨竜は少々不満げだったが、再び原稿に視線を落とす。
『ホーリー、君に大事な話があるんだ。だから他のメンバーにも来てもらった』
『ズーチン、マヨネー、ランドードノ、みんなも来てたのか』
「ちょ、ちょっと待て」
「何なんだよ、いちいち突っ込むな。全部読んでからでいいだろ」
早く感想が欲しいのに一コマ読む毎に待ったをかける雨竜。コイツ、マンガを読んだことないのか。
「もう1度聞くぞ」
「うん」
「キャラクターの名前に他意はないんだな?」
「ああ、他作品と被らないよう考慮した結果だ」
「いや、そりゃ被らないだろうが。明らかに1つおかしいし」
「お前な、キャラの名前なんていいからストーリーを味わえよ。そういうのは覚えやすかったら何でも良いんだよ」
「まあいろんな意味で覚えやすくはあるが……」
雨竜は頭を捻りながらも再度マンガへと戻る。
『ホーリー、君にはこのパーティを抜けてもらいたい』
『な、なんだって~!?』
『前から考えていたことだ。君はパーティの足を引っ張り続けている』
(た、確かに、サボることを優先しすぎて手を抜いてきたが、まさかパーティから抜けることを促されるとは……!)
『ま、待ってくれ! いくらなんでも急過ぎないか!? 僕にだって挽回するチャンスくらいくれたっていいだろ!?』
『……確かに。ならばどうする? 君なりの誠意をどう見せる?』
(正念場だ。ここで中途半端なことを言えば非難の嵐が来るに違いない。ここは男を見せようじゃないか)
『このギルドにある1番難易度の高い任務を1人で達成する。それでどうだ?』
『……正気か? 今までパーティでの任務すらまともにこなせなかった君が?』
『ああ、これくらいやらねば納得してもらえないだろ?』
『その意気は良しだが、しかし』
『良いじゃないウルルン君、ホーリー君がそう言うなら』
『そうですね、ホーリーさんの覚悟はしかと受け止めました』
『これが達成できればホーリーは優秀、ダメでもウルルン至高のハーレムができあがるだけ。何の問題もないわね』
『……俺の可愛い子猫ちゃんたちがそう言うなら仕方ない。ホーリー、その条件でいいんだな?』
『ああ、今からどの任務を受けるか確認しに行こう』
「…………」
「どうした雨竜、手が止まってるぞ?」
「いや、何だろうなこの拒絶反応というか、ウルルンという男の発言が気持ち悪くて」
「おいおい、フィクションにそこまで感情移入してどうする? どうせ感情移入するなら主人公にしてほしいんだがな」
「俺は、ウルルンじゃないよな……?」
「お前はウルルンじゃない。ウルルンだけどな」
「哲学か……!」
こんなに気難しい顔してマンガを読む奴初めてだな、細かい設定も伏線もないのに考えることなんてないだろ。まあ読み方は読者に任せるから別にいいけどさ。
【小さな街のギルド】
(へへ、成功したぜ。この街にある任務は高難度でもCランク、せいぜいBランクだ。力を隠している僕なら1人でも余裕、これで問題なくパーティに残れるってもんだ)
『ホーリー、これが今貼り出されてる任務だ』
『成る程、この中で1番高難度の任務は……』
【ボルケーノドラゴンの討伐:Sランク】
『ほ、ほげええええええええええええええ!?』
(え、Sランク任務!? なんでこんな辺鄙な街に!?)
『昨日貼り出されたばかりの任務だ。あまりの難易度に誰も見向きしなかったが、まさか君が挑むつもりだったとは』
『えっ、いやその』
(無理だ無理! いくら僕でもSランクを1人で達成できるはずない! さすがに条件を変えてもらわねば!)
『見直したわホーリー君、これを達成しようものなら言うまでもなく私たちの仲間よ』
『そうですね、ホーリーさんがそこまでパーティのことを考えてくださってるなんて、これはもう頑張っていただくしかないです!』
『ちょ、ちょっと待って』
(まずい、どんどん外堀が埋まっていく! このままじゃ僕、本当にパーティを追放される!)
『まさか今更、条件を変えたいなんて言わないわよね?』
『……はい』
『ホーリー、君の活躍期待してるぞ!』
(うわあああああん! どうすればいいんだよこれええええええ!?)
【こうしてホーリーの、Sランク任務への挑戦が始まるのであった】
「どうだ? なかなか面白かっただろ?」
読み終えた雨竜に早速感想を求める。自分が創り上げたものに評価をいただくというのはなかなか緊張するな、それ故にやりがいがあるというものだが。
「まず、1つ良いか」
「おう。1つと言わずいっぱい来てくれ」
「絵が下手すぎる」
「ぐぁっ……!!」
こ、コイツ、いきなり容赦なさ過ぎないか。そりゃ数日練習した程度の付け焼き刃感は否めないが、こちとら腱鞘炎になりかけたというのに。
「絵に統一感がない。このズーチンの横顔あるだろ、顔のバランスが悪い。賭博とか麻雀とかしてるマンガに出てきそうな絵だ」
「そんなにアゴは出てないだろ、正面に比べたら下手だけどさ」
「お前さ、ちゃんとアタリ描いてる?」
「当たり前だろ、そんなの絵を描く上で常識で」
「男女でけっこう違うのは理解してるか?」
「はっ?」
そう言うと、雨竜は僕の原稿にペンを走らせた。それからだいたい1分、そこには男と女の正面絵ができていた。
「見てみろ、目に対する眉の位置、アゴの長さだって違う。男女どちらかの長さで統一してるとバランスおかしくなるぞ」
「……」
いや、違うんだよ雨竜君。僕が求めてる感想ってそういうのじゃなくてね。ストーリーがどうとかキャラがどうとかそういう話を求めていたんだよ。
なんで僕、絵の指導されてるの? というかお前、なんで絵の指導できるの?
「なあ、お前絵を描いてたことあるのか?」
「ないけど、これくらい常識だろ」
もうやだこの人、異世界転生してなんかやっちゃいましたしてろ。
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