第1話 2学期の始まり

わー、遅刻遅刻!


陽嶺高校2年生廣瀬雪矢、久しぶりの学校生活にドキドキ胸を弾ませながら登校中!

今日から2学期の始まり、体育祭や文化祭にいろんなイベントが目白押し! 

どんな出会いが待ち受けてるのか、今からドキドキ心拍数上昇中だぞー!



「………………はっ」



脳内汚染に気付いた僕は、存在しない思考回路を排除し我に返る。


そもそも今は電車に揺られているし、学校のイベントとかどうでもいいし、というか2学期の新しい出会いとか不穏すぎるだろう。転校生とかどんな理由でやってくるんだ。親の転勤なら4月に来てください。


ふう、と軽く息を吐き瞬きをする。僕がこんな不思議な思考をしてしまうとは、普段はとても大人しい良い子で通っているというのに。


しかしながら、僕がこうなっている原因には思い切り心当たりがある。最近、睡眠時間をあまり確保できていないのだ。


雨竜と翔輝が家に来たとき、マンガを描こうという話をしていたのだが、翔輝の話を参考にようやくストーリーを完成させたのである。


そうと決まれば後はマンガを描くだけ。道具を揃えていざ始めようとしたのだが、まったく進まなかった。よくよく考えたら、僕は絵というものを描いたことがない。表情は勿論、身体の向きやバランスなど学べていないことが多すぎた。


だがしかし、僕としても夏休み前に渾身の作品を生み出したかった。1日24時間の概念を崩せないなら、活動する時間を増やすしかない。結果として、睡眠時間を大幅に削ることになった。目元の隈が主張しすぎてそういうファッションだと思われているかもしれない、誰がパンダだ。


「くっくっく……」


父さんに心配を掛けたという点では僕も反省の弁を禁じ得ないが、その甲斐あってようやく完成した。描いたのは物語の導入部分だけだが、伝説の始まりとはそういうものだ。コツコツと積み上げていったものが唐突に花開くのだ。どうしよう、隠しきれない才能が露見して商業デビューしちゃったら。ペンネームを考えないと、その前にサインの練習だろうか。あ~、考えることがいっぱいだ楽しい~。


「お母さん! あの人面白くないのにニヤニヤしてる!」

「コラ、指差しちゃダメでしょ」

「……」


うん、公共の場では表情を制御できるようにしよう。



―*―



「おっす雪矢、お前ん家以来だな」


その後精神統一のためにもう一度滝行に行くべきかと考えながら登校すると、爽やかどうでしょうのメインパーソナリティで視聴率ウハウハ男こと、青八木雨竜が挨拶してきた。


「……ん? お前疲れてる? ちゃんと寝てるのか?」

「くくく、最初にそこに気付くとは。成る程お目が高い」

「それ、使い方間違ってるぞ」


雨竜の小言など気にならないほど機嫌が良い僕は、自分の席に座ってカバンを机の上に置く。


あれ、今日はいつもより早く来ている生徒が多い気がする。しかもほとんどの生徒が机に向かっているし、僕時間を間違えてないよな?


まあいい。完成した原稿の前では全て塵同然。クラスメートの状況に構っている暇なんてないのである。


「ふっ、なんだかんだ言ってやることやってたってか?」

「はっ?」


僕がカバンの中を整理していると、雨竜がニヤニヤしながら頬杖をつく。


「目に隈ができるほどやってきたってことだろ?」


コイツめ、僕がマンガを描いていることに気付いているだと……? ってそういや雨竜は僕がマンガを描こうとしていることを知ってるんだった、まさかそれに関して言及されるとは思わなかったが。そんなにマンガについて語りたかったというなら付き合ってやらんこともないが。


「まあな、僕とて中途半端な真似はしたくないしな」


『恋するシュリちゃん』を作ったときもそうだが、僕はなかなか妥協ができない性格らしい。クオリティを追い求めることに可能な限り時間を使ってしまう、今回は夏休みを期限に設けていたせいでかつかつになったが睡眠時間は取って然るべきだ。


「勉強することが多々あって苦労したが、充実感でいっぱいだ。もはや非の打ち所がない」

「ほう、お前がそこまで言うとなると気を引き締めなきゃならんな」

「おう、震えて待つがいい。僕の努力の結晶をな」


そこまで楽しみにしているというなら早速披露してやるか。2学期早々人の心を豊かにできるとは、僕も随分改心できたものだ。よし、それじゃあ原稿をっと。


「で、今回は何を買ってもらうんだ?」

「ん?」


後は僕のマンガを見せるだけかと思いきや、雨竜の返しは終わっていなかった。しかも内容が意味不明、買ってもらうって何だ?


「いや、お前が報酬無しで勉強するわけないだろ?」

「心外なことを言うな。自分のやるべき事の為に勉強したんだ、報酬なんてあるわけないだろ」

「えっ……」


爽やかフェイスが凍り付く。僕の主張が信じられないかのような表情だ。さっきの発言といい、とことん失礼な男だな。やりたいことをやるのに報酬って、僕はどれだけがめつい男だと思われてるんだ。あっ、でもただでいただけるものはいただきます。


「雪矢、お前夏休み終盤変なもの食べたか?」

「テメエ、父さんの料理にケチ付けようってのか?」

「いやすまん、なんか混乱してきた」


雨竜の様子がおかしい。そりゃ確かにいつも雨竜はおかしいが、今日は分かりやすく狼狽している。どうしたことか、氷雨さんにかぐや姫ばりの無理難題を押しつけられたのだろうか。


「俺たち今、勉強の話してるよな?」

「さっきからそう言ってるだろ」

「だよな、でもお前が勉強を前向きにするか……?」


雨竜は未だ納得いかないのか、ぶつぶつと小声で念仏を唱えている。こらやめろ、そのボリュームは僕の睡魔を呼び起こす。


うむ、何があったか知らんが随分お悩みのご様子。しょうがない、僕のマンガで元気にしてやろう。悩みにぶち当たったら1度別のこと考えて頭を切り換えるのだ、そうした方が解決策は浮かぶものである。


「まあ雨竜、何に悩んでるか知らんがこれ読んで元気だせや」


そう言って僕は雨竜にマンガ原稿を手渡した。


雨竜はぽかーんと呆けてから、僕の方へと視線を送る。


「……なんだこれ?」

「おいおい僕に言わせるのか、話の流れで分かるだろ。お前が楽しみにしてた僕のマンガだ」

「マンガ?」

「まだ父さんにも見せてない努力の結晶だぞ、さあ堪能するがいい」


腕を組んで満足げに頷く僕に対し、原稿をめくらず固まっている雨竜。


「……そういうことかい」


雨竜は大きく溜息をついてから、相変わらず原稿には目を向けず僕を見る。いや、僕はいいからマンガを読んで欲しいんだが。早く大絶賛の感想をいただきたいんだぞ僕は。


「雪矢、今日って何の日か知ってるか?」


焦らしに焦らしてくる雨竜の問い、さっきからコイツは僕を馬鹿にしてるのか?


「当たり前だろ。2学期の始まり、始業式だ。全校生徒が集まるから豪林寺先輩に会えるかもしれない」

「後半は置いとくとして、確かに始業式は合ってる。でも始業式だけじゃないよな?」

「はっ?」


相変わらず回りくどい言い方をする男、言いたいことがあるならはっきり言えば良いのに。


雨竜は額に手を当てながら、呆れたような口調で僕に告げた。



「今日の2~6限、実力テストあるの知ってるよな?」



……? ジツリョクテスト?

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