第48話 夏休み、男友達2
子ども染みた口論を終え、僕は2人を自室へ連れて行った。宿題をすると言ったが3人で座るスペースはないので、僕が勉強机に向かい、2人は小さなテーブルに向かい合って床に座らせる。
「それじゃあごゆっくりね」
僕らが部屋に来てすぐ、父さんが麦茶とお菓子を持ってきてくれた。トレイに乗せられた色とりどりのお菓子を見て、雨竜と翔輝は言葉を失っている。
「なんかアレだな、凄いな」
「うん。とても申し訳ない気持ちになるというか」
「気にするな。父さんはああいう人だ」
遠慮するくらいなら思い切り寄り掛かってほしいのが父さんだ。そういう人だからこそぐうたらの母さんと相性が良いのだろう、誠に遺憾であるが。
「そしてここが例の現場か……」
麦茶をストローで飲んでいると、翔輝がベッドを見ながらボソッと呟いた。例の現場って何のことだ。
「ああ。梅雨と同衾したベッドだな」
「青八木君、そんなドストレートに……!」
麦茶を吹き出すところだった。コイツら、僕の部屋に入って最初の感想がそれか。いや、確かに勉強会でいろいろな物議は醸し出していたけど無罪放免ということになっただろ。嫌なことを掘り返すんじゃありません!
「余計なことくっちゃべってないで宿題しろ。雨竜だって残ってるんだろうが」
「へいへい」
僕の部屋を興味ありげに見ていた2人だったが、ようやくカバンからテキストを取り出し宿題を始める。なんでこの状況になるまで山やら谷やらがあるんだろうな。
「堀本は全然終わってないのか?」
「うん。どれもそこそこ手は付けてるんだけど、難しい問題に当たって放置してたら今日になってて」
2人の会話を聞きながら、僕はノートパソコンを起動する。父さんの焼いたクッキーを食べるがホント美味、専業主夫をやっているのが勿体ないな。
「あれ、廣瀬君宿題は?」
僕がテキストを開いていないことに気付いたのか、翔輝が不思議そうに尋ねてくる。
「宿題なら終わってる。2人で勝手にやっててくれ」
「ええ!?」
僕の返答が意外だったようで、翔輝はいつものうるさすぎる声を上げた。
「ホントに!? そもそも提出する気がないとかじゃなくて!?」
「お前は僕を何だと思ってるんだ。まあほとんどは答え見ながら写してるけどな」
「だとしても驚きだよ……!」
とことん僕に対して失礼な男だな。夏休みなんて何日あると思ってるんだ、1日2~3時間宿題に充てれば8月入る前に余裕で終わるだろ。
「夏休みって普通だらけちゃうと思うんだけど」
「雪矢の場合、去年の夏休みが勉強漬けだからな。大して苦でもなかったんだろ」
「そういうものなのかな」
雨竜の言うとおり、去年の張り詰めるような勉強地獄に比べれば夏休みの宿題なんて大したことでもない。その分今年は、イレギュラーな外出が多かったわけだが。
「で、廣瀬君は何やってるの?」
キーボードを叩く音が気になるのか、僕の方を見て質問してくる翔輝。コイツ、宿題はやらなくて大丈夫なのだろうか。
「ああ、マンガを描こうと思ってな」
「マンガ!?」
ものすごく食いつかれた。このままだと今日の集まりの意味を成さなそうだが、翔輝の自業自得だしまあいいや。
「とはいってもまずはシナリオを作らなければならない。まずは万人受けしそうなネタに絞ってから個性を出していこうと思うんだが、何が万人受けするんだろうな」
マンガを代表に言及するなら、戦闘があり、魅力的なキャラクターがいて、独特な世界観がある、というのがあるが、1番重要なのはどれだけ分かりやすく表現しているかに尽きると思う。どれだけ設定が練られていようとも、退屈に感じたらそれは娯楽ではない。
しかしながら、マンガを描くからといってマンガだけを見てものを語るのはナンセンスである。映画や小説など、別の媒体から得られる刺激も当然あるはずだ。
「それなら廣瀬君、ネット小説って読んだことある?」
「ネット小説?」
「誰でも気軽に作品を書いて公開できるサイトがあるんだ。けっこう有名なサイトだしランキングもあるから何が人気なのか参考になるんじゃないかな」
「成る程、お前は読んでるのか?」
「うん。今は追放系が人気なイメージがあるね」
翔輝曰く、追放系とは主人公が何かに属する団体を弱者というテイで追放されてしまうが、他の登場人物との出会いにより新たな力を目覚めさせ、追放された後の方が充実した生活を送ることができるようになる話らしい。
ここで外せないのは、前に主人公がいた団体から戻ってくるよう懇願されるが、そんな気はないと主人公が相手を拒絶するシーン。散々主人公を罵倒した相手を成長した主人公が懲らしめるという流れが読者には好評のようだ。
確かに、面白いと思う。何より分かりやすい。主人公を変える出会いがあって、主人公を嫌う団体も居て、敵がはっきりしている。勧善懲悪ものとしてうまく書き上げられれば、読者もスッキリとした気持ちになることだろう。
だが、問題が1つある。
「翔輝、ここって誰でも書けるサイトなんだよな?」
「うん、そうだけど」
「だとしたら、こういう作品って乱立してるんじゃないのか?」
「そりゃそうだよ、だからこそ分かりやすい流行なんだし」
「だよな」
いくら人気ジャンルとはいえ、それをそのまま真似するというのは創作する側としても避けたいところ。
追放系って、主人公が追放されるのが前提だと思うが、それに抗う主人公は居ないのだろうか。団体メンバーの問題を主人公が解決していけば追放は解消される、みたいな。うーん、それだと追放された方が面白いような気がする。
「追放系、なかなか奥が深いな」
「でしょ!? 最近僕がハマったのがさ!」
そこから翔輝とネット小説の話で盛り上がる。ストーリーの質はともかく、無料でこれだけの作品を閲覧できるのは素晴らしい。細かい設定は別として、大まかなあらすじなんかは参考にできるものがありそうだ。
「堀本、盛り上がってるとこ悪いが宿題はいいのか?」
「あっ」
そして現実世界へ引き戻される。創作世界の話も良いが、まずは現実とご対面してからだな。
「あー、宿題なんて二の次だってのに」
翔輝は頭をわしゃわしゃ掻き乱しながら再びテキストと向かい合う。他人のこういう姿を見ていると、来年の夏休みも気を付けようという気持ちにさせられる。ナイス反面教師。
「なんだ、悩み事でもあるのか?」
僕との話を中断させたかと思いきや、今度は手を動かす翔輝に話を振る雨竜。お前はコイツに宿題をさせたいのかさせたくないのかどっちなんだ。
「……うん。実は宿題をするっていうのは建前で、相談したいことがあってさ」
すると翔輝は、雨竜の言葉に頷いてシャーペンを置いた。二の次って、ネット小説の話をしたいという意味だと思ってたが、別の意図があったのか。
「実はさ、その、信じられないかもしれないけど」
翔輝はうじうじとしながらも、悩んでいることを単刀直入に言った。
「僕、一週間程前に告白されたんだよね……」
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