第49話 夏休み、男友達3
「「へえ」」
「へえって、それだけ!?」
僕と雨竜の気の抜けた返事がお気に召さなかったのか、翔輝は声を荒げた。
「僕としては人生の中で1位2位を争うビッグイベントだったんだけど!」
「いや、ちゃんと驚いてるぞ」
「ああ、驚いてる驚いてる」
「驚いてるならもう少し食いついてきてよ! なんでそんなに淡泊なの!?」
翔輝のマシンガンが止まらない。確かに驚きはしたものの、納得もできてしまうため反応が薄くなったのかもしれない。1年時はパッとしない印象だったが、今はイメチェンに成功して見た目も整っている。この騒がしいキャラクターも、賑やかで楽しいと感じる人がいてもおかしくない。結果、翔輝に恋する人が現れたとしても、それほど驚くことでもないのである。
「はあ……友だちの恋愛事情ってもっと気にしてくれるものだと思ったけど」
「恋愛は個人の問題だからな、深入りされて嫌な思いしたくないだろ?」
「ん? 今のセリフ、隣の席の誰かさんにも言えるのか?」
「黙れ、お前は例外中の例外だ」
雨竜の場合、僕を経由して仲良くなろうとする女子が多かった。ここまできたら全く以て個人の問題ではない、むしろ個人の問題まで移行すべく動いているといっても過言ではない。
「ちょっとだけ話をさせてもらうと、相手は同じCクラスの女の子で、よく何人かの男女と一緒に遊ぶ機会はあったんだ。僕としてはクラスの女友達って感じだったんだけど、1週間ほど前に一緒に出掛けた時に、その、告白をされてしまいまして」
人差し指をツンツンさせながら、照れ臭そうに声を小さくする翔輝。生まれて初めての体験だったのだろう、さすがに舞い上がってるな。
「その感じだとオーケーしたわけじゃないのか」
雨竜が鋭く指摘をすると、翔輝は1度僕の方を見た。それだけで、コイツが何を言いたいか察することができた。
「実は僕、他に好きな人がいて、僕なりにアピールとかしてたんだ。ただその人には恋人がいて、友だちにはなれたけどそれ以上は進める気もしなくて、そんなときの告白だったんだよ」
堀本翔輝は神代晴華に恋をしている。僕に1度相談してきたコイツは自分なりに行動をして、晴華からニックネームで呼ばれるまでになった。
だがそれ以上にはいけない。実際どうかは知らないが、少なくとも本人はそう感じている。そんな折に、別の異性から告白を受けてしまったと。
「本来なら断るのが筋なんだろうけど、考えさせてほしいって言っちゃった。好きな人居るのに、僕って最低だなって思ったら1人で抱えるの辛くてさ」
翔輝は両手で顔を押さえたまま天井を仰いだ。翔輝がどれだけ悩んでいるか分かる光景だった。
こうして話を聞いている以上、何か意見を述べてやるべきなのだろう。だから僕は、真っ先に思ったことを伝えることにした。
「すまん。お前の何が悪いかさっぱり分からん」
「へ?」
翔輝が素っ頓狂な声を漏らす。僕の発言が予想外だったらしい。
「お前は誰かと付き合ってるわけじゃないんだろ?」
「そ、そうだけど」
「それに、誰かを好きなまま別の相手と付き合ってるわけじゃない」
「うん」
「だったら問題ない。告白してきた相手を待たせないようにお前がやりくりするだけだ」
あまり他人事じゃないと思いながら翔輝に助言する。あんまり言い過ぎると、鋭いブーメランが返ってきそうだ。
「でもそれって失礼じゃないのかな、告白してきた女の子に」
「そんなのお前の独りよがりだ。相手の立場で考えろ、好きな相手がいるって理由で断られるより、自分に傾くかもしれないから保留の方が良いと思わないか」
「そ、そう言われると」
「なら余計なことを考えるな。自分は最善の選択をしたと胸を張れば良い。大事なのはこれからだろ」
自分なりにフォローを入れたつもりだったが、翔輝の表情は浮かないままだった。まだ腑に落ちていないようで、声を絞り出す。
「でもさ、そんな簡単に心変わりするって人としてどうなのかなって。あんなに好きだった人を、告白されたくらいで気持ちが薄らいでくるなんて。自分が嫌になりそうぶっ!」
全てを言い終える前に、翔輝の頭にチョップを入れた。ぐちぐちぐちぐちとこの矛盾野郎はうるさいことこの上ない。
「今けっこう本気で叩かなかった!?」
「うるさい。情緒不安定なお前にはいい薬だろ」
「情緒不安定って、僕なりに真剣に悩んでるのに」
「だったら最初に言った本音を忘れるな」
こんなことをわざわざ言ってやらなきゃいけないのか、僕は大きく溜息をついてから言う。
「人生の中で1位2位を争うビッグイベントなんだろ、心変わりして何の問題があるんだよ」
「あっ」
僕は先程から聞きに徹しているイケメン男を親指で差す。
「この顔面大ヒット御礼野郎みたいに一日一告白されてるなら別だ、日常的なものにいちいち反応してたら頭も身体も保たないからな。そのせいで恋愛不能になってるのはいい迷惑だが」
「酷い言われようだな」
さらっと返答しているがツッコミ間違えてるから。普通は1日に1回も告白されてねえよって言うから。まあコイツ普通じゃないけど。
「でもお前は違うだろ。告白されて、ビッグイベントって思うくらい衝撃走ったんだろ。それで自分を否定するくらいなら見つめ直せ。お前が好きな相手もお前を好きな相手もうじうじしたお前なんて望んでない、悩みに悩んで結論を定めた堀本翔輝を望んでるだろうさ」
天下の青八木雨竜を好きだった女子が、別の男子を好きになることだってあるんだ。仮に翔輝が心変わりをしたとして、それが不誠実だなんて思うはずもない。悩み抜いた上での決断であれば、誰にも文句を言う権利などないのだから。
「……うん、そうだよね」
しばらく無言を貫いていた翔輝が、ふと口ずさむ。
「宙に浮いたまま放置さえしなきゃ、それでいいんだよね」
どうやら本人なりに吹っ切れたらしい。小さな声に少しずつボリュームが乗ってきた。
「僕、ちゃんと考えるよ。好きな子を追いかけたいのか、好かれてる子を好きたいのか」
「どう思う、青八木大先生」
「いいんじゃないか。堀本は責任感強いしやれるだろ」
「だとさ、大先生のお墨付きだ」
「ありがとう、青八木大先生」
「大先生って何だ?」
雨竜の疑問は無視して、翔輝は雨竜に向けて合掌した。神様か何かと勘違いしてるのかも知れない、祈っても何も叶えてくれないと思うぞ。
「廣瀬君もありがとう、やっぱり廣瀬君は僕の恩人だな」
「僕は説教しただけだ。そもそもやっぱりってなんだ?」
「そりゃ去年の2学期から僕を」
「クサいセリフ禁止、これ以上僕の耳には届かない」
「照れるなよ廣瀬大先生」
「誰が大先生だ、というかいい加減宿題しろよ」
「俺ならもう終わったけどな」
「ええ!? 青八木君の裏切り者!!」
「なんでだよ」
結局各々の作業は大して進まず、雑談ばかりに華を咲かせてしまう始末。勉強会で僕以外が集中できていたのが嘘のようにだらけてしまっている。
……でも、案外そういうものなのかもしれない。知り合い同士が集まるのに、個人で取り組む宿題に注力してどうするのか。無益な馬鹿話をする方がこの場においては正しいと、不思議なことを思う。
こうして長かった夏休みは終わりを告げ、秋を迎える。
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