第47話 夏休み、男友達1

「あ~どうしよどうしよ」

「……」

「これでお菓子足りてるかな? もう少し作った方がいいかな」

「…………」

「麦茶嫌いな子がいたらどうしよう、やっぱりジュースも買ってきた方が」

「ねえ父さん」


僕は、珍しくキッチンで慌てている父さんに声を掛ける。


「どうしたのゆーくん、お父さんちょっと考え事してるんだけど」

「いや、その考え事全部破棄して良いから」


そろそろ約束の時間なので自室からリビングへやってくると、父さんは思い切りいらぬ心配をしていた。


だが父さんは、僕の発言をなかなか了承してくれない。



「だってこれから、ゆーくんのお友達が来るんでしょ? 父としてしっかりおもてなししないと」

「だから今ある分で充分だから! これ以上はお金取ってもいいぐらいだから!」

「ゆーくんのお友達からお金は取れないよ」

「だーかーら! 今の分で充分だって!」



今日は、雨竜と翔輝が夏休みの宿題をするために家に来ることになっていた。発端は宿題が全然済んでいない翔輝が一緒にやろうと泣きついてきて、雨竜に押しつけようとしたら3人で集まってやろうという話になった。僕の家になったのは、雨竜が父さんに梅雨が世話になっていることについてお礼を言いたいと言ったからだ。


なかなか殊勝な心掛けだったので、2人を僕の家に呼ぶことにしたのだ。僕としてもこの暑い中、できるだけ外出したくないしな。


だが、問題はその後発生する。今日の朝に2人が来ることを父さんに伝えると、慌てて掃除やらおもてなしの準備を始めたのだ。麦茶だけあればいいって言っていたのに、リビングのテーブルにはあらゆる種類のお菓子が並んで困惑する。天下の青八木家にお邪魔してもここまでの品は出てこない、これからお店でも出店するのだろうか。


これでも少ないんじゃないかと心配するので、僕が全力で止めていたところである。


「だって、ゆーくんが、お友達をウチに呼ぶなんて……!」

「ちょ、父さん!?」


話していたら、父さんが目元をゴシゴシし始めたので狼狽える。そりゃずっと心配掛けてきたけど、泣かなくたっていいのに。今日来る奴らなんて一般人に毛が生えたミドリムシみたいな連中だし、まあそう言っても父さんは聞いてくれないんだろうけど。


「父さん、気持ちは嬉しいけど普通でいいから。友だちが家に来るのだって普通でしょ?」

「……うん、そうだね。ゴメンね、お父さん取り乱しちゃった」

「いいよ全然、父さんは普段しっかりしすぎなんだから」


父さんに迷惑かけられるなんて光栄とさえ思う。あんまり完璧だと近所の奥様方がアブノーマルな提案しかねないからね、もっとテキトーに過ごしていいよ。母さんはもっとしっかりしやがれ。


そんなことを考えていると、ピンポーンという家のチャイム鳴ったので玄関に向かう。測ったかのようなタイミングに苦笑しながらドアを開けると、最近見たイケメンとしばらく見なかったイケメンの姿があった。青八木雨竜と堀本翔輝である。


「廣瀬君! 久しぶり!」

「これ、来る前に堀本と買ってきた」

「ああ……」


雨竜から紙袋を受け取り、微妙な顔になってしまう僕。他人様の家に訪問する際、こういう手土産の存在は理解していたが、父さんの完璧すぎる準備のせいで不要になってしまうかもしれない。さすがに申し訳ない気持ちになった。


「これ、ウチの人間だけで食べて良いか?」

「そのつもりで買ってきたんだが、どうかしたか?」

「いや、大丈夫だ」


余計な一言だったらしい。手土産ってその場で広げるものじゃないのか、勉強になった。


「とりあえず僕の部屋に行くか」

「おお! 友だちっぽい!」

「ちょっと待て」


テンションが上がっている翔輝とは別に、雨竜は少し緊張しているようだった。


「どうした?」

「親御さんは? 俺の目的の半分、それだし」


そういえば、これだけ話していて父さんがまだ来ない。コミュ力の塊である父さんがここで顔を出さないなんてあり得ないわけだが、一体どうしたのだろうか。


「皆さんいらっしゃい」


そう考えたのも束の間、いつもの爽やかスマイルを浮かべた父さんが両手に何かを持って現れた。


「外暑かったでしょ、これで顔拭いてね」

「あっ、はい」


何かと思えば、父さんは2人に冷やしたハンドタオルを渡していた。来るのが遅いと思ったらこんな準備までしてたのか、我が父ながら恐ろしいな。


「雨竜君、で合ってるかな?」

「は、はい!」

「先日はゆーくんのこと教えてくれてありがとう、助かりました」

「いえ! こちらこそ妹が世話になりっぱなしで!」

「全然、梅雨ちゃんとのやり取りは楽しいから」


終始笑顔の父さんに、声が上擦る雨竜。コイツがこんなに恐縮している姿を見られるとは、さすが父さんの存在感である。


「あの、もしかして去年の学園祭いらっしゃってました?」

「よく覚えてるね、嬉しいな」

「誰の父兄なのかって話題になってましたから」

「僕も雨竜君覚えてるよ、燕尾服姿格好良かったし」

「ありがとうございます」


そしてさらっと世間話へ移行する2人。父さんはお話好きだし、このままだとずっと止まらないかもしれないな。


「っと、もう少しお話ししてたいけど、今日は宿題するために集まったんだったね」


と思っていたら、すぐに我に返って話を止める父さん。別に好きなだけ話してていいのに、どうせ困るの翔輝だけだし。


「おしぼりはもう大丈夫かな?」

「はい! ありがとうございます!」

「雨竜君も翔輝君もゆっくりしていってね」


2人からおしぼりを受け取った父さんは、そう言ってリビングの方へ戻っていった。登場から退場まで全てが完璧、さすがは僕の父さん。どこに出しても恥ずかしくない存在である。


「よし、今度こそ僕の部屋行くか」


そう2人に声を掛けたが、2人はなかなか靴を脱ごうとしない。


「どうしたんだよ?」

「どうしたじゃないよ! 廣瀬君のお父さん若すぎない!? なんであんなに男前なの!?」


どうやら2人、父さんのインパクトにあてられて言葉を失っていたらしい。


「笑顔もすっごく素敵だし、というかおしぼり出してもらえると思わなかったんだけど」

「そうだろそうだろ」


翔輝が分かりやすい反応を示してくれるから、僕も腕を組みながらうんうんと頷くことができる。そうそう、父さんのいいところなんて上げたらキリがないから。あっと言う間におじいちゃんになっちゃうから。


「いやあ、お前がファザコンになる理由がよく分かる。凄い人だな」


雨竜でさえこのリアクション、僕は大変気分が良い。分かったか雨竜、お前と父さんでは男としての格が違うのだよ。ちょっとでも身に染みたら息子である僕を敬うことだ、あっと言う間に僕もあんな風にフォルムチェンジしてやるんだぜ。


「よし、ゆーくん。早速部屋に案内してくれ」

「そうだね。ゆーくんの部屋、楽しみだなぁ」

「僕の気分は急転直下だ。貴様ら、生きて我が敷居を跨げると思うな」


唐突に父さんの呼び方を真似するなんて、万死に値する!


「もうほとんど跨いでるけどな」

「うるさい黙れ、ウルルンの分際で」

「誰がウルルンだ。非公認のあだ名を使うなゆーくん」

「こちとら父さん以外使用禁止なんだよウルルン」

「2人とも、相変わらず仲良いね」

「何言ってんだミドリムシ風情が、動物と植物の間を揺れ動きやがって」

「カモノハシ以上の存在感示してから突っ込んでこい」

「どういう怒り方なのそれ!?」


そこから数分、玄関での言い合いは収まらなかった。父さんが2度目のおしぼりを持ってくるまで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る