第46話 夏休み、青八木家8

「いや、全然思い出す要素ないだろ」


梅雨に言われて回想してみたが、ゲームもしてなかったし関連するところも特にない。そもそも礼節について説いていた記憶はあるが、何を言ったかほとんど覚えていない。


「そうですか? 今みたいにいろいろ教えてくれてたんですが」

「礼節についてだろ?」

「そうですそうです! 雪矢さんから『相手の名前を聞く前にまず名乗れ』って言われて、そこから世界のマナーについてお話いただきました」


振り返るととんでもない内容である。初対面の男女がなんで膝つき合わせて世界のマナーの話をしているんだ。梅雨も梅雨で素直に僕の話を聞いてたし、雨竜の知り合いじゃなかったらどうしてたんだ。


「最初はビックリしましたよ。知らない人がリビングのソファで寛いでるんですもん」

「いや、雨竜が適当に寛いでてって言ったんだぞ? 僕は一切悪くない」

「だからってソファを仰向けで占領してたら驚くに決まってるじゃないですか」


えっ、僕そんなことしてたっけ? 早いこと退散したくて少々お行儀が悪かったかもしれないが、記憶にございません。


「しかもわたしと目が合っても体勢を変えようとしないし、家間違えたのかと思いました」

「ちょうど良かったからだろうな、ご家族の評判が悪くなればもう来なくていいと思ったし」

「でも、わたしの評価は下がらなかったですね。むしろ上がっちゃってます」

「それはお前の頭がおかしいからだ、雨竜といいどういう神経してるんだか」

「しょうがないですよ。いつ何時でもマイペースを貫く雪矢さんといてすごく楽しかったんですから」


それがおかしいって話なんだが、どうせ雨竜も梅雨も聞く耳を持たない。1年弱の付き合いだが、それくらいは分かる。人を散々マイペース扱いするが、コイツらはコイツらで融通が利かないんだよな。


「でも、ホントに良かった。勇気出して良かった。あの時『どちらさまですか?』って聞けたから、雪矢さんとのこの時間があるんですもん」


梅雨は目を閉じ、両手を胸に当ててそう言った。


そうは言うが、あの場で梅雨が僕に声を掛けてなくても、そのうちどこかでやりとりはしていたと思う。梅雨は雨竜の友人と毎回交流を図っていたようだし、僕とて例外ではあるまい。



ただ、梅雨から告白を受けるほどの好感を得られていたかは知るよしもないが。



「告白の返事、いつでも良いですからね? わたしを選んでさえくれれば」



僕の心を読み取ったかのように、意地悪な笑みを見せる梅雨。それは図らずも、今日見た中で1番良い表情をしていた。まったく、いい性格してるよこの兄弟は。


「なんだ、ライン少なくなったから気持ちが薄れてきたのかと思ったぞ」

「なんですかそれ! 雪矢さんがわたしに気を遣って返信遅くしてるって聞いたから分量減らしたのに! そんなこと言うなら大量にライン送りますからね!」

「いや、そんなことするくらいなら勉強を」

「もう知りません! 聞きません! 雪矢さんは覚悟だけしておいてください!」


しまった。少しからかうだけのつもりだったが、完全に火を付けてしまった。こうなったらこのお嬢さん、テコでも動かない。完全に自業自得である。


「おーい梅雨、バトファミの続きしないのか?」


僕の失言が大層気に障ったのか、梅雨は椅子の上で体育座りをしたままそっぽを向いている。角度によっては下着が見えそうだが、それを言うともっとお怒りになりそうだ。


「ふんだ。わたしの気持ちを疑う雪矢さんなんて嫌いです。……大好きですけど」

「どっちなんだ」


前も聞いたな、この構文。変化球のようなド直球。今度からこの構文はカットボールと呼ぶことにしよう。


「ああもう! うじうじしてる時間が勿体ない!」


唐突に声を上げると、梅雨は上目遣いで僕を睨む。


「ギュッとしてください。そしたらさっきのは忘れます」


こんなことを要求してくるとは、ホントに怒ってる、というかショックだったんだな。冗談とはいえ悪いことを言った。


とはいえみだりに異性を抱きしめるような真似はしない。僕にも僕なりの線引きがあるのだ。


「ギュッとはしない。頭なら撫でてやる」


上から発言は重々承知しているが、梅雨が好きそうで僕ができることを提案した。これがダメなら新たに何かを考えるだけだが。


梅雨は一瞬目を見開くと、長考しながらうーんと唸る。


「……それで手を打ちましょう」


自分なりに腑に落ちたのか、そう言って梅雨は僕に頭を向けてくる。


依然ムスッとするお嬢様だが、僕が優しく頭を撫でると次第に表情が和らいでいく。


「えへへ~」

「梅雨、怒ってるんだよな?」

「怒ってますよ~、それはもうキレッキレで~す」


最終的にだらしない声と共に頬を緩める梅雨。ホントにさっきまで怒ってたのか疑いたくなるような変わり身である。


「それではバトファミ特訓、再開しましょう!」

「ホント調子良いな」


さっき僕が言っても知らん顔だったくせに、しばらく頭を撫でるとご覧の通り。前世は犬だったかもしれないな、周りが驚く忠犬だったに違いない。


「うーん、なんで上手くいかないかな」


しかしながら、本人のやる気とは対照的に、梅雨の電光石火は全然うまくならない。


「梅雨、コントローラを動かすな。操作がしづらくなるだけだ」

「そうなんですけど、移動と一緒にぶれちゃって」


操作と一緒に身体が動く人間はいるが、梅雨はその典型。楽しそうにプレーしているといえば聞こえは良いが、このままでは上手にはならない。


「変な癖がついてるのかもしれないな。仕方ない」

「えっ?」


一旦梅雨本人に直させるのは諦める。これ以上やらせても失敗し続けて落ち込むだけだ。まずは成功の形を頭に植え付けよう。


僕は立ち上がると、椅子に座る梅雨の背後に回る。


そして――――コントローラを握る梅雨の手に自分の手を重ねた。


「へっ!?」


梅雨が素っ頓狂な声を漏らすが無視。僕だってやりたくてやってるわけじゃない。


「ちょちょ雪矢さん!?」

「テレビ見ろ。僕が操作してやるからタイミングを身体に染みこませろ」

「無理です無理です! 全然集中できません!」


梅雨は顔を真っ赤にして涙目になっていた。


「なんでギュッとはできなくてこれはできるんですか!? 顔も身体もすごく近いのに!」

「椅子隔ててるだろ、これくらい問題ない」

「どういう基準ですか!?」

「あーうっさい。上手くなる気ないなら止めるぞ?」


こちとら梅雨の失敗癖を矯正してやろうと取り組んでるのに、本人にやる気がないなら止めてもいい。今まで通り楽しく対戦するだけだ。


「ちょっと、ちょっと待ってください!」


そう言って、分かりやすく深呼吸を挟む梅雨。先程まで集中できないと騒いでいたが、自分なりになんとか落ち着こうとしている。良い心掛けだ。


「だ、大丈夫、です」

「よし」


ほんのり頬はまだ赤いが、本人が大丈夫というなら信じるだけである。


「悪いが少し我慢しろ。ここで電光石火のタイミングを覚えさえすれば、復帰がかなり楽になるんだから」

「別に嫌なわけじゃなくて、このままゲームするのが大変なだけで……」

「おい梅雨、聞いてるのか?」

「聞いてます! 聞いてるのでそんなに顔を寄せないでください! また瞑想が必要になります!」

「またってなんだ……」


それから約3分程度、梅雨が電光石火のタイミングを覚えるまで僕が操作をしてやった。「すぐ忘れちゃうかもしれない……」と言っていたので、そうさせないためにもひたすら電光石火を反復させる。僕の指導の甲斐もあって、ほぼほぼ失敗しないようになっていた。僕がプレッシャーをかけてもうまく逃げることができている。短時間でここまでできたんだから、荒療治も悪くないな。


「しかし遅いな」

「ですねー」


作戦会議といって出て行ってから30分以上経つが、氷雨さんも雨竜も帰ってこない。そう簡単に僕に勝つ作戦なんて出ないだろうが、だとしても時間が掛かりすぎな気がする。


そんなことを考えると、僕のスマホが震えた。しかも宛先は雨竜、何かトラブルでもあったのかと思ったが、メッセージはなく添付が1つだけ。


「……」


それは、後方から僕と梅雨を撮った写真だった。僕が梅雨に電光石火のタイミングを教えてるときで、この写真だと僕は梅雨を抱きしめているように見える。


撮られたであろう場所に目を向けると、窓の外にどこかへ逃げる2つの影が見えた。



……そうかいそうかい。随分長い作戦会議だと思ったら、こういうことですかい。



「なあ梅雨、ケイドロって好きか?」

「ケイドロですか? 好きですよ、あんまりやったことないですけど」

「そうか、なら今からやるぞ」

「えっ?」


梅雨は不思議そうに声を漏らす。


「2人だとケイドロというより鬼ごっこですが」

「いや、僕も梅雨もどっちも警察だ」

「それだと泥棒がいないですよ?」

「それがいるんだよ、未だに帰ってこない泥棒たちが」

「……あっ、そういうことですね」


僕の言い回しで察したのか、梅雨が嬉しそうに笑う。今から姉と兄を捕まえに行くことを楽しみにしているが、勿論僕の心情はそうではない。


こんなふざけた写真を送ってきた人間たちを許してたまるか!


「捕まえに行くぞおおおお!! 僕らに害をなす写真泥棒たちをなああああああ!!」

「おお!!」


憎悪に溢れる僕とは違い、笑顔で腕を振り上げる梅雨。もう梅雨の勉強なんて知るか、まずは奴らを捕まえて謝罪をさせるところからだ!



それから約30分間、僕と梅雨は暑い中、完璧人間2人を捕まえるのに四苦八苦するのであった。

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