第42話 夏休み、青八木家4

「お待たせしました!」


精神不安定の2人は放っておいて鳥谷さんと話していると、1度着替えにその場を離れた梅雨が戻ってきた。


「あれ? 着替えてたんじゃないのか?」


だが、梅雨の服装は変わっていなかった。純白のワンピースに身を包んだままである。


「え、えっとですね」


梅雨はじんわりと頬を染めて視線を逸らす。そんなに難しい質問をしたつもりじゃないんだが、その場に良い服がなかったならそれで構わないし。


僕が疑問に思っていると、状況を察したらしい氷雨さんが言った。


「ユキ君、梅雨の着替えならちゃんと済んでるわよ?」

「えっ、いやだって」

「だってこの子、さっきまでノーブラだったんだから」


氷雨さんの言葉で、梅雨の顔色にますます赤みが増した。


「お姉ちゃん! どうしてそういうこと言うの!?」

「だって梅雨の恥ずかしがる顔見たかったんだもの、後は自業自得ね」

「うう……」


梅雨の反応を見るに、氷雨さんの指摘は正しかったらしい。


しかしそんなに違うものだろうか。さっきは遠目だったせいでほとんど違いが分からん、いちいち気にするようなことでもない気がするが。


「……雪矢さん、見過ぎです」


梅雨が胸元を隠しながら少し涙目で僕を睨んでくる。残念ながら、まったく怖さを感じないが。


「そりゃ話の流れ的に見るだろ、ねえ氷雨さん?」

「なんで私に振るのか一晩問い詰めたいけど、まあ見るわね」

「姉さんが雪矢についちゃダメだろ……」


雨竜が呆れたように大きな溜息をつく。コイツ、妹の前だからって聖人ぶりやがって。お前だってこういう状況なら視線を胸元に……移さないかもしれないな。ED疑惑にロリコン疑惑と忙しい奴だし。


「梅雨、楽なのかもしれないが直した方がいいぞ。ただでさえお前は隙があるんだし」

「今日はしょうがないもん、まさか雪矢さんが来てくれると思わなかったし」

「いや、俺も気にしてくれ。兄とはいえ男だぞ俺は」

「えー、今更お兄ちゃんに気を遣う必要ある? どうせ気にしないでしょ?」

「だからそういう問題じゃなくてだな」


兄の説教にまったく聞く耳を持たない妹。雨竜の話を聞く限り、梅雨は普段かなりラフな格好をしているようだ。梅雨を好いてる人間からすると、雨竜はうらやまけしからん生活をしていることになる。コイツもしかして、ラブコメの主人公なんじゃないだろうか。女子に興味なさ過ぎ設定が災いして即打ち切りにされてしまいそうだが。


「ちなみに梅雨、僕はどっちでもいいぞ。むしろしない方がポイント高いな」

「私もどっちでもいいわね。勿論しない方がポイントは高いわよ」

「お兄ちゃん、少数派だね」

変態コイツらをマジョリティだと思わないでくれ……」


雨竜が額に手の平を置きながら首を左右に振る。まるで僕が変な奴みたいな言いぐさだな、氷雨さんはともかく僕はまともだろ。正常な男の思考回路だぞ。


「ちょっと雨竜、まるで私が変な奴みたいな言いぐさじゃない。ユキ君はともかく私はまともでしょ、正常な姉の思考回路よ」

「はい、それでいいです」


おい雨竜、諦めるな。ツッコミどころしかない反論だったぞ、いつものお前なら余裕で言い返せてるよな。どうして全てを悟ったような穏やかな顔をしてるわけ?


「もう! みんな好き放題言ってるけど、他人様が居る時はしっかりするから! ……雪矢さんにはしたない子だと思われたくないし」


結論、今までとは何も変わらないということだろう。今日みたいに僕が来れば身だしなみを整えるし、誰も来なければマイペースに自堕落する。良いんじゃないか、他人を刺激するような格好はしないんだから。雨竜は辛抱しろ。


「あらあら、梅雨ったらホントに純情なんだから~」


最後の言葉が氷雨さんのツボだったのか、嬉しそうに梅雨の頭を撫でる。対する梅雨は表情を隠すように氷雨さんに抱きつく。こうしてみると氷雨さんってちゃんと姉をしてるんだよな、正常な姉の思考回路をしてるとは思えないが。


しかしながら、梅雨はどうでもいいことを気にしてるんだな。女子がはしたないかどうかなんて僕にとって大きな問題じゃないし。まあそれを気にしてる姿は可愛げがあっていいと思うが。


「ちょ、お姉ちゃん、苦しい……!」

「おっと、愛情が深すぎたかしら」


強く抱き返しでもしていたのか、梅雨が氷雨さんの胸で窒息しかけていた。死因がおっぱいって幸せだけど、ものすごく情けないな。メディアでどうやって取り上げるんだろう、非常に興味深い議題である。


姉妹の愛の抱擁を終えると、「ぐぅ~」という腹の音が鳴った。発生源は僕だった。


「お腹空いた」


今日は朝が早かったし、朝食を摂ってから水分以外何も口にしていない。お昼には少し早いが空腹を訴えても仕方あるまい。


「……ぷっ」


にも関わらず、青八木兄弟は示し合わせたかのように声を出して笑った。いやだから、今日は朝が早かったんです! あんたらも知ってるでしょうが!


「雪矢さん、ホント隠さないですよね。そういう時って照れながらごまかすものですよ」

「誤魔化したってしょうがないだろ、それでお腹が膨れるならそうするが」

「はい、雪矢さんの言うことが正しいです」

「ホントにそう思ってるか?」

「思ってますよ、それにわたしもお腹空いてますし」


からかうような口調だったので警戒したが、梅雨も僕の意見に同調したらしい。実際その通りだしな、せっかくお腹さんが合図出してくれてるんだから誤魔化すくらいなら早急に従うべきだろう。


そのままゆったり梅雨と会話を続けていると、脇から温かい視線を送ってくる2つの影。


言わずもがな氷雨さんと雨竜なのだが、その表情は仏のように穏やかだった。


「あっ、こっちは気にしなくて良いから」

「写真だけ数枚撮らせてもらうわね」


腕を組んで微笑む兄と、スマホでこちらに照準を合わせる姉。



いや、僕らお腹が空いてるって言ったよねさっき?

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