第43話 夏休み、青八木家5
その後、皆と食事室に向かった僕らを待ち受けていたのは、勉強合宿の時も振る舞っていただいた鳥谷さんの料理だった。
「今日は皆さんお見えだったので張り切りました」
笑顔で手を合わせる鳥谷さんはとても可愛らしいが、テーブルに置いてある品々は豪勢すぎて可愛げがない。よだれが出るほど美味しそうだけど、これを4人で食べられるんだろうか。
「もうトリちゃんったら! こんなに美味しそうに盛り付けてくれちゃって!」
「こっちで2週間は大変だと思ったけど、鳥谷さんの料理のおかげで頑張れてるんだよね!」
「鳥谷さん、いつもありがとうございます」
ところが、青八木兄弟に一切怯んだ様子はない。鳥谷さんにお礼を述べながら、「いただきます」と手を合わせて食事を進める。あれ、僕の考え過ぎなのだろうか。
「雨竜」
「なんだ?」
「すごく助かるんだけど、料理多くないか?」
「鳥谷さんがそんなミスするわけないだろ、気が付いたらテーブルの料理は空になってるから」
鳥谷さんへの信頼感が厚すぎる。ただ付き合いの長い雨竜が言うんだから間違いないのだろう。これらが綺麗になくなるなんて、恐るべき鳥谷クッキング。
「ところで梅雨、受験勉強は順調なの?」
食事を始めて数分後、氷雨さんが梅雨にそう切り出した。
「順調、だと思うけどね。夏休み前に受けた模試でもA判定だったし」
「へえ、すごいじゃないか」
僕は素直に感心した。僕が受験勉強を意識してA判定を取ったのは夏休み明けだったように思う。始めたのが遅かったせいで手間を食ったが、夏休みで無事挽回することができた。って僕の話はどうでもいいか。
「えへへ、雪矢さんに褒められると嬉しいです」
「お姉ちゃんが褒めると?」
「もちろん嬉しいよ?」
「どうよユキ君、そう簡単に姉妹の絆を破らせはしないわ!」
ハマグリを箸で挟みながら、気合いの入った宣誓をする氷雨さん。言ってることはカッコいいが、ポーズはとてつもなくダサかった。ちなみにハマグリの味噌汁はめちゃめちゃ美味しいです。
「雪矢さんが受験の時はどうされてたんですか?」
今の進め方で問題ないかが気になるのか、僕へ質問を投げかける梅雨。
「話しても良いが、模試でA判定取ってからはそこまで真面目に勉強してないぞ?」
「それでもいいです。参考までに合格実績者のお話を聞きたいだけですので」
それなら雨竜に訊けばと言い掛けて口を閉じる。完璧超人であるコイツのを参考にして梅雨がオーバーペースになったら笑えない。僕程度のやり方を聞いてリラックスしてもらった方が良いな。
「なら話すが、A判定を取ってからは過度な勉強はしていない。各教科の復習をしつつ、体調管理に重きを置いた。知識だけなら80%以上で合格できるんだ、ならば身体だけ壊さないよう注意を払えばいい。どんなに勉強しようが、試験当日で頭が働かなかったらアウトだからな」
「成る程」
「後は過去問で傾向と対策を練った方が良い。陽嶺高校の場合は各教科1問、解くのに時間を要する問題が出る。高校受験レベルを逸脱したような問題がな。それはとりあえず無視しろ、全問題に目を通してから戻ってくればいい。どうせその問題で点数差が開くことはない、8割以上の受験生が解けないだろうしな」
僕が受けた時もレベルの違う問題が出ていたが、出ると分かっているから焦ることはない。他の得点を取れるところを漏らさないことが重要なのだから。少なからず教師陣もそういう意図は持っているだろう。
「まあこんな感じだ。参考になるか知らんが」
「いえ! すっごくタメになりました! そうですよね、勉強を頑張りすぎるより体調管理を徹底する方が大切ですよね?」
「僕個人としてはな。試験は1日で行われるし、気を抜いたら全てが終わると思え」
「はい!」
少々脅すような言い回しになったが、梅雨は前向きに捉えてくれたらしい。現段階でここまで優秀なのだ、しっかり休みを取って勉強すれば何も問題はないだろう。
くく、こうして世の為人の為に高説を垂れるのも悪くない。ただでさえ美味しい食事がさらに輝きを増すというものだ。
「勉強の話ってつまらないわね」
あなたから振ってますけどね。
―*―
「さーて、今日は勉強頑張ってる梅雨にプレゼントがあるわよ」
「えっ、ホント!?」
それから昼食を終えると、事前に準備していた梅雨への暇つぶしグッズお披露目回となった。
……それにしても、ホントにお皿の上が綺麗になくなったな。美味しかったから消化できたのか見た目ほど量がなかったのか、いずれにせよ謎は深まるばかりである。
「まずは俺だな、これどうぞ」
「あっ、このシリーズ新刊出てたんだ! ありがとうお兄ちゃん!」
「おう、息抜きにでも読んでくれ」
先頭打者の雨竜は、何の問題もなく梅雨を喜ばせることに成功した。こういうのはサプライズだと既に買っているパターンが怖いんだけど、さらっと成功させるあたりマジ青八木雨竜。
「じゃあ次は私ね」
「えっ、僕最後?」
「当たり前でしょ、真打ちは最後に登場するものだし」
ああ、めっちゃハードル上げてきてるんだがこの人。僕はプレゼントじゃないって言った上でこの仕打ち、これで喜ばなかったら早々に退散しよう。
「お姉ちゃんありがとう! うまく時間使って見るようにするね!」
「気が向いたらでいいからね、そのためのDVDなんだから」
「うん!」
そして氷雨さんも無事梅雨の笑顔をゲットしていた。ここで僕が失敗したら逆に快挙かもしれない、プレッシャーはあるものの梅雨が悲しむ姿が想像できないからな。
「じゃあユキ君、大トリのお仕事どうぞ」
いちいち煽ってくる氷雨さんは無視して、僕は持ってきたリュックサックのチャックを開ける。そこから緩衝材に包まれたとあるものを取り出し、中身を解放していった。
「これって!」
僕の作業を見ていた梅雨が真っ先に声を上げる。氷雨さんと雨竜にはバレていたようだがしょうがない、僕はその本体だけを持って梅雨に見せた。
「僕が持ってきたのはテレビゲーム機のハードだ。あげるわけじゃないが」
そう、梅雨を楽しませることに頭がシフトしていた僕は、ゲーム機を持ってくることがベストだと思い込んでいた。2ヶ月ほど前、梅雨はあまり構ってくれなくなった姉や兄と一緒にできるゲームが楽しいと言っていた。ならば今日、それを再現してやることが1番喜ぶと思っていたのだ。
本来の趣旨から外れてしまっていることは充分に理解している。しかし許して欲しい、これを1週間以上家から持ち出すなんて母さんが黙っちゃいない。下手したら全面戦争が繰り広げられてしまう、それを避けるべく日帰りの出張という次第だ。
「とりあえず4人で遊ぼう、バトファミ持ってきたし」
「……」
「梅雨? どうかしたか?」
先程まで良いリアクションをしていた梅雨が、少し俯いたまま黙っている。
ちょっと待ってくれ、まさかのお気に召さなかった展開が来るのか? 確かにハードは1番古いが、それについては買い換える気のない母さんに文句を言って欲しい。そんな言伝なら喜んで対応させていただきますよ?
若干脳内で混乱を起こしていた僕だったが、
「……ホント、雪矢さんってわたしの懐に入るの上手なんだから」
幸せそうな笑みを浮かべる梅雨を見て、ホッと胸をなで下ろすことができた。畜生め、時間差攻撃なんて聞いてないぞ。心臓に悪いじゃないか。
「前ウチの玄関で話したこと、覚えててくれました?」
「どうだろうな」
「まあどっちでもいいですけど、雪矢さんがわたしの1番したいことを叶えてくれたことに間違いはないですし」
そう言うと梅雨は、僕が持ってきたゲーム機のコードを食事室にあるテレビに繋ぎ始める。
「食後の運動です! 早速バトファミやりましょう!」
この中で1番苦手なくせに、早くやりたくてうずうずしているといった表情。そこまで喜んでもらえているなら、この重い荷物をわざわざ持ってきた甲斐があったというものだ。
「そうね。前回はギリギリの敗北を喫してしまったけれど、再び青八木家の絆を見せる時がきたわね」
いえ、それはもう大丈夫です。
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