第41話 夏休み、青八木家3

「やっと着いたわね〜」

「お疲れ姉さん」


氷雨さんの突拍子もない話に振り回されること1時間強、僕らは勉強会で訪れた青八木家の別荘に辿り着いた。


ただ、車を停めたのは別荘の駐車場ではなく、少し離れたパーキングエリア。氷雨さんがそうしたのには理由がある。


「氷雨さん、今日来ることホントに梅雨知らないんですか?」

「そうだって言ってるでしょ、疑り深いんだから」


どうやら今日の訪問はお忍びらしい。さっき移動中に聞かされて初めて知った。まったく、僕がラインのやり取りで梅雨に言ってたらどうしてたんだ。


まあそういう僕も梅雨には何も伝えなかったわけだが。茶道部合宿でのみんなの反応が結構面白かったからな。


「そういえばユキ君、ちゃんと準備はしてるんでしょうね?」


車から降りて別荘に向けて歩いていたところで、氷雨さんから声を掛けられる。


「まあ一応、多分喜ぶと思いますが」

「そういや雪矢、日帰りの割に荷物多いな」

「梱包してたらちょっとな、思ったより大きくなっちまった」

「梱包?」

「気にするな、大したことじゃない」


ここに来る前、氷雨さんには梅雨が時間を潰して楽しめるものを持ってくるように言われていた。勉強で缶詰とはいえ、娯楽の1つもないと退屈するだろうという氷雨さんの粋な計らいだ。


そんなこと急に言われて困ってしまったが、僕なりに考えて準備したものはある。梅雨のことだから楽しんでくれると思うが、問題が1つある。


「ちなみにですけど、プレゼントである必要はないですよね?」

「ん? どういうこと?」

「いえ、今日持ってきたものは持ち帰らないといけないので」


僕の明確な失態だが、楽しんでくれることを優先しすぎて明日以降の暇つぶしの考慮をしていなかった。今日は僕らが来るから暇つぶしなんて不要なのに、力を入れるところを完全に間違えてしまっている。


「「成る程……」」


氷雨さんと雨竜が同じタイミングで呟いた。


「ユキ君が何持ってきてるか気になってたけど、そういうことね」

「雪矢らしいといえば雪矢らしいが、わざわざ持ってくるのも含めてな」


今の会話で、どうやら僕の持ってきたものがバレてしまったらしい。そんなに僕が分かりやすかったか、それともこの2人の察し力が並外れているのか。悔しいので後者ということでよろしくお願いします。


「そういう2人は何持ってきたんですか?」


僕の持ってきたものだけ察せられて2人のを教えてもらえないなんて嫌だ。梅雨の手に渡る前に聞かせてもらう。雨竜はともかく、氷雨さんがまともなものを持ってきているとは思えないが。


「俺は梅雨が好きな作者の推理小説、ちょうど新刊が出てたからな」

「私は動物のドキュメンタリーDVDをいくつか、これなら最悪勉強しながらでも見られるからね」

「うそ……」


氷雨さんがまともだと……? 車の中では散々アホなことを言っていた氷雨さんが、普通に動物のドキュメンタリーDVD?


「なに、ユキ君?」

「動物のドキュメンタリーですか?」

「ええ、何か変?」

「いや、氷雨さんのことだから動物という名の自分を映した動画を梅雨に見せる気かと思って」

「ユキ君、私を何だと思ってるのかしら?」

「いたた!!」


僕なりに核心をついたと思ったのに、氷雨さんは満面な笑みでヘッドロックを噛ましてきた。夏の薄着でいろいろ伝わりやすいというのに、この人はそういうこと気にしないよな。身体は痛いが頬は柔らかい、素敵な地獄です。


「梅雨の大事な時期よ、大好きなお姉ちゃんがいっぱい出てくる動画なんて見せたらホームシックこじらせて勉強どころじゃなくなるわ。動物に妥協した私を褒めてほしいわね」

「おい雨竜、今の言葉を要約してくれ」

「姉さんはお前の思ってるとおりの人間ってことだな」

「雨竜、あんたもヘッドロックされたい?」

「申し訳ありません」


もうやだこの人。雨竜ですら手の届かない才色兼備なのに、妹が絡むと途端に残念になる。梅雨から1回喝でも入れてもらって脳の回路を修正してもらった方がいいのではなかろうか。まあ梅雨命じゃない氷雨さんは氷雨さんじゃないけど。


「さてと、いよいよね」


氷雨さんから解放されしばらく歩くと、見覚えのある大きな建物前に辿り着いた。というかホント暑いな、ちょっと歩いただけで汗がじわじわきてるんだが。


出入り口まで来ると、僕らを待ってくれている1つの影。前回お世話になった鳥谷さんだ。


「久しぶりトリちゃん、元気そうで何よりだわ」


顔を合わせるや否や、欧米挨拶よろしく鳥谷さんを抱きしめる氷雨さん。


「氷雨さんこそ、相も変わらずお綺麗ですね」

「もうトリちゃんったら、当たり前なこと言ったって何も出ないんだからね」

「いえいえ、いつも堂々とされてる氷雨さんが見られるだけで私は満足です」

「ちょっと聞いた2人とも? あんたたちもトリちゃんみたいに私を敬ってほしいものだわ」


僕と雨竜は顔を見合わせ、何とも言えない表情になった。『尊敬はしているはずだが正面から言うのはなんか嫌だ』という顔をしていた。こういうときはだいたい雨竜と考えてることが一緒になるので間違いないだろう。


「で、トリちゃん。梅雨は中にいる?」

「はい、お部屋で勉強されていると思いますので呼びますね」


鳥谷さんに導かれるように建物の中へ入っていく。勉強合宿で使ったエントランスまでいくと、鳥谷さんが2階に向けて「梅雨さーん」と声を上げた。あまり大きな声ではないが、これで梅雨のところまで届くのだろうか。


「はいはーい」


と思ったが、少ししてドアが開く音と直接聞くのは久しぶりの声が耳に入った。足音が近付いており、僕らは自然と2階フロアに目を向ける。


「珍しいね、鳥谷さんが声を……」


そこまで言って、梅雨の言葉が止まる。


純白のワンピースに身を包んだ梅雨は、僕らの存在に気付くや否や身体を凍らせた。


「ゆ、雪矢さん!?」

「おう、来たぞ」

「お姉ちゃんたちも! なんで!?」

「……負けた、ユキ君に順番で負けた……」

「俺なんか呼ばれてもないんだけど」


サプライズは大成功したようだが、別のところでダメージを受けている長女と長男。末っ子が質問してるんだからちゃんと答えてあげようね。


「あっ!」


この状況はどうすれば落ち着くのか考えていると、急に梅雨が声を上げた。顔を赤らめながら背中をこちらに向けている。


「ちょ、ちょっと着替えてきます!!」


そう言うと、梅雨は急いで来た道を引き返していった。


なんで? 別に寝間着でもなかったしわざわざ着替える必要なんてないと思うが。


「梅雨さん、ちょっとはしたなかったですかね」


事情を察したように微笑む鳥谷さん。いや、そういう意味深なのはいいので理由を教えてもらっていいですか? 顔合わせた瞬間逃げられたみたいな感じになってるんですけど。


「梅雨……昔はお姉ちゃんお姉ちゃんってずっと私の後ろを着いてきたのに……」

「俺、帰ってもいいんじゃないか?」


おい、青八木三兄弟。自分の別荘で僕を放置するな。

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