第40話 夏休み、青八木家2

自信満々に主張する氷雨さんには悪いが、「その広告、R指定入りそうですがどこで流すんですか」とか「ネットで出すとして、性表現目的で取り込んだ顧客に嘘広告だと訴えられないですか」とかとにかくネガティブな意見を出してみる。


「……ふんだ、どうせ自動運転なんて遠い未来の話よ。私は扱わないわ」


すると案の上、氷雨さんは分かりやすく拗ねてしまった。普段大人っぽいこの人の膨れっ面はギャップもあってとても可愛いのだが、それを言うとしばらく根に持たれそうなので黙っておくことにする。


「というかこの3人だからいいですけど、梅雨の前で今の話しないでくださいよ?」

「なんで? 自動運転はロマンの塊よ?」

「そっちじゃなくて、盛りに盛ったカップルの方です」


女子高生を名乗っても通じそうな見た目だが、彼女はまだ中学三年生。エスカレートだとか本番だとか、そういう下世話な話は早いだろう。


「ユキ君さ、女子校の環境舐めすぎじゃない?」

「はい?」


しかしながら、氷雨さんから呆れたような声のトーンで返答が来る。


「女子ってのは男子より精神年齢高いの。加えて女子校だとブレーキ役である異性が居ない。人によっては相当えぐい話をしててもおかしくないわよ?」

「へえ、それは面白い。雨竜知ってた?」

「いや、少なくとも梅雨から感じたことはないけど」

「だよな」


女子校に行ってた氷雨さんが言うのだから間違っていないんだろうけど、梅雨がそういう会話に参加してるとは思えないな。でも、ベッドで一緒に寝てたときは僕の言葉に怯んでなかったし慣れているとも取れなくない。うーん、これ以上は考えるだけ無駄だ。


「ちなみにですけど、えぐい話って何ですか?」

「えっ、訊かない方がいいと思うけど」

「そうなんですか、ならいいです」

「そうよね、そこで退くなら最初から訊いてないわよね」


あっこれ、僕の話聞いてないやつだ。ニヒルに口角上げちゃって悦に浸ってるやつだ。まあ話してくれるなら聞きますけど。


「AちゃんがBちゃんの彼氏を寝取ったとか、Cちゃんの彼氏が○漏だとか」

「うわぁ……」


ホントにえぐい話だった。こういうデリケートな内容を堂々と話せる奴の気持ちが分からん。こういうの聞くと、男子の猥談って可愛いものなんだな。僕は参加したことないけど。


「ふふ、安心しなさい。梅雨は暗黒面に染まってないわ。お友達も純粋そうな子たちだし」


まあそうだろうなと思いつつホッとする僕。氷雨さんが唐突に女子校事情なんて語るから心配したじゃないか。


「って、それなら結局梅雨には話せる内容じゃないじゃないですか?」


女子校なら性にも耐性ができるみたいな話だったが、梅雨がそうじゃないなら今までのくだりは何だったんだ?


「当たり前でしょうが、梅雨は私の愛すべき天使なの。下卑た内容に関わらせようとする輩がいたら社会的に抹殺してやるわ」


このセリフの何が怖いって、氷雨さんなら冗談じゃなく本気でやってしまう危うさがあるからだ。恐るべきシスコンっぷり、雨竜との扱いの差がすごいな。


「端的に言うと、梅雨に伝える気はないってことですね」

「そうとも言うわね」


やっぱり女子校のくだりいらなかったじゃないか、氷雨さん的には時間潰しになってちょうど良かったのかもしれないけど。


「ところでユキ君や」

「何ですか?」

「あなた梅雨とどこまで進んだのかしら?」


女子校トークが終わったと思いきや、先程以上に唐突な話題を振ってくる氷雨さん。


……なんだこれ、試されてるのか? さっきのシスコン発言の後の質問だと思うと簡単に答えられないんだけど。


「ちなみに梅雨がユキ君に告白したのは知ってるから」


そして逃げ場を防ぐかのような追い打ち。生半可な返答は許さないと言わんばかり。


だがしかし、僕としても事実以外を伝えるわけにはいかない。


「いや、進展らしい進展は特に」


梅雨がどう思ってるか分からないが、僕にとってはこれが事実。氷雨さんからどんな仕打ちを受けようともふざけた返答はしない。ここはこれから真面目に考えるところなのだから。


「まったく、理解不能よ。梅雨の告白を保留にするなんて、ユキ君じゃなかったらどうなってることやら」

「雪矢じゃなかったら梅雨は告白してないって」

「あら雨竜、たまには良いこと言うじゃない」

「僕より氷雨さんはどうなんですか、雨竜より話聞かないですけど」


何だか照れ臭くなりそうな展開になりそうだったので強引に話を変える。恋愛と想像以上に結びつかない彼女だが、好意的な相手はいるのだろうか。


「それなんだけど私、自分より劣った人間と寝るつもりはないのよね」


格好良すぎる言い回しだった。誰よりも優秀故に一切妥協はしない。でもそれだと、氷雨さん一生恋愛ができなさそうだな。この人に上からものを言える人って存在しなくない?


「でもなぁ、処女のまま死ぬって言うのも人生損してる気がするのよね。異性を知るには必要な経験だと思うし、あっそうだ」


氷雨さんが名案と言わんばかりに声を上げる。


嫌な予感がすると思っていたが、案の上だった。


「ユキ君さ、1回だけ相手してくれない?」


僕と雨竜が同時に吹き出した。そして仲良く咳き込んだ。


……幻聴か、幻聴なのか。一緒にご飯食べようくらいのノリでとんでもないことを頼まれた気がするんだが。


「勿論梅雨には内緒ね、知られたら嫌われちゃうかもしれないし」

「いや、そもそも相手しないですから」

「えっ、どうして? プロポーションにはそこそこ自信あるんだけど」


いや、女性的な好みの問題ではなくてね。氷雨さんの辞書にはないかもしれないけど、倫理観って知ってる?


「というか自分より劣った人間とは寝ないんですよね?」

「ユキ君ならアリよ、梅雨の好きな人じゃなきゃ私が一生養ってあげてたと思うし」


僕と雨竜が同時に耳の穴をかっぽじった。とんでもないカミングアウトを受けたような気がしたが、幻聴ではないらしい。


「僕のこと買いかぶりな気がするんですが」

「そんなことないわ、青八木姉弟はみんなユキ君のこと好きだし。ねえ雨竜?」

「まあ間違ってはないね」

「そういえば、お母さんがユキ君に会いたがってたわ。私たち姉弟がお世話になってるからって」

「マジですか?」


梅雨の話から聞いてはいるが、青八木家の両親とは会ったことはない。会う理由もないわけだが、まさか相手から会いたいと言われるとは。


「どういう人なんですか?」

「そうね、大抵のことはあらあらまあまあで片付けちゃうかしら」

「へえ……」


梅雨から聞いていたイメージと違っていた。もっと心配性な方なのかと思っていたが、普段はもっとおっとりしているらしい。まあ梅雨の件は大抵のことには収まらないか、自分の母校を辞めて転校するなんて話だからな。


「というわけでユキ君、母親もろとも青八木家をよろしくね?」


笑顔を浮かべている氷雨さんに曖昧な表情しかできない僕。



何だろう、少しずつ外堀を埋められている気がするのだが気のせいだろうか。

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