第39話 夏休み、青八木家1

「栄光に向かって走る~、あの列車に乗っていこう~」

「自動車ですけどね」

「あっ? 何か言った?」

「宝塚も形なしの綺麗な歌声だなと」

「うんうん、ユキ君は分かってるわね」


8月の2週目、大学生や社会人が実家に帰るお盆休み。夏の暑さがピークになりつつある青空の下。


僕は現在、少しばかり混雑している高速道路にいた。


青八木家の長女である氷雨さんが運転する車の中で、雨竜も含む3人と。


「しかし混んでますね、この時期なので仕方ないですが」


後部座席から声を掛けると、氷雨さんは退屈そうに両手を重ねて伸ばす。停止中とはいえ、ハンドルから手を離さないでもらえます?


「まったく、これが分かってたから早く出たってのに。雨竜、助手席座ってるんだから私のヘルプなさい」

「ヘルプ?」

「面白い話して」

「ええ……」


相変わらずの力関係に苦笑してしまうが、これが氷雨さんの通常営業なのだからどうしようもない。


話を始める雨竜に同情しながら、外の景色に目を向ける。



どうして僕がこの2人と一緒に車に乗っているかというと、数日前に氷雨さんから連絡が来たからである。



『梅雨に会いに行くわよ』



実にシンプルな文で、一瞬何のことだか分からなかった。唐突だったこともあり、8月だというのに2ヶ月前にタイムスリップする気なのかとか、季節に会いに行くとはまた詩的な表現だとか、深読みに深読みを重ねてしまうほど。



だが、ほぼ同時期にやり取りしていた彼女のメッセージを思い出す。



『明日から別荘で勉強地獄です。雪矢さんもお暇なときに遊びに来てくださいね?』



彼女というのは氷雨さんと雨竜の妹である梅雨のことであり、勿論人名である。彼女からは、陽嶺高校を受ける条件として、夏休みの2週間を神奈川の別荘で勉強しなければいけなくなったと聞いている。


期末試験前に僕らもお邪魔した場所ではあるが、あそこで1人というのは勉強環境以前に寂しさが先行してしまいそうな気がする。梅雨も勉強よりはそちらを地獄と言っていた。


とはいえ人生の掛かった受験で邪魔をするわけにはいかない。僕はエールだけ送ってそれ以上のことをするつもりはなかったが、そんな折に氷雨さんから連絡をもらったのだ。


僕としては自分の考えを氷雨さんに理解してもらいたかったが、



『はっ? 私たちと会った方が成功するに決まってるじゃない』



その一言と共に一蹴されてしまう。これぞ氷雨さんと言わんばかりの発言だった。


しかしながら、冷静に考えると氷雨さんの言ってることが正しいと分かる。2週間もぶっ続けで勉強に集中できるわけないんだし、1日くらい息抜きに使っても問題はない。むしろそうしなければ息が詰まって効率が下がる恐れがある。


そこに気付くとはさすが氷雨さんだと感心していたわけなのだが、



『いや、2週間も梅雨に会えないなんて私が耐えられないだけだから』



びっくりするくらい自分本位な理由だった。僕が言うのもなんだが、とことん自由に生きている人だと思った。



というわけで青八木姉弟と共に勉強合宿を行った別荘に向かっている。幸先は良く氷雨さんも楽しげに歌っていたのだが、渋滞に捕まり徐々に機嫌が悪くなってしまった。そのイライラの矛先が雨竜に向いてしまったということである。


「って話なんだけど」

「長い。冒頭が長い。何なのその保険をうったような長文は、全然話が入ってこない。詳細はオチを言った後にテンション高めに付け加えればいいのよ、トークと物書きじゃわけが違うんだから」


そして頑張ってひねり出した雨竜のトークは思い切りダメだしされていた。そんなに悪いとは思わなかったけど、揚げ足取るかのように細かくしていく氷雨さん。ホント、口では散々言うけど雨竜に期待しなきゃここまで言わないよな。


「まあ時間潰しくらいにはなったかしら。あんたはもう少し会話を磨きなさい」

「ちなみに姉さんからの模範解答みたいなのはないの?」

「ないわ。私は存在が面白いもの」

「……そうですか」


とりつく島もない姉の返答に、雨竜は全身で疲労を示していた。下手したら球技大会の決勝戦を終えた後より疲れてるんじゃないだろうか。


「しかし進まないわね。スターさえあれば前の車吹っ飛ばして進めるのに」

「物騒なこと言わないでください」

「ああ~~、梅雨に会いたい~梅雨に会いたい~」


美しい表情をしかめながら呪文のように呟く氷雨さん。それと同時に雨竜から視線が飛んでくる、どうやら自分に飛び火する前に話題をぶっ込めということらしい。この光景を学校の奴らに見せたらさぞ腰を抜かすことだろうな。


「そういえば氷雨さん、免許持ってたんですね」


さすがに雨竜が不憫なので、僕なりの助け船を出すことにする。出発時にさらっと運転を開始したが、ずっと聞いてみたかったことだった。


「はあ、ユキ君ともあろう人間が愚かなことを」


僕の質問が面白くなかったのか、氷雨さんは悲しそうに首を左右に振る。


「いいユキ君、面白いものや売れるものが駅前に散らばってるとは限らないのよ? 優秀な企業や優秀な施設は郊外にだってある。数少ないビジネスチャンスを掴むなら足を使ってナンボ、そのために車の免許なんて必須。ビジネスマンなら当然ね」


いや、そもそもあなた大学生なんですけど。思考が完全に新人を教育する人事部みたいになってるんですけど。


「とはいえ運転ってけっこう神経使うのよね、基本は両手塞がるし、よそ見なんてしようものなら事故っちゃうし」


少しずつ車を進ませながら、氷雨さんが運転の苦労を語る。確かに、一瞬の油断が死に直結する乗り物だからな。それがここまで一般的になってるのって今思うと凄いことだ。


「でも今って自動運転化が進んでますよね、個人的には危なっかしくてまだ信用には至らないですけど」

「そうそう。仮に無事故を実現できたとしても人って簡単に安心できないと思う。だからね、安心以外の観点から攻めるしかないと思うわけよ」

「はあ」


運転の技術革新の話へ進むのかと思ったら、氷雨さんは技術が進んだ後の広報について話をしたいらしい。それも面白そうなので僕は構わないのだが。


「やっぱり人を引きつけるのは予期しないインパクトなわけ」

「それには同意です。ありきたりな広告なんて誰も意識しないですからね」

「それで考えたんだけど、盛りに盛った付き合いたてのカップルに焦点を当てるっていうのはどう?」

「はい?」


予期しないインパクトの話はしていたが、本当に予期していない言葉が出てきて混乱する。脳内ピンクのカップルにピントを当てて、どう自動運転の魅力を語るというのか。



「彼女の方が運転してるんだけど、興奮を抑えきれない彼氏が彼女にちょっかいをかけるわけ。それがだんだんエスカレートして本番までいっちゃうんだけど自動運転だから問題ありません的な。どう!? 面白くない!?」



フロントミラー越しに輝く氷雨さんの瞳を見て僕は確信する。こういうふざけた人が経済を回していくんだろうなと。

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