第38話 夏休み、ライバル8
「今日はありがとうございました!」
2人との雨竜対策を終え少し雑談した後、お店を出たと同時に蘭童殿が頭を下げる。
「まだ明るいですがこれからどこかには」
「悪いが行くなら2人で行ってくれ、僕はもう疲れた」
「ですよね~」
お店に居たのは1時間程度だが、まさかここまで疲労するとは思わなかった。原宿の時もそうだが人が多いというだけで精神的に参ってくる、彼女たちと一緒だと視線も集まってる気がするしな。
「わざわざすみません、これだけのために新宿まで来ていただいて」
「気にするな、僕もフラップを知られて大満足だ」
世の中には僕の知らない美味しいものがたくさんある。それが堪能できただけでも良しとしよう、帰ったら父さんにも教えなきゃな。
「ねえ」
蘭童殿と話し込んでいると、先程から口数が少なかった真宵が割って入ってきた。
「どうした?」
「今日はあたしたちの話を訊いてもらったけど、あんたはどうなのよ?」
「僕? 僕から話すことはないぞ? 強いて言うなら別のフラップを奢ってくれ」
「堂々とたかってんじゃないわよ。そうじゃなくて」
真宵は大きく溜息をついてから僕を見る。
「青八木の妹ちゃんのことよ、あんた告られてるんでしょ?」
「あー……」
何かと思えば、僕の恋愛に関する話だった。
「その様子じゃ付き合ってイチャイチャしてるってわけじゃなさそうね」
「まあそうだな」
「理由でもあるわけ? あんな可愛くて従順そうな子、そうはいないと思うけど」
真宵の表情は、からかって楽しみたいというものではなかった。向こうから話を振った割に、話を聞いてあげようというスタンスに見えた。
ガラにもないことしやがって、そんなことされたら僕がからかいたくなるじゃないか。
「なんだ、相談に乗った礼に相談にでも乗ってくれるのか?」
「なっ!? こっちは真面目に聞いてあげようと思ってたのに……!」
ニヤニヤしながら聞き返すと、真宵は照れ臭そうに悪態をつく。ホント、慣れないことするくらいならからかってやるぐらいな気持ちで質問すれば良いのに。
「そうは言っても話すこともない、特に進展もないし」
「生意気ね、廣瀬のくせに。妹ちゃんじゃご不満ってこと?」
「そんなわけあるか。僕には勿体なさ過ぎる相手だっての」
僕は父さんの遺伝子を引き継ぐナイスガイだが、半分は残念すぎる母親の血を引いている。人間として比較するなら梅雨の方が優れていると思われる。そもそも僕は後天的にもいろいろやらかしてるからな。
「そんなことないです! 廣瀬先輩だって素敵です! 梅雨ちゃんに負けてないですよ!」
僕の言葉をネガティブに受け取ったのか、蘭童殿がすかさずフォローに入ってくれた。ちょっと前まで敵対視していたとは思えないくらい仲良くなったものだ。
「そりゃ梅雨ちゃんは凄いですけど、中学生とは思えないくらい色気あるし、胸だって……」
「いや蘭童殿、女子の魅力は色気だけじゃないから。武器はいくらでもあるから」
そして次の瞬間、何故か僕がフォローに回ることになる。胸なんて大きくたって行動の邪魔になるだけだと思うのだが、それをこの場で主張するのが間違っていることくらい僕でも分かる。火に油を注いだところで何も解決はしないのだ。
ただ、こういったコンプレックスを嘆くさまは、庇護欲を掻き立てられて好感が増す場合もある。蘭童殿には悪いが、ときには変化球で雨竜をドキッとさせてほしいところだ。
「ちょっと、今ちびっ子の話はどうでも良いのよ」
話が逸れたせいで、真宵の語調が荒くなる。僕からすれば僕の話が1番どうでも良いのだが。
「不満もない相手になあなあのままって、最悪なんじゃないの?」
「分かってるよ、言われなくとも」
僕としても、例え相手が待ってくれると言おうとも、時間を浪費するつもりはない。相手に失礼だし、断るとするなら僕に掛けてくれた時間が無駄になるわけなのだから。
だが、そうはいっても慎重にはなる。友だちになるのとは違う。僕にとって恋人とは一生添い遂げる相手だ、生半可な気持ちで選ぶつもりはない。選んだなら、死ぬまで相手を幸せにする覚悟で生きていく。ここを妥協するくらいなら、恋人なんて生涯作らなくてもいい。
「……そ。分かってるなら別に良いけど」
手厳しい言葉を投げてきた真宵だったが、しばらく睨み合うと興味が失せたように目線を逸らした。
「……あっさり引いたな」
「あんたの顔見てたら真剣なのは分かるからね、これ以上あたしから言うのは野暮ってものでしょ?」
「そりゃどうも」
真宵らしくない気遣いに思わず口元が緩んでしまう。蘭童殿にちょっかいをかけていた彼女と同一人物なのか疑わしくなってきた。まああのいじめっ子は僕が完膚なきまで潰してやったから2度と出てこないとは思うが。
「まあ名取先輩が気にするのも分かりますけどね」
僕の相談に乗るつもりの割にはすぐに話を打ち切った真宵。意図を測りかねていると、蘭童殿が意味深な言葉を放った。
「どういうことだ?」
「ほら、廣瀬先輩と梅雨ちゃんがお付き合いしてそのままゴールインしたら青八木家が親族になりますよね? そしたら廣瀬先輩、私とも家族になる可能性があるんですよ?」
「……成る程」
遠い未来の話だった。蘭童殿の言うように僕と梅雨が結ばれれば雨竜は家族になり、雨竜と結ばれた相手とも家族になる。間接的に蘭童殿や真宵と家族になる場合もあるということか、それは仮定だとしても面白いな。
「ちょっと、何あんたが青八木と結ばれる前提で話してるのよ」
僕との会話が聞き捨てならなかったのか、すかさず真宵が対抗心を燃やす。
「当然じゃないですか、今女子の中で1番仲が良いのは私ですし」
しかしながら、蘭童殿も当然退かない。凶悪な真宵の睨みに対し嬉々として目を向ける。
「そんなわけないでしょ、年下のちびっ子にどうして靡くのよ」
「それを言ったら1年以上一緒で靡いてないのはどうしてなんでしょうね」
2人の周りからどす黒いオーラが噴出しているように見える。通行人があからさまに避けているのを見て他人の振りをしたくなった。どうして此奴らはすぐにキャットファイトを始めるのか。ラップバトルとかやらせたらけっこう活躍できるんじゃなかろうか。
後、コイツら2人で争ってる気になってるが、雨竜を狙うライバルなんていくらでもいるし、これからだって増える。出雲や美晴だっているわけだし、視野が狭いと思いがけないところで足元掬われるぞ。
「もういいです! そこまで言うならどっちが上か白黒つけましょう!」
「望むところよ! まずはゲーセンに向かうわよ!」
僕の思考中に、どうやら話はまとまったらしい。これから戦場に向かわんとする2人の表情は凜々しく輝いていた。
「廣瀬先輩! 改めてありがとうございました! 今日の相談を活かして、まずは名取先輩を倒してきます!」
気持ちのこもった宣言だが、僕は彼女に真宵の倒し方を教えたつもりはない。
「じゃあね廣瀬! あたしはこのちびっ子に社会の恐ろしさを教えてあげるわ!」
真宵に至っては今日の内容にまったく触れてこない。というかお前も社会の恐ろしさ知らないからな、せめて就職してからそのセリフを言ってもらえないだろうか。
「はあ」
嵐のように相談の連絡がきたと思ったら、嵐のように解散する蘭童殿と真宵。
火花を散らしながら歩く2人の姿を見て、彼女たちの関係をただのライバルという言葉で片付けるのは勿体ないような不思議な感覚に陥るのであった。
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