第37話 夏休み、ライバル7
「私は頑張りました。事前に行く水族館の生き物を調べ、知識を深めたんです。それを披露することで、青八木先輩から感心される作戦でした」
蘭童殿の話を聞き、この後の展開を完璧に予想できてしまう僕。やらかしポイントは言うまでもなく1点、雨竜と知識で争うとしたことに他ならない。
「ですが誤算でした。1週間一生懸命勉強した私より青八木先輩の方が詳しかったんです」
「やっぱりか……」
案の上、蘭童殿は雨竜のマニアック知識の前に膝をついていた。分かるぞ蘭童殿、僕もアイツとは2度とアリの話をしたくない。
「おかしくないですか!? 私なんて水族館にいるクラゲを調べるのに手一杯だったのに他の水族館にいるクラゲの話まで完璧にこなすんですよ!?」
「相変わらずだなアイツは。気を落としちゃダメだぞ蘭童殿、雨竜の頭がおかしいだけだ。僕とてクラゲの魅力にとりつかれているわけだが、全種類の10分の1程度しか知らないしな」
「あの、それでも300種類くらいいると思うんですが……」
おかしい。蘭童殿を慰めているはずがドン引きされているような気がする。いや、だってクラゲだよ? あんなプリティなお姿にハマったら最後、どんな種類がいるか気になるでしょ?
「それで作戦は失敗に終わったんですがこのままではいけないと思いまして」
「おお」
さすがは蘭童殿。事前に準備したものを看破されるとあたふたしがちだが、見事次策に切り替えたらしい。
「とりあえず全力で楽しむことにしました。元々好きで水族館を選んでますし、青八木先輩の腕にくっつきながら見て回ってたんです」
「……やるわねあんた」
蘭童殿の話を聞いて、真宵が少しばかり頬を引きつらせる。うむ、真宵の言うとおり蘭童殿は頑張り屋さんだ。少なくとも筋肉に負けて記憶喪失した女よりは。
「でも、悲劇はここから起きたんです……!」
しかしながら、急に蘭童殿の声のトーンが下がる。額に手を当てながら、彼女は続けた。
「カワウソ2匹が楽しそうにじゃれ合ってて、飼育員さんが『2人は兄妹でずっと仲良しなんですよ』って言った後」
「言った後?」
「…………『まるでお2人みたいですね』と言われてしまいまして」
成る程。楽しくデートしていたつもりが、飼育員に兄妹だと間違われてしまったのか。飼育員も悪気はないのだろうが、蘭童殿には大ダメージを与えてしまったようだ。
「そりゃ私はちんちくりんだし、色気もないですけど、兄妹扱いされるほどですか!? というか兄妹だったら腕組まないですよね!?」
「それは分からん、青八木家なら尚更」
何せ雨竜の妹はお兄ちゃん大好き梅雨だ。嬉々として雨竜に引っ付いていてもおかしくはない、雨竜がどう思っているかは別として。
「まあそれは100歩譲っていいです! 悲しかったのは青八木先輩が兄妹扱いで何も言ってくれなかったことです! 飼育員さんとカワウソの生態について語っていました……!」
もはやなんて言葉をかけてあげればいいか分からない。「ああ私はカワウソに負けた女……」と弱々しい声で呟きながらダウンしてしまっている。
ただ兄妹の誤解を解くことに意味を感じなかっただけだと思うが、蘭童殿はそれがショックだったらしい。
「そんな感じです。デートは楽しかったですが、課題が浮き彫りになる感じでした」
「うーむ」
蘭童殿の話を聞き終え、再度頭の中を整理する。
総括するなら、2人ともそこまで悪いと思えない、といったところか。雨竜と付き合うことを目標にするからちょっとしたことに落胆してしまうが、2人ともデート自体はしっかり楽しめているし、雨竜だって楽しかったと言っている。
それに自分の戦い方をしっかり理解し挑めているのも評価ができる。真宵はそのせいで自爆していたところもあるが、相手が雨竜でなければもう少し巧く立ち回れていたと思う。
「で、どうなのよ。あたしたちの話を聞いて」
「改善出来そうなところってあります?」
「そうだな」
正直、言うべきか悩むところ。2人の魅力を削ぎかねないが、雨竜と戦う以上は更なる高みへ登ってもらうべきだろう。
「2人とも、あまりにも自分らしいんだよな」
「はっ?」
僕の発言に真宵は棘のある反応を示す。蘭童殿は意味が分からず首を傾げているようだった。
「当たり前でしょ、自分を貫いてこそ魅力が光るんだから」
「僕もそう思ってるんだが、それだけじゃ通用しない気がしてな」
「どういう意味よ?」
「その前に蘭童殿、さっきの話を聞く限り雨竜と腕を組みながら歩いてたんだよな?」
「はい、後半はそんな感じで」
「腕を組んだとき、雨竜はどんな反応だった?」
「えーっと、驚きつつもしょうがないなって感じでした。嫌がってはなかったと思いますが」
「うむ、大体予想通りだ」
僕は1度フラップに口を付けてから、彼女たちを見やる。
「ようは意外性がないってことだ。お前らは自分の魅せ方を理解していてその通りに動く。それは大事なことなんだが、雨竜からすれば予想通りなんだよ」
「予想通りだと何がマズいんですか?」
「簡単に言うなら対策される。分かってるから余裕を持てるし、分かっているから崩されない。実際、真宵の水着姿を見ても平静そのものだったんだろ?」
「それは、そうだけど」
「まあアイツが不能な可能性もあるがいつものアイツが崩れないんじゃ踏み込めない。楽しいだけでデートは終わる」
はっきり断言すると、2人の表情が険しくなる。自分らしさが通じていないかもしれないと言われているのだ、穏やかではいられないだろう。
「じゃあ何、あたしらしくするなって言いたいわけ?」
「まさか。今のお前が1番カッコいいし綺麗だ」
「と、当然だけど唐突ね」
「勿論蘭童殿も今が1番可愛い、自信を持っていい」
「は、はい……」
僕は2人の自信を打ち砕きたいわけじゃない。僕にできるアドバイスをしに来たのだ。
「となれば当然、自分らしく意表を突くことを考えるべきだ」
「「意表?」」
「ああ。真宵だったらデート場をプールにするのはいい。ただ、水着の種類を代えて見るとか。堂々としてるお前がオフショルやパレオを身につけてると不意を突かれるだろう」
「ねえ、それって結局あたしらしさなくなってない?」
「なんでだ? 名取真宵の魅せ方を少し変えるだけだ、格好良くて綺麗なお前を見せられるならいいだろ。勿論お前が嫌なら意味はないが」
「……成る程」
「蘭童殿もだ。水族館の生き物の知識を披露するってアイデアは悪くないが、雨竜も入れる土俵で戦っちゃダメだ。自分の飼ってる動物や別の水族館で見た生き物の話をしよう。一般的な知識より蘭童殿しか知らないことの方が雨竜は食いつくと思う」
「……そうですね」
「大切なのは自分の土俵に雨竜を引きずり込むこと。女子ならでは、高校1年生ならでは、我が家ならでは、何でもいい。そこから自分を出しつつ意外性を見せつければ雨竜だって大人ぶった対応はできないだろ」
伝えたいことを伝え軽く息を吐くと、2人がぼんやり僕を見ていることに気付いた。
「どうした?」
「いや、何というか」
「頼りになるなあって思いました!」
言いにくそうにしている真宵の代わりに、蘭童殿が晴れやかな笑顔でそう言った。
「えへへ、やっぱり廣瀬先輩に相談して良かったです」
「いや、まだ僕の考え方が正しいと決まったわけじゃないぞ?」
「それはそうですけど、今大切なのは私と名取先輩を元気にすることですから。少なくとも私は、廣瀬先輩のアドバイスのおかげで立ち直れました!」
「……そうか」
そう言ってもらえるならここまで来た甲斐があったというものだ。僕の助言で恋愛成就できた女子は居ないし、上からものを言える立場ではないのだが。
「……そうね、あの頃よりもすっと言葉は入ってきたわね」
「そいつはよかった」
あの頃というのは真宵が初めて僕に声を掛けてきた時のことだろう。結局彼女は僕の言葉など耳を貸さずに動いたが、あの頃よりは力になれているらしい。
「もう何ですかそれ。素直にお礼を言えないんですか?」
「お礼って何よ、こっちは対価払ってるんだから言う必要ないでしょ」
「それじゃあコンビニのお会計と変わらないですよ。親しき仲にも礼儀ありなんですから」
「ああもううっさいわね」
お礼を言えない問題で言い合っている真宵と蘭童殿。真宵が言っているようにフラップをもらっているしわざわざお礼を言ってもらう必要はないが、蘭童殿は納得いってないようだ。
「じゃあこれならいいでしょ!」
そう言うと、真宵は乱暴にスマホの操作をし始めた。しばらくすると僕のスマホが振動する。真宵から画像が送られてきたらしい。
「追加の品よ、好きに使えば?」
「お前な……」
ラインに貼られていたのは、先程見た真宵の水着姿だった。あの、使うって何なんですかね、小さなお子様にも分かるように教えていただけないですかね。
「えっ、何かもらったんですか?」
いけない蘭童殿。これ以上の深入りは危険だ、痛い目を見る。主に僕が。
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