第36話 夏休み、ライバル6

「身体ってなんだ、雨竜のか?」

「当たり前でしょ、それ以外誰が居るっていうのよ」


未だ照れ臭そうに頬を染める真宵を見て、僕の頭は混乱する。


プールに行ったわけだから当然雨竜も水着姿であり上半身は裸。確かにあいつは一切無駄のない筋肉を持つ細マッチョ代表ではあるが、そこに興奮する女子がいると思わなかった。


いや、男子が女子のスタイルに興奮するのと似たようなものなのか、それにしては蘭童殿の反応が淡泊だし正解が分からないな。今分かる事実は、真宵が雨竜の肉体に興奮していたということである。


「お前、筋肉が好きなのか?」

「そんなつもりはなかったんだけど、間近で見た瞬間に圧倒されたのよ。何て言うの、男の完成形を見せられたというか」

「大袈裟、ということはないか」


容姿はさることながら、運動神経に優れ、頭の回転も尋常じゃなく早い。真宵の大仰な表現も間違っていない、少なくとも陽嶺高校に通う生徒でこれを否定する人間はいないだろう。


「そのせいでかなり動揺させられてたって言うのに、合流したらしたで最初にあいつは何言ったと思う!?」

「知らん」

「知らんじゃない、ちゃんと考えなさい!」

「ええ……」


よく分からないがめちゃくちゃ怒られる僕。いつの間にかクイズが開催されているが、こんなの考えるまでもない。雨竜のことだから普通に褒めて終わるだけだろ。


「『水着姿、似合ってるね』とか?」

「そんなありきたりな内容答えにするわけないでしょ、馬鹿なのあんた?」


はええええいいいい!!? わざわざクイズに付き合っている僕に対して馬鹿!? 馬鹿と曰ったかこの女!? こちとらちょっと雨竜のマネなんかしつつ言ってみたというのに、我が恥じらいを返しやがれ。


「しょうがないわね。あたしが完璧に真似してあげるから見てなさい」


そう言うと、真宵はコホンと喉を鳴らし、表情を改め僕を見た。



『うん、思った通り。名取さんには黒が映えるね』



「……」

「どう!? こんなこと笑顔で言われたら堪らなくない!? 青八木雨竜の笑顔でよ!?」

「はあ」


真宵は興奮冷めやらぬといった感じで鼻息を荒くする。


……思ったより普通なこと言ってるんだが、ただ似合うって言われるよりインパクトがあるんだろうか。


しかしながら、今回ばかりは蘭童殿も羨ましそうに話を聞いていた。自分を把握してくれてる感じが好印象ってことか、そういうことなら理解はできるが。


「ただそのせいでプールどころじゃなくて、せっかくのデートで全然アプローチできなかったのよね。楽しかったは楽しかったんだけどさ」


気持ちよさそうに話していた真宵だが、最後には机に突っ伏しながら後悔の念を口にする。


真宵からすれば自分のフィールドに引き込んだつもりがあっさり雨竜に占領されてしまったといった形だろう。勉強会の時と似たような敗北である。



「で、何がいけなかったのかしら?」



そして唐突な無茶振り。デートの中身をまったく聞けていないのに、アドバイスだけを求められた。1番いけないとするなら間違いなくコイツの態度だ。


「いや、もう少しデート内容掘り下げろよ」

「それがあんまり覚えてないのよ、一緒にいろいろ回って楽しかったって感じはあるんだけど」

「……それで? 僕に何をして欲しいって?」

「改善点を教えてちょうだい」

「アホかバカちん」


我慢を解き放った僕は、真っ直ぐ真宵の頭にチョップを振り落とした。けっこういいのが入った。


「いった! 急に何するのよ!?」

「うるさいわ! それが人にものを頼む態度か!?」

「はあ!? フラップ奢ったんだから頼みじゃなくて義務なんだけど!?」

「だったらもっと具体的な話しろよ! 心理テストだってもっと情報要求するぞ!?」

「バカおっしゃい! あたしの水着姿が心理テスト以下なわけないでしょ!」

「水着姿についてはごちそうさまって話をしただろう!?」

「勝手に食事してるんじゃないわよ! いただきますってちゃんと言った!?」

「いったい何の話をしてるんですか!?」


周りの人の目を集めそうな程ヒートアップしていると、蘭童殿に制止を食らった。


「止めるな蘭童殿、コイツは男子の三大欲求を完全に舐めている。いただきますなんて言ってる間にごちそうさましてるんだよ」

「人様を主食にしておいてよく上から来られるわね」

「残念だが僕にそこまでの欲求はない」

「ふん、見た目通りの軟弱思考といったところかしら」

「デートの! 話を! してるんですよね!?」

「「デート?」」


僕と真宵が聞き返すと、蘭童殿は僕らへの見せしめのように頭を抱えた。どうしたことだろう、とても辛そうである。


「……もういいです。名取先輩の話が終わりなら私が話しますね」


大きな溜息をつくと、両頬に思い切り喝を入れる蘭童殿。「よし」と小声で唱えると、彼女は真面目な顔で僕を見た。


「では、私の話、訊いてもらっていいですか?」

「ちょっと待ちなさいよ」


だがしかし、話さそうとした直前で真宵が待ったをかける。


「あたしへのアドバイスがまだ……」

「先輩は! しばらく! 黙っててください!」

「あっ、うん……」


笑顔から発せられる謎の威圧感によってあっさり後退を示した真宵。あれ、そういえば真宵の話ってどこに飛んでいったんだっけ。


まあいいや、蘭童殿の話を聞いてまとめて講評することにしよう。そっちの方がより良い助言ができるかもしれないし。


「えっとですね、私も名取先輩と同じで、1週間くらい前にお誘いしたんです。断られるかなとドキドキしたんですが、あっさりオッケーをもらっちゃいました」

「意外と断らないんだよなあいつ」


2人を友だちと認識しているからだろうか、雨竜は真宵の誘いも蘭童殿の誘いも了承している。デートの誘いなんて腐るほど受けているだろう雨竜が断らないんだ、少なくとも他の女子たちには負けてないとは思うんだがな。


「場所はどこにしたんだ?」

「実はすごく悩んだんですよね。映画見に行くとかプロバスケの試合に行くとか。遊園地も捨てがたかったんですが、待ち時間が長いと青八木先輩を退屈させそうで」


コロコロ変わる蘭童殿の表情を見ていると、いかに彼女が真剣に場所を検討していたかが伝わってくる。彼女は雨竜をも狼狽させる積極性が強みだが、それだけではダメだと分かっているのだろう。良い傾向じゃなかろうか。


「それで最終的に、水族館にお誘いすることにしたんです」

「ほうほう」


個人的には悪くない行き先に僕は前向きな相槌を打つ。夏の暑さを避けられるし、生き物に対してマニアックな一面を持つ雨竜も嫌な気はしないだろう。



……あれ、ここから何かやらかすのか?

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