第35話 夏休み、ライバル5
「勝ちました!」
「くっ……!」
僕にとっての茶番劇が終わった頃、蘭童殿は両手を挙げて喜び、真宵は自分の拳を見ながら唸っていた。
各々大袈裟なまでに感情を表現しているが、雨竜とのデート詳細を語る順番を決めていただけである。
「ほれ、今度こそ話せ」
「……しょうがないわね」
大きく溜息をついた真宵だったが、ついに観念したのか姿勢を正してから軽く喉を整えた。
「まあその、1週間くらい前に青八木に連絡して、昨日2人で出掛けてきたんだけどさ」
「どこ行ったんだ?」
「プールよ」
「プール!?」
声を上げて驚いたのは、真宵の隣に座る蘭童殿だった。
「うっさいわね、近くで大声出さないでよ」
「プププールって、あのプールですか!?」
「あのプールがどのプールか知らないけど、プールはプールでしょ」
「で、でもプールって……!」
淡々と返答する真宵に対して、頬を赤らめながら手をバタバタさせる蘭童殿。
彼女が狼狽える理由は何となく分かる。真宵と雨竜のデートは僕が知る限り初めてのはずだが、その初デートでプールを選択するとは思わなかった。いや、プールへ行くことを否定するわけじゃないが、あまり一般的ではないような気がする。僕の思考が一般的かどうかはさておいて。
「まあちんちくりんには絶対に選ぶことのできないスポットではあるかしら」
「なっ!? そんなことはないです! 断崖絶壁に立たされ己を鼓舞することができたなら、デートの10回目くらいには選択できるはずです!」
「気合い入れて言うことがそれって、同じ性別ながら悲しくなるわね」
「うう……」
憐憫の眼差しを向けられ、蘭童殿は自身の胸元を押さえながら塞ぎ込む。
成る程、蘭童殿にしては弱気だと思ったらそういう事情か。確かに真宵のプロポーションに勝てる人間なんて陽嶺高校には晴華くらいしかいないだろう。そもそも自分に自信があろうとなかろうと、好きな相手に自身のスタイルを曝け出すというのは勇気が要るのかもしれない。
しかしながら、雨竜がボンッキュッボンに惹かれるかどうかは別の話である。あいつが苦手意識を持つ姉や強く出られない妹は女性らしいプロポーションを誇っており、肩身の狭い思いをしている関係上そういうタイプを好みとしていない可能性はある。
僕だって女子の胸の大きさなんて気にしたことはない。人によっていろいろさまざま、個性があるから魅力的に映るのだ。自身の器量の中でうまく表現できる者こそが1番、そういう意味では真宵だって立派な選択をしたと思う。
そういうわけだ、女子は胸の大きさじゃないし、男子は背の高さじゃない。そう、男子は背の高さじゃないのだ。それさえ分かってもらえれば僕としては言うことありません。
「話が逸れたわね。青八木と約束して、昨日プールに行ったわけ」
「雨竜は普通にオーケーしたのか?」
「うん。プールって言っても特に驚くことなく。もうちょっと動揺してくれていいと思うんだけど」
「難しいところだな」
雨竜が動揺しない、ということはないと思う。何せ蘭童殿アプローチにしっかり困っているわけだし、突発的な行動には雨竜だって焦るはず。
とするなら、真宵に誘われる場所としてプールや海は想定していたといったところか。言われると分かっていて驚くことはないからな。僕の世界遺産クイズのときといい、相変わらず恐ろしい男だな。
「だからあたしとしては当日挽回してやるしかないと思ったわけ。デートまでの1週間、着ていく服から水着まで、それはもう必死になって考えた。青八木が当日、あたしの魅力に赤面するのを信じてさ」
そう言うと、真宵は唐突に自身のスマホを弄り始めた。数秒ほど操作すると、真宵は僕にスマホの画面を向けてきた。
「どう? なかなかだと思うんだけど」
写っていたのは、プール施設の更衣室で撮影したと思われる真宵の自撮りだった。
目元にピースをして自信満々の笑み。軽く腰を曲げて胸元を強調、真っ黒のビキニが存在感を放っていた。これ、2ーAの奴らが見たら卒倒するんじゃなかろうか。
「わ、わたしにも見せてください!」
中身が気になったのか、蘭童殿が真宵からスマホを奪って見る。
そして表情が青ざめていく。恐らく戦力の差に絶望しているんだろうが、蘭童殿の魅力は別にあるんだから気にしなくていいのに。
「で、廣瀬。どうよ?」
「天晴れだな。自分のことを熟知した完璧な1枚と言える」
「ふふん、そうでしょそうでしょ」
素直な感想を述べると、真宵は腕を組んで満足したように口角を上げる。そのせいかこちらの世界でも胸が強調されているが、彼女は無意識にこうしてるんだろうか。思春期男子どもには刺激の強い仕草である。
「で、雨竜はメロメロにできたのか?」
言ってから少しだけ後悔したが、案の定真宵の表情は先程とは180度変貌した。暗くなるのも無理はない、これは反省会なのだから。
「そのさ、あたしもけっこう自信があったのよ。だからギリギリまでタオルで隠して、青八木と合流してから大胆にオープンしようと思ってたんだけど」
「なんだ、いい反応もらえなかったのか?」
となれば結論はこれしかないだろう。勉強会の時も雨竜の反応の薄さに困っていたようだし、代わり映えしない雨竜に負け意識を感じたというのがオチに違いない。
「いや、そうじゃなくて」
予想外、まさかの僕の考えが外れてしまう。それなりに自信があったため、他の回答が思い付かない。真宵は何を以ってデート失敗だと感じたのだろうか。
「その、さ」
真宵の言葉を待っていると、絞り出すような声が漏れる。表情は珍しく紅潮しており、それを隠すように彼女は両手で頰を抑える。
乙女チックゲージを上昇させ、可愛ささえ感じさせる真宵から出た言葉は、
「青八木の身体が、凄かったのよ!」
「「……はっ?」」
僕と蘭童殿の思考を一瞬で停止させていた。
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