第34話 夏休み、ライバル4
「いやあ、余は大変満足じゃ……」
目の前に並べられた2つのプラスチック容器。片方は中身がなくなってしまったが、もう片方にはきっちり1人分のフラップが詰められている。こんなに美味しい飲み物をもう一回堪能できるなんて、神様とやらはちゃんと日頃の行いを見ているんだな。褒めてつかわすぞ。
「さて、帰るか」
「「待ちなさい(待ってください)」」
容器を持って立ち上がろうとすると、目の前に座る女子2人から待ったを掛けられた。随分と険しい顔をしているようだがどうしたのだろう、今日は僕とフラップの邂逅記念日ということで話は終わったはずなのだが。
「どうした?」
「えっ、ツッコミ待ちなの? そんな不思議そうに返されると思わなかったんだけど」
「先輩、まだ私たちの用件が済んでいないのですが」
「あっ」
フラップに気を取られここに来た理由を忘れていた。そうだった、今日は2人の相談に乗るためにここに来たんだっけ?
「そもそも、ちびっ子が来てる理由も聞いてないんだけど」
「そうですよ、どうしてライバルである名取先輩がいるんですか!?」
そして2人とも、隣に座る存在を容認できないらしい。お互いがお互いを恋のライバルとするなら、自分だけ持っている情報を相手に渡したくないのだろうが。
「ライバルねえ……」
「何よ、別におかしい話じゃないでしょ?」
彼女たちの言っていることは分からなくないが、問題は
「先に訊くが、2人ともデートして失敗したってことでいいのか?」
「「うっ」」
着席して頬杖しながら尋ねると、真宵も蘭童殿も何とも言えない声を漏らした。
「もっと言うなら、手応えもなかったってことだな?」
「「……はい」」
認めるのが癪なのか、苦虫を噛みつぶしたような表情で頷く2人。残念ながら、これではライバル云々以前の問題である。
「こんな状態でライバル云々言ってる場合じゃないだろ、まずは2人の情報を共有してでも雨竜攻略の手がかりを探す。もしくは同じミスをしないようにする。違うか?」
「…………」
「……そうかもしれません」
真宵はムスッとしたまま何も言わなかったが、蘭童殿は少ししてから言葉を紡いだ。
「名取先輩を意識する前に青八木先輩という根本を何とかしなきゃ、ってことですね?」
「そういうことだ。2人がぶつかり合うのはその後でもいいだろう」
僕としては、誰が雨竜とくっつこうが問題はない。問題は、雨竜にその気が生まれないままずるずる時が経過してしまうことである。2人がいがみ合うのは構わないが、それより先に雨竜を攻略してもらわないとお話にならないのだ。
「……成る程ね。あんたのことだから2人別々に相談に乗るのが面倒、とかそういうことかと思ったわ」
「…………そんなわけないだろ」
「あれ? なんか間ありました?」
「気のせいさ蘭童殿、フラップいっとく?」
「いえ、それは廣瀬先輩にあげたものなので」
「そうだっけ、そうだったですね~」
「明らかに狼狽えてないコイツ?」
「判断難しいですね、先輩はいつもどこか抜けてますし」
「確かに」
危ない危ない、もう少しで僕の本心がバレてしまうところだった。完璧な演技力によって何とか対処はできたものの、さすがは雨竜を狙おうという猛者揃いだ。僕もしっかり気を引き締めないと。
「目的は分かっただろ。だったら順番に話せ、相手の失敗から学べ、新しくできそうなことを考えろ。どこまでやっても手が届かないのが雨竜だと思え」
実際問題、僕だって大したアドバイスをしてやることはできない。結局のところ、僕を頼ってきた女子全員、誰も雨竜の恋人にはなれていないのだから。
「で、どっちから話すんだ?」
そう言うと、2人は一瞬間を丸くしてからお互いの顔を見る。そして何とも複雑そうな笑みを浮かべた。
「名取先輩からでいいですよ、私より先に着いたわけですし」
「何言ってるのよ、あたしは先輩よ? 後輩優先に決まってるじゃない」
「いえいえ、後輩とは先輩の姿を見て我が振りを直すもの。先輩のトーク力というものを勉強させてください」
「違う違う、後輩とは先輩が恥を搔かないよう地盤を固めるものよ。失敗してもまだ許されるあんたが先に話すべきだわ」
唐突に始まった譲り合い精神に僕は少しずつイライラする。
失敗談を話すことに抵抗があるのは分かったが、結局2人とも話すことになるのだ。先でも後でも変わらないというのに時間だけを無駄に使いよって。
「ジャンケンしろ、勝った方から話す。それでいいな?」
これ以上長引かせないように逃げ道を防ぐと、2人は自らの右手をそっと見つめた。
……何だこのジャンケンに勝った瞬間人生が終わるみたいな緊張感は。雨竜とのデート内容を話すだけだぞ、というか相談する予定だった僕には元より聞かせるつもりだったよな。まさかライバルがいるだけでそんなにも消極的になってしまうのか。
「廣瀬、1つだけ提案があるわ」
「私からもあります」
いつにもまして真剣な表情を浮かべる2人からの提案。僕も適当に受けるわけにはいかず頬杖をやめる。
「……なんだ?」
聞き返すと、真宵は表情を変えないまま右手で『3』を表現した。
「これ、3回勝負にしてもいいかしら?」
心底どうでもいい内容だった。よくもまあそれを伝えるためだけに真剣な表情ができるものだと褒めたくもなった。前言撤回、そんなこと僕に訊くな。
「蘭童殿は?」
真宵の提案を受け入れ蘭童殿の話を振る。彼女であればもっとまともな提案がくると思いたいが、不意のポンコツ具合なら彼女も負けていない。神よ、どうか前者であってください!
「この勝負、負けた方から先に話すってことでいいですか?」
お願い。もう勝手にして。
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