第33話 夏休み、ライバル3
待ち合わせの10分前に到着したのは、僕の尊敬すべき後輩、雨竜押せ押せ探検隊の蘭童空殿だ。
会うのは夏休みに入ってから初めてになるが、彼女のトレードマークでもあるタンポポのような明るい笑顔は未だ見られない。こちらへ歩み寄ると、我が校の金髪妖艶ガールを睨み始めた。
当然真宵もそれに迎え撃つ。数秒火花を散らしていた2人だったが、ほぼ同じタイミングで満面の笑みを浮かべた。
「こんにちは名取先輩、相変わらずだらしない私服を着てらっしゃるんですね。随分人の目を引いてますが、本命は忘れて新しい恋に目覚めたんでしょうか?」
「あらあらちびっこ後輩ちゃん、この服装はあたしという人間の象徴なの。その結果フェロモンが溢れかえってるだけなのに、後輩ちゃんは思い込みが激しいのね~?」
「そうだったんですか~、気のない男性に必要以上肌を見せる意味を見いだせなかったので分からなかったです~」
「そうね~、後輩ちゃんじゃあたしみたいな服装とは無縁だものね~、想像できなくてもしょうがないわよね~」
会って早々、青筋を立てながらインファイトで殴り合う2人。もはやお馴染みの光景だが、ここまで来ると逆に仲が良い判定をしてもいいのではなかろうか。
「そりゃできませんよ~、こんな格好して痴女に間違われたら嫌じゃないですか~」
「れっきとしたファッションを不当に貶めるなんて、身体が貧相だと心まで貧相になっちゃうのかしら~」
「さすが、ボディラインしか誇れるところがない先輩は言うことが違いますね~」
「あたしを見てそんな感想しか出ないなんて、後輩ちゃんホントに見識が狭いのね~」
「もうやめんかい」
「「いた!!」」
返答するごとに強くなる毒に呆れながら、僕は2人の頭にチョップを入れた。個人的にはもう少し見ていたいが、思い切り周りに迷惑を掛けている。ただでさえ視線を集める2人なのに、余計なことはしないでいただきたい。
「って何他人事みたいな振る舞いしてるのよ!?」
2人の言い合いは何とか止まったが、矛先が僕の方へ向かっている。
「元はといえばあんたがこのちびっ子を呼んだからでしょ!? 青八木の相談だって言ってるのに馬鹿じゃないの!?」
「はあ!? 青八木先輩の相談!? だったらさっきのは何ですか!?」
真宵は僕に怒りを露わにしていたが、蘭童殿は依然として真宵に目線を向けていた。
「さっきのって何よ?」
「廣瀬先輩に飲み物を飲ませようとしてたじゃないですか! 他に好きな人が居てああいう行動はどうなんですか!?」
「これだからお子ちゃまは、あんなの軽いじゃれ合いじゃない。飼ってる動物と遊んでるようなものよ」
おい、さらっと人を動物扱いするな。3回回ってワンってしたけど全てフラップのためだ、僕はお前のペットではない。
「名取先輩はそうでも相手がどう感じるかは別ですから! これで交際相手を不安にさせたらどうするんですか!?」
「少なくとも青八木は気にしないでしょ、一緒に廣瀬をからかう側に回ると思うけど」
割と真面目な口調で話す真宵に反論できない僕。悲しいかな、そんな様子を容易に想像できてしまう。どうして僕が弄られキャラみたいな立ち位置なんだ、そろそろ文句を言っても罰は当たらないだろ。
「もう! 廣瀬先輩も廣瀬先輩です! ああいう紛らわしい行動しちゃダメなんですよ!?」
「面目ない……」
真宵に言っても解決しないと悟ったのか、蘭童殿は僕を矯正するよう呼びかけた。彼女に言われてスッと謝罪の弁が出てしまうが、このまま僕が女性にだらしないと思われても癪である。
「だが致し方ないんだ。フラップのために道化を演じるほか方法がなく……」
甘味の暴力に屈した旨を伝えると、一瞬目を丸くした蘭童殿の表情が変わる。
「えっと、よく分からないんですが、イチャイチャしてたわけじゃないんですよね?」
「僕とコイツでイチャイチャはないだろ」
「そうね。あるとするならもっと官能的でしょうね」
お嬢さん? 少々お口を閉じていただいてよろしいか?(黙れ)
「フラップを1口くれるって言うからもらおうと思ったんだが、ああいう体勢じゃないと受け付けないって言うもんでな」
「えっ……」
蘭童殿は口に手を当てながら驚きを示す。ああ、蘭童殿の反応を見る限りやっぱり真宵の行いがおかしかったんだな。
知らなかったとはいえ軽率だと反省しそうだったが、蘭童殿から出たのは予想外の言葉だった。
「名取先輩、相談に乗ってもらって奢る気0だったんですか!?」
煽り要素のない、純度100%の蘭童殿の疑問。僕はイマイチピンときていなかったが、真宵は今日初めて狼狽えているように見えた。えっ、相談に乗ったらフラップ奢ってもらっていいの?
「まあ相談する側の感謝の気持ちなので奢りである必要はないですけど、電車賃使ってまで来ていただいてるのに」
「うっ……」
面白いことに煽り合いをしていたときより真宵にダメージを与える蘭童殿。来るって分かってる強攻撃より、不意に来る弱攻撃の方が効くことがあるが、まさにそれを見せられている気がする。
「分かりました。そういうことなら廣瀬先輩のフラップ買ってきますよ」
「えっ、いいのか?」
「勿論。気にしないでくださいね、元々そのつもりでしたから」
「おお……!」
天使や、目の前に天使が舞い降りとる。たかがお話を聞いて助言するだけであんな高級そうな飲み物を奢ってもらえるなんて、ありがたいことこの上なし。さすがは蘭童殿、僕が認めた後輩というだけはある。
「……待ちなさい」
早速レジへ向かおうとした蘭童殿を真宵が制止した。何が行われるのかと思っていたら、彼女が持っていたフラップを僕の方へと差し出した。
「これ、廣瀬にあげるから。後輩ちゃんは自分の分だけ買えばいいわよ」
ええええええええええええええいいいいいいいいいのおおおおおお!!?
声にならない声を我慢した僕は、明らかに余裕がなさそうな真宵に目を向ける。どういう風の吹き回しだろうか、さっきは2口目だけでワンコロを要求してきたというのに。
「いえ、無理しなくて良いですよ? 私ならお小遣いちゃんとありますし」
「あたしもありますですが?」
「……なんか口調おかしくないですか?」
「いつも通りですますが?」
「いや、語尾が不自然に長いんですが……」
いつの間にやら、どちらが僕にフラップを奢るかという話にシフトしているご様子。
……あのう、宜しければ2人とも僕に恵んでくださると非常に喜ばしいのですが。
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