第32話 夏休み、ライバル2
彼女らと無事連絡を取り終えた僕は、翌日、新宿という人に溢れた空間へと足を運んでいた。
「……人が多い」
東京に住んでて何を言っているのかと思われそうだが、東京でも少し都心から外れれば人の数など激減する。こんな夏真っ盛りに訪れたくない場所だったのだが、3人の移動を考えればここが適切だったのだ。ああ優しい僕の心。
2人に指定されたコーヒーショップで先に注文し、4人席だけ確保する。新宿で待ち合わせと決めたタイミングでここを指定されたのだから女子には人気があるのかもしれない。やたら長いメニューがいっぱいあったが呪文の類いだろうか。
お店の雰囲気は内装的にも大人っぽいのだが、品のない笑い声が聞こえてくる。女子に人気なのは分かっていたが、公共の場でああも自分勝手なのはいかがなものか。
……えっ? ブーメラン? そんな馬鹿な、僕のような健全少年を捕まえて言いがかりはよしてほしいな。
「あら、早いじゃない」
脳内の謎の警告に抗っていると、待ち人の1人が登場した。
ノースリーブのタンクトップにミニスカートを身につけた彼女は、その髪色とスタイルも相まって多くの視線を集めていた。
「おう、今日も相変わらずエロいな」
「当たり前でしょ、あたしからエロを取ったら何が残るの?」
「確かに」
「アホ、そこは否定するところでしょ」
挨拶早々理不尽な言葉を掛けてくるのは、雨竜に恋する乙女第2号こと名取真宵である。
「お前こそ随分早いな、まだ集合の20分前だぞ?」
「あんたが来る前に席を取っとこうと思ってたからね。あたしより早いとは思わなかったわ」
そこまで言って、真宵は急にニヤリと口角を上げた。
「何あんた、そんなにあたしと会うの楽しみだったわけ?」
成る程、待ち合わせより早く来るとこういう掛け合いに発展してしまうのか。僕をからかえると思って楽しそうなところ悪いが、事実は違う。
「いや、駅で迷うと思ってな。安全見たら想像より早く着いた」
「はい解散」
そう言って手をヒラヒラさせながら出口へと向かう真宵。自分から誘っておいて帰るのかよと思っていたら、レジに並ぼうとしているだけだった。紛らわしい行動しおって。
しかし何というか、会って話してる感じだと気落ちしているようには見えないけどな。まさか悲報と見せかけての朗報展開があるというのだろうか。だとしたらここの飲み物好きなだけ奢ってやってもいいんだけどな、500円以内で。
「お待たせ」
約5分後、プラスチックのカップにいろいろトッピングされたような飲み物(?)を持った真宵が席に戻ってきた。
「な、なんだそれは?」
「はっ? あんたフラップも知らないの?」
「フラップ?」
初めて聞いた名称だった。あんな複雑怪奇そうな食べ物だか飲み物だか分からないものがカタカナ4文字で表せてしまうのか。
「……飲んでみる?」
あまりに興味津々で見ていたせいか、真宵にしては穏やかな声で提案してきた。
「……金ならないぞ?」
「取らないわよ一口くらい。ほれ」
そう言うと、真宵はカップを持ってストローだけこちらに向けてきた。
「いや、カップも持つが」
「この体勢じゃなきゃお金取るわ」
なんでだ。真宵がカップを持つことに何の意味があるというのだ。
だがしかし、羞恥にまけて目の前のものに手を伸ばさないのは愚の骨頂。周りの目など気にするな、僕は廣瀬雪矢である。
僕はストローに口を付け、未知を経験すべく思い切り吸い込んだ。
「ふぉふぉお!?」
口に広がる桃の甘さ。果肉とともに氷の食感が心地よく口の中で溶けていくよう。何これ、最高の夏のお供なんですが。
「ふふ、早速フラップの虜になったようね」
僕からストローを引き剥がすと、真宵は邪悪な笑みを浮かべて僕を見る。
「待て、僕はまだ堪能しきってないぞ?」
「ダメよ、1口だけって言ったでしょ?」
嵌められた。こんな美味しい飲み物を1口だけ取り上げられるなんて堪ったものではない。コイツが来る前に頼んだアイスコーヒーで中和……できる気がしない!
「た、頼むよ姉御……そいつがなきゃおらは、おらは」
「何かキメてそうなキャラ設定ね、10点」
辛口だった。割とふざけて2口目を所望したのだがお気に召さなかったらしい。とはいえ10点って、どれだけ頑張れば赤点を回避できたんだよ。
「そうね、あんたがもう一度飲めるチャンスをあげようかしら」
未だ真宵の苛烈な採点を引きずっていると、急に蜘蛛の糸を垂らし始める彼女。嘘だろ、本当にもう一度あの味を堪能できるというのか。
勿論一筋縄ではいかないのは分かっている。そんな好条件、真宵が何の見返りもなく出すわけがない。
「頼む、お金だけは勘弁してくれ……!」
「あんたどれだけお金ないのよ……」
にやけ顔が一瞬で呆れ顔へ変わる真宵だがしょうがない。コーヒーがこんなに高額だとは思わなかった。帰りの移動賃を考慮すると使用できるお金は限られているのである。
「まあお金なんて要求しないけどさ」
「任せろ、今の僕にできないことなどない」
「随分早い変わり身ね」
「気持ちを切り替えたと言ってくれ」
くく、金銭的な問題でないなら恐れるものはない。真宵の要求をシンプルに対応してやればいい。なんだ、2口目はいただいたようなものじゃないか。
さて、お前が望むことを言ってみろ、真宵!
「じゃあ早速、3回回ってワンってしてもらおうかしら」
「1! 2! 3! ワン!!」
「はやっ!?」
超高速で対応すると、命令してきた真宵が何故か引いているように見えた。おかしいな、やることやったんだから喜んでもらわないと。
「あんた、プライドってもんはないの?」
「そんなものは人生においてマイナスでしかない。楽して利を得られるならどう考えてもそうすべきだろ」
「そうね、あんたはそういう人間だった」
真宵は頬杖をつきながら思い切り息を吐いた。
念のため言っておくが、3回回ってワンを肯定的に捉えているわけではない。屈辱的なものではあると思っているが、それを躊躇って時間を無駄にするくらいなら一瞬で済ませて驚かせた方が建設的である。自尊心を披露するのはここではない。
「しょうがない、2口目あげる」
真宵は、再び僕の口元へストローを向ける。カップは自分の手で持ったまま。どうやらこの体勢にはこだわりがあるらしい。動物に餌でも与えている気持ちにでもなるのだろうか、だとしたら僕は扱いにもの申すべきだな。
まあそんな建前どうでもいい。今はフラップ、君との2度目の邂逅だけを考えてきた。それを実行するために僕はいざ参ります!
そうして僕がストローを咥えようとしたまさにその瞬間、
「ごめんなさい廣瀬先輩! 遅れちゃ……って……」
――――もう1人の待ち人が最悪なタイミングで合流した。
可愛らしい花柄模様のワンピースを身につけているのに、表情はフラップ、じゃなくて少しずつ凍りついているように感じる。
しかしながら、不機嫌な表情を向けているのは目の前のお嬢さんも一緒だった。想定していない人間の登場に、出てくる言葉は1つだけ。
「「なんで先輩(ちびっこ)がここに……?」」
まあそうなるよね。知ってたけどさ。
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