第23話 夏休み、茶道部7
「なんで廣瀬君がここに?」
あいちゃんみたいなリアクションをする朱里。少し呆けていたようだったが、その場で腕を組んで何かを考え始める。
「……学校にツチノコでも出たのかな、そんなニュースやってなかったけど。もしくは屋上に忍び込んでUFOを呼ぶつもりとか、朝より夜の方が効果ありそうだけど」
朱里が普段の僕をどう思ってるか一発で分かる思考回路である。
すごく馬鹿にされているようでイラッときたが、実際僕が学校に来るとしたら有り得そうな理由なのでチョップは引っ込める。ツチノコにUFO、とても夢があるじゃないか。
「柔軟な発想だが違う。今日は茶道部の合宿に同行だ」
「えっ」
すかさず理由を伝えると、朱里は再び身を凍らせた。少し口を開いたまま静止したかと思うと、ようやく事実を認識したように顔を歪ませた。
「……どうしよう、何も準備してない」
真っ先に口から出てきた言葉は、僕の理解の範疇を超えていた。あいちゃんよりも早く事実を受け入れてはいるが、そのせいで何か絶望しているようにも見える。相変わらず表現力が豊かな女子である。
「あら朱里、ようやく来たのね」
僕と朱里が邂逅して数十秒後、涼しい顔した出雲がどこか愉快そうに親友へ声を掛ける。朱里がパニクっているかはよく分からないが、こういう状況を面白いというなら出雲の狙い通りなのだろう。
「お、おはよう出雲ちゃん!」
「おはよう、朝からすっごい顔してるわね」
「ひ、ひ、廣瀬君が茶道部の合宿に来るって言ってる!」
「そうね、言ってるわね」
「出雲ちゃんも初めて聞いたの!?」
「ううん、知ってたけど」
「知ってた!?」
「というか誘ったの私だし」
「誘ってた!?」
うむ、さすがツッコミに関しては光る物があるな。普段は大人しい性格とは思えないキレッキレな対応、あれはエンタメが好きらしい戸村先生に好評なんじゃなかろうか。先生が本当にエンタメが好きか怪しいところではあるが。
「どうして教えてくれなかったの!?」
「えっ、教えたら何か変わるの? 合宿に行くだけよね?」
事前に教えてくれなかったことに異議申し立てる朱里だが、尤もらしい出雲の返しに口を噤んでしまう。出雲は出雲で朱里をからかうことに特化しているようだが、親友相手に容赦ない奴だな。
「まさか邪なこと考えてるんじゃないでしょうね、神聖な茶道部の合宿で」
「っ!?」
出雲が朱里に耳打ちをすると、朱里は茹でダコのように一瞬で顔を真っ赤にさせた。何を言ったか聞こえなかったが、碌なことを言ってないのだけは確実である。僕に聞こえないように言ったということは、性的な内容である可能性が高いな。出雲からそういうことを口走るとは考えにくいが、朱里をからかうためなら何でもやりそうな雰囲気を醸し出している。
「ち、違うもん! 休憩時間で何かできると思っただけで! 健全なヨコシマだもん!」
「健全な邪ってなによ……」
謎のフレーズと呆れ返る出雲を見て、益々分からなくなる僕。
健全な横縞。普通の横縞と何が違うのか、そもそも不健全な横縞って何だろう。下着にストライプでも入ってるんだろうか。とりあえず、これ以上掘り下げるべきではないことを理解した、余計なことを言って飛び火するのはお馬鹿さんのやることである。触らぬ女子に祟り無し。
「御園さん、全員揃ったらバスに乗り込んでください」
出雲と朱里の寸劇をしばらく眺めていると、バスで待機していたはずの戸村先生がひょっこり顔を出した。
「えっ、でも外で挨拶とか」
「炎天下でそんなことする必要はありません。涼しいバス内で全て終わらせた方が効率的です」
それで満足したのか、戸村先生は再びバスへ乗車し始めた。
なんだろう、今ので戸村先生の好感度が一気に上がった。先生の言う通り、開会の儀みたいなのをわざわざ外でやる必要はないんだよ。座ったままが行儀悪かろうが、快適な空間で物事を進めた方が良いに決まっている。うむ、人の弁明を聞かないお堅い先生かと思っていたが、めちゃめちゃ話が分かる人じゃないか。
「えーっと、2年は全員来てるわね」
「あいちゃん、1年生みんないる?」
「はい! みんな来てます!」
「おはようみんな! 早速だけどバスに乗り込んでくれるかしら?」
出雲の指示のもと、2年生が僕含め5人、1年生が4人順番にバスに乗り込んでいく。1年生が乗り込んだ後は真っ先に僕がバスに入ったが、佐伯少年も含めて1年生は4人で固まっていた。彼と一緒に座った方がいいのかと一瞬思ったが、杞憂のようだ。彼も僕の隣に座るよりは女子たちと話せた方が楽しいだろう。
そういうわけで、僕は2人席の窓側に座る。逆側の1人席に座っても良かったが、僕が2人席を独占しても2年女子4人は問題なく座ることができる。生徒9人に先生1人、中型バスはさすがに広すぎた。
「雪矢、ちゃんと詰めなさいよ」
「はっ?」
その矢先、イレギュラーが発生。この広い中型バスの中で、出雲が僕の隣へやってきてしまった。急な圧迫感を覚えながらも、シャンプーの良い香りが鼻孔をくすぐった。バスの隣ってこんなに近かったか?
「おい、どうしてここに座るんだよ」
「目的地まで長いのよ、1人でボーッとするつもり?」
「だからって隣に座ることないだろ」
出雲は僕を気遣って隣を選んでくれたようだが、2年生が奇数であることを忘れてはいないだろうか。僕の隣を選んだら、1人があぶれてしまうことを理解していないように思えるが。
「……いいから。すぐどいてあげるから少し付き合いなさい」
「えっ?」
小声で僕に耳打ちすると、出雲はバスの扉の方へと目を向ける。
……どういうこと? すぐどくなら、どうして一旦僕の隣に座ったんだ?
何か狙いがあるのかもしれないが、どうやらそれは教えてくれないらしい。少し気になったのは、出雲の口角が上がったように見えたことだが。
「……えっ?」
何が起こるやら期待せずに待っていると、バスの入り口の方から呆然とした声が聞こえてきた。
発生源は最後に乗り込んできた朱里。気のせいでなければ、目線は僕と出雲に向けられている気がする。
「……」
席は腐るほど空いているのに、朱里はどこにも座ろうとしない。立ち止まったまま、何か一生懸命思案しているように見える。
何を考えているか知らんが、このままではバスが出発しない。見かねた戸村先生が注意するのも時間の問題だろう。いい加減どこかに座れと僕が言おうとした直前、隣の委員長さまの口が開いた。
「もしかして朱里、ここ座りたいのかしら?」
「っ!?」
愉悦さえ感じていそうな出雲の邪悪な笑みで、僕はようやく察知した。
出雲がどうして僕の隣に座ったのか。
……こやつ、朱里をからかうためだけにここに座りよった。
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