第22話 夏休み、茶道部6

「はあ、とりあえず納得しました。あいちゃんには好意はあるが恋愛感情ではないってことですね」


勝手にまとめに入っている佐伯少年が癪に触るので無視することにした。何だろう、蘭童殿以外にあいちゃんのことを語られるとイラッとくるな。入会していないからであろうか。


「ちなみにですが、蘭童さんとも仲良さそうな口振りですが、あいちゃんと同じニュアンスですか?」

「君、独り言大きいな」

「質問してるんですが!?」


なんか性格まで翔輝に似てきたな、ちょっとしたイケメンというのはなんでこんなにうるさいんだろうな。まあ翔輝はコイツみたいに裏表はないわけだけど。


「蘭童殿は尊敬すべき相手だ。是非雨竜と恋愛的に発展してほしいものだが」

「意味分からないですね、相手にしてくれない先輩より僕の方がよっぽど大切にするのになあ」


本気で不思議そうに首を傾げる佐伯少年。そうか、此奴はバスケ部で蘭童殿が雨竜にアプローチしているのを間近で見ているんだ。教室では彼女の猛攻にたじたじになる雨竜を確認できるが、部活中はもっと上手く躱しているのかもしれない。


まあ頭の中お花畑の佐伯少年の言い分を鵜呑みにすることなどないわけだが。


「蘭童さんにあいちゃん、素敵な同級生は身近にいるのにどうして何も発展しないんだろうか」

「君の本性がバレてるんじゃないのか?」

「そんなヘマしませんよ、だいたいバレたところで確固たる証拠はありませんし」


こういう謎の自信家部分は評価できるんだがな、いかんせん関係者が僕の友人たちと被りすぎてるんだよな。コイツがやらかして周りに火が飛ぶと思うとなかなかに恐ろしい。


「というか先輩たちの代なんてもっと綺麗な人多いじゃないですか。神代先輩とか、初めて体育館で見たとき目ん玉転げ落ちるかと思いましたよ」

「目ん玉て」


高校生らしからぬ表現で佐伯少年は自身の体験談を話す。確かに、あの見た目であのスタイルだと思春期男子をいろんな意味で殺しかねない。実際アイツの脇には敗北者たちの屍が転がっているわけだが。


「……あれ?」


そこまで赤裸々に佐伯少年の話を聞いて、1つの疑問が湧いてきた。


「結局のところ、君は誰が好きなんだ?」


コイツの話には、同級生の蘭童殿やあいちゃん及び茶道部面々、先輩の晴華や出雲が出てきている。彼女らと青春を送りたいような口ぶりだったが、特定の誰といった感じではない。恋愛的にではないのかと一瞬思ったが、蘭童殿の件では雨竜より自分の方が大切にすると言っている。となると恋愛感情に基づくものだと考えられるが、佐伯少年はその辺りすごく曖昧だった。


一体何を考えてるのかと思い質問すると、佐伯少年はあっけらかんと思いを口にした。



「そりゃ皆さん好きですよ、付き合いたいなって思うくらいには」



散々僕に文句を言ってきた少年の言葉は、僕の理解の外にあった。


そんな気持ちが雰囲気で伝わったのか、佐伯少年は話を続ける。


「誰か1人を想って関係を深めるなんて非効率じゃないですか、その人と結ばれなかったらそれまでの時間が無駄に終わるんですよ? だったら好意は幅広く持って、その中で付き合えそうな人と付き合った方がよっぽど良いですね」


彼の意見は、食べ物に置き換えると納得できる部分がある。皆が大好きな物は競争率が高い、だから2番目や3番目に好きな物を確実にいただく。そういう考え方であれば理解できる。


しかしながら、恋愛感情においても同じであると言えるのか。そんな簡単に、自分の感情に対して割り切っていいものなのだろうか。


「それ、例えば誰かと付き合った後に他の誰かに告白されたらどうするんだ?」

「それは勿論断りますよ、その段階で付き合ってる子と関係が悪くなってなければですが」

「……どういうことだ? 関係が悪くなってたら違うのか?」

「そりゃその子と別れて新しい恋愛をするって選択肢もありますよね」

「付き合ったのに別れるのか?」

「いや、僕だってそんなつもりないですけど、喧嘩してムカついたり好意が薄れたりする可能性もあるじゃないですか」

「……成る程」


そうは言ったが、まったく理解できない考えだ。価値観の相違というものかもしれない。


仮に僕が誰かと付き合うのだとしたら、相手を一生掛けて幸せにしてやろうと思う。他の相手に気など回させないよう、取り組んでいきたいと思う。僕の辞書に、付き合った相手と別れるなんて項目はない。そんなことがあろうものなら、僕はその後一生独り身でいい。だからこそ、付き合う相手は慎重に選ばなければいけない。付き合えそうな人と付き合う、そんなどこかで妥協するような関係が、一生続くわけがないのだから。


「言っときますけど、先輩にとやかく言われる筋合いはないですからね?」


僕が沈黙を続けていたせいか、佐伯少年はどこか焦ったように言葉を付け足す。


馬鹿だなコイツ、本当に気にしていない奴はそんな自分を守るようなことは言わないんだよ。多少なりとも罪悪感を覚えているようだが、そんな言い訳僕には不要だ。


「別に、そういう考え方もあるのかと思っただけだ。二股三股しようって訳じゃないんだろ?」

「人聞きの悪い、ハーレムってのは誰とも一線を越えないから許されるんですよ」


言ってることがよく分からないが、付き合う相手を大切にしようという意志はあるらしい。茶道部の面々が不幸にならないならそれでいいとは思う。結局のところ、最終的に判断するのは当人同士だしな。


「ただまあ、部活変えてまで焦るようなことではないと思うがな。そんなに誰かと付き合いたいのか?」

「今更先輩に隠し事する気はないですが、そこまで下世話な話にいきます?」

「はっ? 下世話?」

「まさかそういうのに興味ないって言わないですよね。あっでも先輩ならあり得そう、見た目女っぽ、いたたた!!」


佐伯少年から僕の身体的特徴をけなす発言が予想されたため、背後に回ってこめかみをグリグリすることにした。


「あっ? 何か言ったか後輩?」

「先輩男前なのに浮いた話ないのかなって思っただけですすみません!!」


途轍もない早口から反省の色は感じたので、グリグリするのは止めることにした。離したと同時に、頭を押さえてその場に蹲る佐伯少年。これからは口には気を付けたまえ、温厚な僕といえど怒るときは怒るからな。



そんな、先輩としての振る舞いを後輩に見せつけ満足している時だった。



「……あれ、廣瀬君?」



どこか上擦った声。僕の存在などまったく予期していなかったかのように、驚きに満ちた声が響いたのは。


後輩から挨拶をされているというのに、彼女の視線はまっすぐ僕に向けられている。もうちょっと取り繕うことはできないものか、なんともだらしない先輩である。後で説教とも思ったが、いつまでも弟子扱いするのはさすがに失礼か。


「おう。終業式振りだな」


軽く手を上げ返答する僕。



依然として目を丸くして呆けているのは、茶道部員で御園出雲の友人でもある桐田朱里だった。


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