第21話 夏休み、茶道部5
佐伯少年との会話を終え、少ししてからバスの方へ戻る。すぐに戻っても良かったんだが、捨て台詞を残した佐伯少年とすぐ顔を合わせたら向こうが照れ臭いだろうと思い配慮した。見たか全宇宙よ、僕にだってこういう善行はできるんだ。いつまでも自分勝手な僕だと思ったら大間違いだぜ。
まあ自分勝手をやめるつもりは一切ないわけだが。
「おっ」
集合場所へ着くと、見知った女子生徒たちが集まっていた。茶道部1年女性陣であり、合宿が楽しみなのか、その輪には笑顔が溢れている。先程まで僕と話していたはずの佐伯少年もしれっと混ざっており、その図太さだけなら雨竜にも負けてないというか圧勝しているように思った。そんな気持ち悪い笑顔を浮かべるより、さっきの邪気溢れた表情の方がウケがいいと思うがな。
「えっ……?」
離れた場所からその光景を見ていると、僕に気付いたとある生徒が驚いたように目を見開いた。あっさりその輪から抜け、小柄な体躯を揺らしながら僕の元へやってくる。失礼ながら、良くしつけられた子犬を連想させた。
「廣瀬先輩? どうしてこちらに?」
信じられないような目で僕を見るのは、蘭童殿の親友で茶道部員であるあいちゃんだ。隣に蘭童殿がいないと少し違和感があるが、茶道部ではこれがデフォルトなのだ。いつまでもワンセットで考えるのもおかしい話である。
「おはようあいちゃん、今日も今日とて最高に可愛いな」
「えっ、ええええ!!?」
挨拶代わりに一発噛ますと、あいちゃんは一瞬で顔を真っ赤にして狼狽えた。すまんな蘭童殿、今日のあいちゃんは僕が堪能させてもらうぞ。
「い、いきなり何言うんですか!?」
「ただの事実報告だ、あいちゃんは当たり前のような表情をしてればいい」
「むむ無理ですよ! 私なんてその辺のチリみたいなものです!」
切羽詰まったように言葉を走らせるあいちゃん。どうしてこんなに自己評価が低いんだ、ここまで愛らしい存在はなかなかいないと思うのだが。あいちゃんだけに。
「そんなことはどうでもいいんです! 廣瀬先輩はどうしてこちらに?」
このネタを続けるのが嫌だったのであろう、あいちゃんは強引に話を戻した。
「学校にご用ですか? 随分早い時間ですけど」
「いや、出雲に誘われてな。茶道部の合宿に参加することになった」
「えっ…………ええっ!!?」
先程と同じようなリアクション。ホントあいちゃんは良い反応をするな、とてもからかいがいがある。まあ、今回に関して言うなら事実を述べただけだが。
「廣瀬先輩も合宿に!?」
「今日一日だけだがな、部外者だがよろしく」
「部外者だなんて、とても嬉しいです!」
あいちゃんは僕の手を取って喜びを表現した。こんなに嬉しがると思わなかったので若干圧倒されたが、繋がれた手を凝視しているとやがてあいちゃんが慌てて離れた。
「ごごごめんなさい! 私、テンション上がっちゃって!」
「いや、全然気にしてないが」
自身の両手を結びながら、あいちゃんは耳まで真っ赤に染めていた。チラチラとこちらの様子を窺うあいちゃんが妙にいじらしい。うーん、僕は気にしてないんだからあいちゃんも気にしなくていいんだが。なんて声を掛けてあげよう、顔真っ赤あいちゃんも可愛いしそう伝えてみようか。
「お2人、随分仲良いですね」
少しばかり対応に困っていると、営業スマイル佐伯少年が声を掛けてきた。
佐伯少年からすれば会話に入るための枕詞でしかなかったのだろうが、あいちゃんは自分の顔の前で右手を強く振って過剰な反応を見せた。
「いえいえいえ! 私のような若輩者が廣瀬先輩と仲良しだなんて!」
「どうしたんだあいちゃん?」
面白い反応は相変わらずだが、今日は動きまで独特で通常の2割増しの活躍を見せている。可愛くて面白いだなんて、今の時代どの媒体でもやっていけそうだ。将来が安泰そうで僕は安心である。
「っ、あいちゃん。2人があいちゃんのこと呼んでたよ?」
「ほ、ホント? ありがとう佐伯君、廣瀬先輩もまた後で!」
「へーい」
どうやら佐伯少年は1年ガールズに呼ばれたあいちゃんを呼びに来たらしい。もう少しあいちゃんワンマンショーを見ていたい気持ちがあったが、友人のお呼び出しなら仕方あるまい。友人の誘いは大切だからな、僕も最近ようやく学んだが。
「先輩、ホント油断も隙もないですね。いきなり学年でも有数の美少女を口説くなんて」
ちょっと待って。いろんな情報が入ってきて混乱してきた。まずは誤解を解くところからスタートだ。
「人聞きの悪いこと言うな、別に口説いてなんてないだろ」
「説得力ないですね、顔合わせていきなり『可愛い』って言っておいて」
「そりゃ言うだろ、あいちゃん可愛くない?」
「そ、それは可愛いですけど」
「ほら可愛い。可愛い相手に可愛いって言って何が悪いんだか、言いがかりはやめんかい」
「……あれ。僕がおかしいのかこれ?」
ぶつくさ何かを言う佐伯少年だが、異論反論は一切認めん。僕に反抗したいならそれなりの論理を持ってくることだ、真っ正面からぶっ潰してやるが。
「それはそれとして! 事実だからってそのまま思ったことをぶつけてたらあいちゃん、勘違いしますよ?」
「勘違い?」
「その、あいちゃんがあなたに好かれてると思うかもってことです」
「事実だ。僕はあいちゃん好きだし」
「なっ! じゃあやっぱり口説いてるじゃないですか!?」
「だからなんでそうなるんだよ、この極端野郎め」
「いやいや! あいちゃんが好きで可愛いって言ってて口説いてないって、全然納得できませんが!?」
冷静な奴かと思ったが、ビックリするぐらい一瞬で皮が剥がれたな。佐伯少年の納得などどうでもいいが、こんな調子で合宿中も絡まれたら面倒だ。仕方あるまい、此奴に我らの歴史を語ってやるか。
「いいか、僕は蘭童殿ととある会を結成しているんだ」
「蘭童って、蘭童空さんのことですか?」
「それ以外の蘭童殿は知らんな」
「なんで先輩の知り合いってそんなに綺麗どころが揃うんですか、ふざけてるんですか?」
「蘭童殿は綺麗というより可愛い系だぞ?」
「そんな話してませんよ!」
キレた。顔見たらめっちゃキレてる。初めて会ったときの爽やか笑顔はどこへいってしまわれたのか、僕相手だとまったく自分を隠すつもりがないらしい。はた迷惑な奴である。
「はあ、いちいち突っ込んでたら息切れして死んじゃいます。続けてください」
「……」
あれ、今度は僕がキレそう。何故僕がコイツのために語らってやらねばならないのだろうか。
まあいい、あいちゃんに免じてこの場は許してやろう。ただし次はない、似たようなことをやらかしたらコイツには雨の日、一緒にカエルを探してもらう。
「話を戻すが、僕と蘭童殿は『あいちゃんを楽しく愛でようの会』を結成しているんだ」
「……何ですかその明らかに非公認のファンクラブのような会は」
「よく分かったな、確かにこの会の存在をあいちゃんは知らない」
「いや、全然嬉しくないですけど」
いちいち突っかかるやっちゃな。褒めてるんだから素直に受け取ればいいというのに、可愛くない後輩である。
「この会の会則はただ1つ、あいちゃんを全力愛でることのみ」
「そのままですね、引くくらい」
「だからあいちゃんに可愛いと伝えるのは至極当然で当たり前のことなんだよ、いわば挨拶みたいなものだ。それを口説くだなんて会員失格、とてもじゃないが僕にはできないね」
「うーん、イマイチ理解できないですが、アイドルを応援するファンみたいな感覚ってことでいいですか?」
「いや、僕はアイドルに興味ない」
「話ややこしくなるので納得してくれませんかね!?」
うっさ。
朝の小鳥のさえずりが響く時間帯、もう少し静かにできないものかね。
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