第20話 夏休み、茶道部4

「サプライズなんだからみんなと同じ時間に来てちゃダメでしょ?」


僕だけ早く集合した理由を尋ねると、出雲はさも当然のように返答してきた。


言いたいことは分かるが、全く以て腑に落ちない。それなら僕の集合時間を10分遅らせた方がよくないか、みんな集まっているタイミングで登場できるわけだし。今来てたら、集合の早い順にご挨拶って感じになってインパクトも薄い気がするぞ。そんなんでコメディ好きの先生がお許しになるというのだろうか。


「おはようございまーす」


そんな懸念を抱いていたら、早速後方から挨拶が飛んできた。こちらに向けられていることから茶道部員だと思われるが声は高くない。もっと言うならば、女子生徒の声ではない。


「あら佐伯君、20分も前に来るなんて偉いわね」

「僕は新入りも新入りですからね、集合くらい早く来ないと」

「いい心掛けだわ」


僕の横を抜け、出雲と言葉を交わしている男子生徒。彼こそが出雲や雨竜から聞いていた佐伯という生徒だろう。


雨竜ほどではないが容姿は整っており、垢抜けた翔輝という印象だった。出雲とは楽しそうに会話をしており、コミュニケーション能力も高そうだ。


特にすることもなく2人の様子を窺っていると、ふと佐伯の目がこちらに向けられた。


「こちらの方は?」

「私と同じクラスの廣瀬君よ、今日は一緒に茶道部の合宿に参加してくれるの」

「へえ……」


特にボケることなく無難な紹介をされると、佐伯は僕の全身を軽く見回してから一歩踏み出し、手を差し出してきた。


「初めまして、1年の佐伯です。今日はよろしくお願いします」

「おう、よろしく」


マイナスイオンを出してるんじゃないかと思われるような屈託ない笑みを浮かべる佐伯。ここだけ見れば普通の好少年という感じだが、雨竜の話を聞く限りは確実に腹に一物抱えている。僕はそう確信している。というかそうじゃないと面白くない。


握手に応じると、スポーツ選手特有の分厚さを感じた。しっかりバスケを積み重ねてきただろうに、どうしてあっさり辞めたのだろうか。まあなんとなく理由は察しているのだが。


「御園先輩、少し廣瀬先輩と話してていいですか?」


この鉄仮面をどう崩してやろうかと思っていると、佐伯の方から意外な提案があった。


「いいけど、どうしたの急に?」

「男子の先輩ですし、合宿始まる前に交流しておきたいと思いまして」

「そ、そっか! なら私、先生と今日の流れ確認してるわね!」

「はい」

「雪矢、佐伯君に変なこと吹き込まないでよね」

「するかアホ」


当初の目的が早速叶ったからか、出雲は僕へ軽口を叩きながら嬉しそうにバス内へ入っていた。


こうして僕と佐伯が取り残される。願ったり叶ったりの展開である。


生徒玄関前の日陰に移動すると、物理的に僕を見下ろして佐伯は言った。


「廣瀬先輩は、どうしてこの合宿へ?」


心なしか、先程より声が低く聞こえた。目を細くし、どこか値踏みされているように感じる。こりゃ精神的にも見下されてるな、僕は何度もこういう視線に晒されているから分かる。


僕は思わずほくそ笑んだ。普通に会話して反応を探ってやろうかと思ったが、単刀直入に突っ込むことにする。


「僕が云々より、君がまず話せよ」

「はい?」

「この合宿、僕がいると邪魔だろう?」


口角を上げながら尋ねると、佐伯の顔色が変わる。不意を突かれたような表情を浮かべ、すぐにうすら寒く微笑んだ。


「どうしてそんなことを?」


表情と合っていない、あくまで取り繕うように発言する佐伯。隠す気があるのかないのか、僕としてはどっちでも構わないが。


「いやなに、目立ちたがり屋の君にとって他の男は邪魔だと思ったんだが」

「……」

「そう警戒するな。僕に本音を漏らしたところで君の立ち位置がぶれることはないさ」


少しばかり棘のある言葉を使うと、冷えた眼差しが真っ直ぐ僕に向けられた。おっ、いいね。そういう顔を待ってたんだよ。



「――――さすが青八木先輩の友人、別の意味でうざったいですね」



吐き捨てるように放たれた言葉は、間違いなく佐伯少年の本音だった。


「何ですか、僕のテリトリーに入り込んで。僕が今日という日をどれだけ楽しみにしてたか知ってますか?」


佐伯少年は、困ったように額に手を当てる。首を左右に振って、本気で呆れているようだった。



……おもしろ。何なのこの少年。茶道部のことテリトリーって言ってるんだけど。というか僕の適当な言い分であっさり白状するし、青すぎやしないか。黒くなりたいならもうちょっと人を疑った方がいいぞ。


「はあ、せっかくこんなに素晴らしい部活動を見つけたというのに、朝から萎えたじゃないですか」

「どう素晴らしい部活動なんだ?」

「僕以外が女子生徒、それも遊んでなさそうな人ばかり。これ以外の説明いります?」

「成る程」


部活動にはそういう選び方もあるのか。そういえば、蘭童殿は雨竜の側にいたくて男バスのマネージャーやってるわけだし、僕だって豪林寺先輩がいるから相撲部を選んだ。佐伯少年の動機が特別おかしいとは思えんな。


「成る程って、普通それで納得します?」

「普通なんて知らん。僕が納得すればそれが普通だ」

「はあ」

「そうは言ってもバスケ部を辞めてまで入る理由にはならないけどな」


雨竜の話だと、佐伯少年はそれなりにバスケは巧かったようだ。雨竜と比較するから下手に見えるだけで、夏の大会でもベンチには入っていたらしい。部活での振る舞いがどうだったか知らんが、バスケ部としてはそれなりの戦力を失ったことになる。


佐伯少年としても、それなりに積み重ねてきたことを放棄したことになる。


「別に、中学3年間やってきたってだけです。何やったって青八木先輩にしか注目が集まらないこと続けたって面白くも何ともない」


ははは、コイツホントにコンプレックスの塊だな。雨竜見て卑屈になるなんて、総理大臣見て自分は凡人だと言っているようなものだ。このプライドの高さがなければもっとうまくやりくりできそうなものなのに。いや、バスケ部を辞めた時点で自尊心にヒビは入ったのかね。


「で、最初の先輩の質問ですが、御言葉通り邪魔です。今からでも帰ってもらえないですか?」

「そうしてやりたいところではあるんだが、こっちも頼まれたんだ。おたくの部長説得できるか?」


出雲の要望でこうして参加してるが、佐伯少年の本音を知った今、僕がいる意味はないんじゃないか? 彼が茶道部を辞めるとは到底思えんぞ、茶道が好きかは別として。


「そういえば、御園先輩に名前で呼ばれてましたね。もしかして付き合ってるんですか、よそ者が他人様の部を花園にしないで欲しいんですが」

「すげえ表現だな、僕と出雲は付き合ってないが」

「まあそうでしょうね、先輩と御園先輩じゃ釣り合ってないと思いますよ?」


釣り合っているかどうかなんて恋愛において重要なんだろうか、当人たちが納得していればそれでいいのではなかろうか。


そんなことを考えていると、話すことがなくなったのか、佐伯少年が踵を返す。


「御園先輩が認めた以上、僕からとやかく言うつもりはありません。僕より目立たないよう、隅っこでお茶でも点ててください。僕の楽園が汚されたらたまらないですからね」

「おい、ちょっと待て」

「何ですか?」


決め台詞で立ち去りたかったのか、振り返った佐伯少年は機嫌が悪そうだった。


「僕は正直、君が茶道部でどう過ごそうが正直どうでもいい。君の勝手だしな」

「はあ、それで?」

「だが、茶道部には僕の友人がいる。後輩がいる」

「……」

「彼女らを傷つけるようなことをしてみろ、僕は君を許さんぞ」


僕が鋭く睨み付けると、佐伯少年は大きく溜息をついた。


「……アホらし、するわけないでしょ。茶道部は僕の桃源郷だって言ったじゃないですか」

「それなら構わんがな、とりあえず頭にぶち込んどけ」

「そっちこそ、大人しくするって約束、忘れないでくださいよ」


佐伯少年は結んでいない約束を口にして、今度こそ僕から離れていった。僕に大人しくしろって、魚に泳ぐなって言うくらいどうにもならないことだって理解してないな。


それにしても、結局茶道部はアイツの何なんだよ。テリトリーに楽園、桃源郷って全然意味違うんだけどな。

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