第17話 夏休み、茶道部1

「茶道部の合宿?」


晴華と美晴と出かけた3日後、珍しく雨が降っているそんな夏の日に、我がBクラスの委員長こと御園出雲から電話が掛かってきた。


『そ、茶道部の合宿。来週1泊2日で行うの』

「それに僕も参加しろと?」

『そそ、どうせ暇でしょ?』

「ふざけるな、絶賛多忙中だ」

『そういえば電話口が雨音でうるさいんだけど、何してるの?』

「せっかくの雨天だからな、アマガエル捕まえて鳴き声のオーケストラさせるんだ」

『ホントに何してるの!?』


僕は現在、近くの公園にある土管の中に居た。そこで先程捕まえたアマガエル3匹を手なずけようと奮闘していたのが、なかなかうまくいかずに困っていたところに出雲から電話が掛かっていたという次第である。


「しかし困った。こんなに土砂降りだとカエルが鳴いてもうまく聞こえん」

『そこより気にするところが山ほどあるでしょ……』


出雲は電話口でも分かるような大きな溜息をついた。雨の日にしかできない僕の数少ない楽しみだというのに、失礼な奴だ。


『で、繰り返すけどあなた来られる?』

「僕の素晴らしき茶道愛に着目したのは評価したいが、部員以外を誘うってのはどうなんだ?」


出雲を始め、僕の素晴らしき茶道観を拝聴したいという気持ちを疎かにしたくはないが、そもそもの話僕は部外者である。部の交流や結束を図るための合宿に参加するのは、部員のためにも避けた方がいいのではなかろうか。


『そうなんだけど、ちょっと困ったことがあってね』

「困ったこと?」

『そう。ちょうど期末試験明け頃に、茶道部に新入部員が入ったの』

「この時期にか。でもいいことじゃないか、何が問題なんだ?」

『問題というか、男の子なのよね、1年の』

「ほう」


なんとなく出雲の言いたいことは理解した。

話を続けるには、1つだけ確認しなければいけないことがある。


「茶道部って、女子しかいなかったんだっけ?」

『元はね、別に男子を禁制にしてるとかじゃなくて』


確かに。茶道室に時々顔を出す僕だが、男子を見た記憶はない。誰が入部しても良いのだろうが、異性で固まってしまうと入りづらい空気ができてしまうのだろう。僕にはよく分からんが。


『普通に部活動に勤しむ分には気にならないんだけど、合宿でしょ? さすがに男子1人だと居心地が悪いんじゃないかと思って』

「茶道部に入部できる奴がそんなことを気にするとは思えないけどな」

『それならいいけど、女子の空間に嫌気が差してまた部活を辞めたら嫌じゃない。来年以降男子生徒が入部するきっかけにもなるし』

「ん? 今『また』って言ったか?」


気になる言葉を出雲に聞き返すと、少し間を開けてから彼女は返答した。


『元々は男子バスケ部に入部してたんだけど、勉学との両立が難しいかもしれないってことで転部してきたの。それもあったから、あんまり居づらい場所にしたくないと思って』


成る程、理解はできなくもない。何度かバスケ部の練習は見たことがあるが、かなりハードだったように思う。入部したばかりの1年にはついていくことさえ厳しいかもしれない。勉学のことを考えるなら尚更だ。


しかしというか、何というか。男子の入部が嬉しいのは分かったが、随分なVIP対応だな。そこまで親身になってやる必要があるのかと思うが、そこを放っておけないから御園出雲なのだろう。今思えば、不真面目な僕にめげずに是正を要求してきた奴だからな。


「とりあえず、言いたいことは分かった」

『そ、それでどう?』

「言っとくが、僕は僕の好きにしかやらないぞ? 新入部員のことなんか知らん」

『じゃ、じゃあ?』

「行く。茶道部の合宿なんて未知数で面白そうだ」


そう伝えると、電話口から安堵したような声が漏れた。僕の参加がそんなに重要だとは思わないんだが、好き勝手やるって伝えてるし。


『……断られると思った』

「なんで断られると思って誘うんだよ」

『あなたが適任だと思ったからよ』

「意味が分からん。元バスケ部なら雨竜の方がいいんじゃないのか?」

『馬鹿ね、辞めた部の先輩と一緒なんて気まずいに決まってるでしょ』

「そういうもんか」

『そういうもの。だいたい青八木君が茶道部に来ちゃったら』

「来ちゃったら?」

『……ウチの部員が集中できなくなりそう』

「……ああ」


非常に残念だが、出雲の懸念は納得できる。あれだけの完璧男を茶室みたいな小さい空間に置いておけば、女子たちが緊張してうまく作業できないかもしれない。毒になるか薬になるか分からん男を置いてはおけんか、それを言ったら僕も同じだと思うが。


『で、どうしてオーケーしてくれたわけ?』

「気まぐれだ。明日になったら行かないって言ってるかもな」

『言っとくけど言質は取ったから。もう拒否はできないわよ?』

「そうかい」


出雲には適当なことを言ったが、理由ならちゃんとある。


豪林寺先輩と話したことが頭を過ぎったからだ。


相撲以外にやりたいことを見つける。茶道部の合宿は1つのきっかけになると思う。相撲部を辞めたいとは思わないが、何も経験せずに居座るのは間違っている。今の僕は、いろんなことを経験すべきなのだ。


『じゃあ、後で詳細はラインするから』

「おう」

『あっ、1つだけお願いがあるんだけど』

「何だ?」

『朱里やあいちゃんには、あなたが来ること内緒にしといてもらえる?』

「はっ?」


出雲からよく分からないお願いをされる。わざわざ言って回るつもりはないが、隠す必要はないだろう。というか男子の参加なんて事前に伝えとかなくちゃマズくないか。


『だって面白いでしょ、その方が』

「……」


御園出雲とはこういう人物だっただろうか、楽しげな声を聞きながらそう思う。


だがしかし、面白そうと言われれば乗るしかないのが僕という人間である。黙っておくことで愉快な光景が見られるというならそれも悪くない。


『じゃあそういうことでいい?』

「……変な空気流れたら僕は帰るぞ?」

『それでいいわよ、じゃあよろしくね』


そう言って、出雲は僕との通話を切った。


「茶道部の合宿か……」


楽しそうというだけで終わることはないのだろう。


茶道部には朱里がいる。僕のことを好きだと言ってくれた相手がいる。今も数時間おきにラインのやり取りをしているが、直接会うとなれば状況は変わるだろう。


さて、茶道部合宿を機に見えてくるものはあるのか。それとも何も得られずに、スタートに戻ってしまうのか。


「あっ……」


スマホを仕舞い、視線を下ろすと、捕まえたはずのアマガエルはいなくなっていた。



「……帰るか」



だが僕は、いつの間にやらそこまでカエルのオーケストラに未練がなくなっていた。

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