第16話 夏休み、ハレハレ8

「疲れた……」


時間は午後5時過ぎ、外は日中と変わらず明るいが、僕の疲弊は午前とは比べものにならない。


あの後、女子しかいないプリクラに付き合わされ、写真映えしそうな虹色綿菓子購入に付き合わされ、最終的にレーザー回避を体感できる施設で遊んでからお開きとなった。


僕としてはもっと人の少ない通りで穴場を探すという省エネ作戦を取りたかったが、晴華がそれを許さなかった。彼女のやりたいことに僕と美晴がついて行くというスタイルで進み、今に至る。


はあ、さすがに原宿はアウェー過ぎた。場所が学校ならここまでアイツのペースにならなかっただろう、というか僕が絶対そうさせない。


「ユッキー、今日はありがとう」


場所は原宿駅。お手洗に行っている美晴を待っていると、隣にいる晴華が笑みを浮かべた。


「ユッキーとこんな風に遊んだのって初めてだから、舞い上がっちゃった」


子どものような無邪気な表情に、寸前まで出かけた愚痴が引っ込む。なんとなく、僕には勿体なく感じた。


「そんなに楽しかったか? 僕、文句ばっかり言ってただろ?」


プリクラなんて、筐体に入ってから撮影するまでどれだけ時間が掛かったか。それに関しては僕を中心にしようとする2人が悪いのだが。結局じゃんけんに負けてセンターを確保してしまったし。


だが晴華は、目を細めて首を左右に振った。


「楽しいし嬉しいんだよ。ユッキーはぐちぐち言いながら、何だかんだ付き合ってくれるから」

「そこまで善意で行動してるつもりはないぞ」

「うん、分かってる。だからユッキー、心境の変化でもあったのかなぁって」


それは、美晴にも言われたことだった。2人から指摘を受けるくらいには僕は変わっているらしい。


「まあ、確かに変わっているかもな」


朱里との一件を経て、僕は変わろうと思った。人付き合いの考え方を改善しようと試みている、せめて僕と接してくれる相手に対してくらいは。


「……自覚あるんだ?」

「当然。僕は変わるぞ、変わってこの世の面白いものを全て享受してやる」


僕1人なら原宿に来る機会など絶対になかった。人が多そうな場所だと決めつけて、決して近付こうとはしなかっただろう。


2人に付き合ったからこそ、プリクラや綿菓子、レーザーを体験することができた。どれだけぐちぐち文句を言おうと、複数の経験に充実感を覚えたのは事実なのである。


それを2人に、言ってやるつもりはないが。


「……うん、そうだね。あたしも変わりたいって思う」

「知ってる」

「えっ?」

「じゃなきゃ、お前が誕生日プレゼント買うなんて思わないからな」

「むう、それは失礼過ぎ。いくらあたしだって恋人の誕プレを忘れたりしないよ」

「それは失礼した」


からかうようにほくそ笑むと、晴華はムスッと頬を膨らませた。こんな表情でも絵になるのだから、美少女というものは恐ろしい。


「変わったら楽しくなるかな」

「今が楽しくないような言い回しだな」

「そうじゃなくて、今よりもっと楽しくなるかなってこと」

「そんなこと僕が知るわけないだろ」

「あはは、ユッキーならそう言うと思った」


切なそうな顔をしたかと思えば、次の瞬間にはケラケラと笑っている。感情が渋滞していて、美晴とは別の意味で本心が読めない。こうして接して分かるのは、ただの脳天気馬鹿ではないということ。


「せいぜい頑張れ。今より楽しくなるかどうかなんて、変わってみないと分からないんだから」


そう言うと、晴華はハッとした様子で僕を見た。そして、先程のように楽しげな笑みを浮かべる。


「そうだね、それもそうか! あたし変わっちゃうぞ!」

「その意気だ」

「目標はミハちゃんの落ち着きを得ること!」

「それは無理だろ」


コイツが美晴のように穏やかに笑っている姿なんて想像できない。想像し終える前に笑えてしまう。というか、変わるってそういうことじゃないだろ。


「え~、あたしの理想の女の子ってミハちゃんなのに」

「自分の通信簿見たか、『落ち着いて行動しなさい』って書いてあっただろ?」

「えっ、なんでユッキー知ってるの!?」


ホントに書いてあるのかよ、適当に言ったのにこっちがびっくりしちゃったよ。


「通信簿に書いてあるようなことなんて基本直せないんだよ、現実を見ろ」


ちなみに僕の通信簿には『協調性を磨きなさい』と書いてあった。余計なお世話だ。


「う~、あたしの『ミハちゃんに生まれ変わろう計画』がぁ……」


喜怒哀楽切り替え最速グランプリ保持者は、『哀』の感情を前面に押し出していた。どれだけ美晴のことが好きなんだコイツ。


「お前さ、美晴とどんな風に仲良くなったんだ?」


あまりに晴華が美晴を推すので、この機会に僕は前から気になっていたことを尋ねることにした。


同じクラスで接点が多いとはいえ、性格が真逆の2人がどうしてここまで仲良くなったのか。


「え、ええ、それ聞いちゃう? 聞いちゃいます~?」

「……」


面倒臭そう反応を示した後、晴華は照れ臭そうに頬を赤らめた。なんだこの初恋を語る女子学生みたいなテンションは。


「簡単に言うとね、あたしの一目惚れなんだよね!」


「きゃー言っちゃった!」と両頬に手を当てて悶える晴華。いや、だからそのテンションは何なの。僕の冷ややかな表情、ちゃんと見えてます?


「忘れもしない去年の入学式の日。式典の前、いや、後だったかな」

「忘れてんじゃねえか」

「教室で初めて目が合ったとき、あたしに優しく微笑んでくれたの。その瞬間、『好き!』ってなっちゃったの!」

「お前チョロすぎだろ」


そりゃ美晴の微笑みの破壊力で多くの男子生徒が地に落ちたが、完全にそいつらと同列じゃねえか。何から突っ込んでいいか分からないが、当人はとても幸せそうに語っている。


「だからね、すごく緊張したんだけど、友だちになりたくて話し掛けたら、ミハちゃん笑顔で頷いてくれて、もう愛しちゃってたよね」

「お前は何を言ってるんだ」


拳を握って思いの丈を語る晴華に、完全に引いてしまっている僕。これが恋人に対して語っているのなら可愛げもあるというものだが、相手は同性で友人である。


「そういうわけであたしとミハちゃんは親友になったの、羨ましいでしょ?」

「ああ、うん。そうですね」

「例えユッキーでもミハちゃんは譲らないから、あたしの目が黒いうちは!」

「おばあちゃんになるわ」

「――――お待たせしました」


自分でもよく分からないツッコミをしたところで美晴が戻ってきた。


僕はホッと息をつく。自分から振った話題にここまで追い込まれるとは思わなかった。晴華に美晴関連の質問はタブーだ、それが理解できただけでも収穫である。


「何の話してたの?」

「ミハちゃんとの馴れ初めについて!」

「そっか、懐かしい話だね」

「うん! ミハちゃん、あたしのこと好き?」

「もちろん、大好きだよ」

「えへへー、あたしの方が大好き!」

「ちょっと晴華ちゃん、いきなり抱きついたら危ないから」

「だって我慢できなかったんだもん!」

「ふふ、晴華ちゃんはホントに可愛いね」

「………………ええ」


唐突に始まった美少女たちの寸劇に、僕は完全に言葉を失ってしまう。通行人が2度見してしまうのも無理もない、僕は耐性が付いているが、こんなもの見せられたら一般人の心臓は持たないだろう。とある層を悶死させかねない恐ろしいやり取りだ。


間違いなくコイツら、高校生ではないな。1人は小学生で1人は主婦、少なくとも精神年齢は。


「どうしたのユッキー? 帰らないの?」

「……帰るに決まってるだろ」


被害を拡大しておきながら、何事もなく日常に戻ってくる2人を見て僕は額に手を当てることしかできなかった。


友人付き合いも悪くないが、しばらくは控えさせてほしい。そんなことを考える原宿午後の旅であった。

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