第18話 夏休み、茶道部2
「ただいまー」
雨を感じるのを止め、近くの公園から家に帰ると、少ししてから父さんがミニタオルを持って出迎えてくれた。
優しい笑みを浮かべながら、少し濡れた僕の頭を拭いてくれる父さん。
「どう? カエルさんたちとは仲良くなれた?」
「ちょっとノリが悪かったね。喉の調子が悪かったのかも」
「そっか。じゃあ次にリベンジだね」
「うん、最高のオーケストラにしてみせる」
いつものように楽しく談笑する僕ら2人。母さんもいないし普段であれば僕と父さんの素晴らしき親子愛を披露するところだが、1つやっておきたいことがあった。
父さんに頭を乾かしてもらった後、僕は自室に戻ってスマホを取り出した。ラインを起動してとある男へと連絡する。
『もしもし、どうした?』
「訊きたいことがあるんだが」
『唐突だな』
ラインお馴染みのコール音を聴くこと1秒、僕の悪友を名乗る男こと青八木雨竜がいつもの調子で電話に出た。
コイツ、電話出るの早いんだよな。意外と暇なんだろうか。
「男子バスケ部のことなんだが、最近部活辞めた奴っているのか?」
『いるけど、急にどうしたんだ?』
「ただの興味本位だ」
合宿のことを広めると面倒なので、シンプルに訊くことにした。
御園出雲の頼みは、合宿に男子1人だと心細いだろうから着いてきてほしい的なことだったが、そもそも僕はその男子生徒のことをよく知らない。好き勝手やるつもりといえど、事前の情報は得ておくべきだ。初対面の人間とうまくやり取りできるなんて欠片も思ってないからな。
『まあいいけど、お前が他人を知りたがるってレアだし』
「余計な前置きはいらん。さっさと話せ」
『へいへい、俺の知ってる範囲でな』
そう言ってから、雨竜は男子バスケ部を抜けたであろう男子生徒の話をし始めた。
『佐伯って奴なんだけど、結構面白い奴だったな。入部の挨拶時に『皆さんと一緒に全国目指します!』とか言っててさ』
「熱いやつだな」
『空気読めてないとも言えるがな、体育館が一瞬静まり返ったし。ウチで目指せるほど強豪でもないしな』
「お前はホント冷めてるな」
青八木雨竜がいる時点で全国を目指せるポテンシャルはあると思うが、その当人にまったくその意志がないからな。可哀想な佐伯。
『礼儀正しい奴だったけど、俺には敵意がむき出しだったんだよな』
「敵意?」
『敵意というか、対抗心かな。1ON1とか必ず挑んできたし、その度に返り討ちにしてきたけど』
「……」
佐伯、ホントに可哀想だな。本気で全国目指してるのに、あくまで部活として頑張っている完璧人間に捻られ続けるという。
「そいつ、お前のせいで辞めたんじゃないのか?」
『どうだろな。真面目なフリして、集中力が足りてなかったし』
「どういうことだ?」
『マネージャーと長話したり、アップ中に他の部活に気を取られたりな』
「……ほう」
何だか面白そうな情報に、口元が緩む僕。間違いなく、出雲から聞いただけの男子生徒とは違う。佐伯、絶対に裏があるなコイツ。
『悪い奴ではないが、飛び抜けて聖人かと言われるとそうでもない。部活も顧問に退部届出して終わりだったし』
「そうか、まあそれだけ聞ければ充分だ」
『結局何が知りたかったんだ?』
「まっ、ただの余興だ。僕が楽しく過ごすためのな」
『どうでもいいが、茶道部にあんまり迷惑掛けるなよ』
「知ってんのかよ!?」
この野郎、何も知らないような雰囲気出しといてこれか。隠そうとして話してる僕が馬鹿じゃないか。佐伯、コイツを許してはいかんぞ。
『いや、佐伯が茶道部に入ったのは知ってるからな。だから適当にカマ掛けてみたんだが』
「……」
ヤな奴ヤな奴ヤな奴!! 言っとくがなお前さん、イケメンじゃなかったらただのストーカーだからな。イケメンだから許されてるんだからな、大胆なプロポーズしやがって!
…………あれ、僕はいったい何に怒ってたんだろう。脳が暴走してたな、うん。
『まあいいや、ちゃんと忠告できたし。お前だから話したけど、悪用するなよ』
「当たり前だ、ちゃんと自分の中で完結させるわ」
『いや、それも立派な悪用なんだが』
「うるさいボンクラ。貴様は用済みだ、電話切るぞ」
『おっと待て。後1つだけ』
早々に通話を切ろうとした僕だったが、雨竜に引き留められる。少しだけ嫌な予感がしたが、案の上だった。
『梅雨がラインの返信遅いって怒ってたぞ? 飛び火がくるからちゃんとやり取りしてくれ』
僕は大きく溜息をつく。僕がスマホを手にしてからやたらとやり取りをしたがる青八木家のお嬢さんだが、兄に当たってしまうほど機嫌が悪いらしい。
「遅いも何も、ワザと返信してないんだ。受験生のくせしてラインばっかりしおって」
『お前視点だとそうだけど、ああ見えてずっと勉強してるんだぞ? 誰かさんと同じ学校に通いたいからな』
「だったら後半年我慢しろ、僕のせいで受験失敗したらどうするんだ」
『お前のおかげで合格することはあっても、おまえのせいで落ちることはないだろうな』
「よく分からんこと言いおって。こちとら受験にそこそこ気を遣ってるってのに」
『梅雨にとってはやり取りできた方が勉強効率上がるんだよ、理解したなら実践して俺に何も来ないようにしてくれ』
「それが言いたかったんだな、やっと理解した」
やけにしつこいと思ったら、晴華の時同様、雨竜は板挟みになって困っているらしい。晴華の時はさすがに申し訳なさを感じたが、梅雨については何とも言えない。兄妹なんだから愚痴ぐらい付き合ってやれって感じだ、たとえ元凶が僕だったとしても。
『とにかく伝えたからな、ちゃんと行動に示せよ?』
「妹相手にどれだけ怯えてるんだ……」
僕の呆れた物言いは伝わったのか、通話はいつの間にか切れていた。
スマホの画面をしばらく見ながら、僕はふと思う。
……梅雨さん。あなたのお兄さん、そんな完璧じゃないかも。
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