第13話 夏休み、ハレハレ5

「何なんだあのポンコツ女は!」


見当違いのスカウトを受けた僕は、とてつもなく不愉快な気持ちになっていた。


散々説教を噛ましたのである程度溜飲は下がったが、思い出すとどうしてもイライラしてくる。スカウトのくせして男女を間違えてるんじゃねえよ、どうやっても世界に羽ばたけねえよ馬鹿野郎。


「あは、あははは!」

「お前はお前でいつまで笑ってんだ!」

「あだっ!」


人が心の底から悲しみに暮れているというのに、腹を抱えて笑う女が一人。さらにイラッときたので、けっこう強めでチョップを入れてやった。


「ちょっとユッキー、本気で叩いたでしょ!?」

「人の悲しみを笑う方が悪い」

「そりゃ笑うよ、まさかいきなり女の子に間違えられるなんて」

「いきなりってなんだ!? 僕がどこかで女に間違えられると思ったのか!?」

「可能性としては0パーじゃないってくらいだったけど、まさかいきなり……!」


先程の僕とスカウトウーマンの会話を思い出したのか、口に手を当てて笑いを堪える晴華。なんて酷い女なんだ、散々多くの男たちを泣かしてきたに違いない。いろんな意味で。


「くっそ、ナンパとかスカウト対策の僕じゃないのか……」

「それだったらウルルンに頼むよ。電話で言ったでしょ、ユッキーの意見が聞きたいって」


残酷な宣言である。僕では敵対勢力を追い払えないと言われているようなものだ。こういう時、いつも以上に豪林寺先輩に憧れてしまう。あの人が側に居たら絶対安心できるしな、暴漢が出てきても張り手一発で倒してくれそうだ。


自分の無力さを感じ溜息が漏れ出そうになった時、晴華の影に隠れていた美晴が麦わら帽子のつばを軽く持ちながら笑顔で言った。


「でも、私たちの間に入ってくれた時の雪矢君、格好良かったよ」

「本当か!?」

「うん、すごく心強かった」

「くくく、そうだろうそうだろう」


僕は腕を組みながら満足げに頷く。良く聞け愚民共、人は見た目が9割という言葉を真っ向から否定するつもりはないが、人の心を動かすのはいつも人の心だ。見た目に騙され人の思いやりを見逃すようでは本当の意味でまっとうなコミュニケーションなどできないのである。


そこへいくと、僕の溢れ出る男気にしっかりフォーカスを当ててくれている美晴は素晴らしい女だ。笑いの耐性が低すぎるどこかの馬尻尾女も見習ってほしいものだ。


「も、もちろんあたしもそう思ってたよ?」

「嘘つけ、今更何を言っても僕は信じない」

「ホントだってば! その後のインパクトが強すぎて若干薄れちゃったけど」

「よし、今日は解散ってことでいいか」

「ゴメンってユッキー! 本気で謝るので帰らないで!」

「ああもう分かったから離せ、駅前ではしゃぎ過ぎだろ!」


割と冗談のつもりで言った言葉だが、けっこうな強さで手首を握られたのですぐに訂正する。先程以上に人の目に晒されているような気がするのでさっさと出発してしまいたい。


「ふふ、こういうの楽しいね」

「……お前はお前でマイペース過ぎるだろ」


穏やかな笑みが似合う黒髪のお嬢様は、今日も今日とて通常運転。喜怒哀楽の激しいもう一人のお嬢様とは大違いだった。


「よっし! それでは早速行きましょう!」

「全然早速じゃねえけどな」


立ち直りの早い晴華の後ろへついて行くように進む僕と美晴。その先にはお正月の神社を想像させるような人混みの通りがあった。


……おかしいだろ。どうしてこんな細い通りに人がいるんだ。原宿に住む人間が全員ここに来たって言われても余裕で信じるほどだ。まさかただの夏休みにまともに歩行できない体験をすることになるとは。


「で、結局僕は何で呼ばれたんだ?」


ゆっくりと道を進みながら僕は晴華に質問する。先程言ったように、晴華は僕の意見を聞きたいようだが、何についてかは未だに知らされていなかった。言いづらいことなのかもしれないが、この日を迎えた以上言ってくれなきゃ僕も協力してやることができない。


「あっクレープ! クレープ食べたい!」

「おい」


しかしながら、周りから漂う甘い香りのせいか、晴華は僕の話を聞いていなかった。おかしいな、昼食を食べてから集合のはずなのだが、胃袋オバケの血が騒いでしまったのだろうか。僕にとっては甚だ迷惑である。


「クレープならもう少し奥の店の方がいいな」

「だよね~、あそこは生地も拘ってて美味しいもん!」

「メニューも豊富だしね」

「お食事系が美味しいクレープ屋に外れなし、だね!」


話を修正したかったが、美晴がそこに乗っかってしまったので口を噤んでしまった。この人混みが嫌なのでさっさと任務を達成してしまったが、2人は慣れているのかそこまで苦痛ではなさそうだ。


はあ、厄日だ。ここで強引に軌道修正したところで、不要な諍いが起きるだけで余計な時間を食うのは目に見えてる。だったらさっさとクレープに付き合った方がスムーズに進むに違いない、正直乗り気はしないが。


「晴華」

「なぁにユッキー?」

「クレープ屋行きながらでいい。今日僕は何をすれば良いんだ?」


話だけでも先に聞こうと思い問いかけると、晴華は少しばかり苦い表情を浮かべた。


「そうだよね、それが本来の目的だもんね」


含みのある言い方をして口ごもる晴華。どうしたのだろうと美晴にアイコンタクトを送るが、彼女も首を横に振るだけで状況を飲み込めていないらしい。


「前も電話でお願いしてたんだけど、男の子の意見が聞きたくてね」


ゆらゆら左右に揺れる晴華の髪を見ながら待っていると、彼女はついに口を開いた。



「プレゼントを買いたいと思って。もうすぐ、今泉先輩の誕生日だから」

「――――成る程な、それで僕か」



理由を聞いて、僕はようやく腑に落ちることができた。冷静に考えれば分かりそうなものだが、その答えにたどり着かなかったのは普段のコイツの振る舞いのせいであることは間違いない。


「そっか、それは頑張って決めないとね」

「そうなの、1人だと自信なくて。ミハちゃんも協力してくれると嬉しいな」

「もちろん、私にできる範囲でだけど」

「それで充分だよ、いつもありがとう」


美晴は、親友の恋路を応援するように声を掛ける。



――――今泉先輩というのは、現在は陽嶺高校を卒業した、神代晴華の彼氏のことである。

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