第12話 夏休み、ハレハレ4

というわけで、夏休みが始まって2日目。僕は原宿の駅前に待機しているのである。


時刻はただいま12時45分、5分前どころか15分も前に到着しているのには理由がある。


どうやらこの原宿という街、若い女性が集まりやすいということもあり、芸能関係のスカウトマンがそれなりに存在しているらしい。特に原宿駅周辺で、待ち合わせで待機をしている女性たちを狙っているとかなんとか。


あくまでネットの知識なので事実かどうかは定かではないが、仮にそれが事実だとしたら、陽嶺高校が誇る美の2大巨頭を長く待たせるわけにはいかないと思ったのである。


勿論彼女たちが芸能に興味があるなら僕の行動など意味がないに等しいが、興味があるならとっくに浮いた話の1つや2つあってもおかしくない。


晴華が買い物に付き合ってほしいと言った理由を僕なりに考えたがこれ以外ないだろう。僕のように逞しい容貌であればスカウトマンも脱兎の如く逃げ出すというわけだ。くくく、僕をこんな風に利用するなんて、あの女も随分強かになったものだ。


そんなことを考えながら原宿駅から少し離れて待つこと5分、晴華からライン通話が掛かってきた。


「もしもし」

『こんにちはユッキー、もう原宿居る?』

「ちょっと前に着いたところだ。駅の近くの木陰にいる」

『ホント!? あたしたち見える!? 原宿駅の改札出たばかりなんだけど!』

「ああ」


駅の方へ目を向けると、人混みの中でも圧倒的オーラを放つ2人の存在を確認できた。


1人は見るからにアグレッシブ。イエローのトップスの中にはグレーのタンクトップを着ているようで、肩からグレーの生地が見えている。下はジーンズのショートパンツで、勉強合宿とあまり変わらない動きやすいファッションに見えた。違うとするなら、日焼け対策なのかキャップを被っているところだろう。それでもトレードマークのポニーテールはピョコンと飛び出していて、晴華らしさを感じた。


もう1人は見るからに落ち着いた装い。白を基調とした花柄のブラウスに、空色のプリーツロングスカートを身につけている。そして頭には麦わら帽子が乗っており、長い黒髪と絶妙にマッチしているように思えた。


すぐに気付けるのは美徳だが、目立ちすぎるというのもいかがなものか。


「見つけたからそこに居てくれ」

『了解でーす』


通話を切ってから2人の元へ向かう僕。日陰を探していたせいで道路の逆側に立っていたが、合流するのに2分と時間は掛からないだろう。たったそれだけの間、駅前の信号が変わるほんの少しの間。


僕が目を離した隙に、晴華と美晴はビシッとスーツを決めた女性に声を掛けられていた。


「あなたたちお友達? 2人してなんて素敵な出で立ちなのかしら、最近見た中では抜群にピカイチよ?」

「ありがとうございます」

「どう? この際2人一緒に芸能界デビューっていうのは? あなたたちならあっと言う間にスター街道一直線だわ!」


頭の悪そうな褒め言葉に頭を抱えながら、僕はスカウト女性の前に割って入った。


「あの、そういうの結構なので。普通に遊びに来ただけですから」


僕にしてはそれなりに言葉を選択し女性に立ち向かう。この人がどういう人間か知らないが、乱暴な言葉遣いで逆ギレさせても仕方ないからな。


「あら、あなたもこの2人と友だち?」

「そ、そうですけど?」


まさかの問いかけに思わず声が上擦ってしまう。未だに友だちかどうか聞かれて返答するのに慣れてないな、てかまったく慣れる気がしないのは何故だろう。


まあいい、今はこのスカウトウーマンを追っ払うのが先。原宿駅に来たばかりのコイツらに目を付けた観察眼は素晴らしいが、僕がこの場に居る限りはお引き取り願おうか。あんまり引かないようなら、コイツらがいかにポンコツかを教えて幻滅してもらおう。そういうのなら得意分野だ。


「……成る程。毛色は微妙に違うけど、アリかナシで言ったら大アリね」

「はっ?」


僕と火花散らす睨み合いをしていたスカウトウーマンは、口元に手を当てながら僕の顔をジロジロと見つめていた。どうしたんだこの女、スカウトは結構だってちゃんと断ったよな。


「分かりました! こうなったのも何かの縁、トリオでデビューってのも話題性があっていいかもしれない」

「トリオ?」

「ぶふっ!」


スカウトウーマンの未知なる言語に首を傾げていると、後ろから吹き出したような音が聞こえてきた。軽く振り向くと、晴華が口に手を当て俯きながら身体を震わせていた。


コイツ、急なスカウトに怯えて泣きそうになっているんだろうか。確かに相手はこちらが興味ないと主張しているのに引く要素を見せない。女性とはいえ、長いこと引き留められればいい気はしないだろう。


やはりここは僕の出番、先程以上にズバッと言って分からせてやろう。コイツらに芸能活動は興味ないと、あんまりしつこいようなら警察を呼んでも構わないのだと。


男としての使命感に駆られ、いざ反撃の狼煙を上げんとした瞬間、



「私に任せなさい! あなたたち3、まとめてプロデュースしてあげるわ!」



話を聞かないスカウトウーマンは、自信に満ちた表情で右手を胸に添えた。



……3人? 何故急に1人増えたんだ? というかどこから増えたんだ? 晴華と美晴以外の女子なんてこの場には居ないはずだが。


そこまで考えて、史上最悪なまでに嫌な思考が頭を過ぎる。


まさか。この女まさか、絶対にあり得ないことを考えてはいないだろうな。


しかしながら、わき上がる怒りに根拠はない。何かの勘違いという可能性を頭に残しながら我慢強くスカウトウーマンの言葉を待っていると、彼女は僕の右肩に左手を乗せてガッツポーズした。


「その目の輝き、間違いない。あなたこそリーダーに相応しい!」


残念ながら、僕の懸念は的中していた。コイツらと一緒に居たせいだろうか、この女は絶対に僕がされたくない勘違いをしてしまっている。


どうしてなんだ、父さん譲りの素晴らしき容姿のはずなのに、どうしてこんなことばかり起きてしまうんだ。



「さあ! 私と一緒に世界へ挑戦しましょう!」

「僕は男だ!!」



僕の怒号が原宿駅周辺に広がっていく。



ネットの噂も馬鹿にならない。悪質なスカウトというのはまさにこのことか。

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