第11話 夏休み、ハレハレ3
『場所は原宿で集合は13時! 変更あったらまた教えるね!』
「お嬢さん、ちょい待ちんさい」
自分の意見が反映されないままことが進んでいるような気がして、僕は待ったをかける。
『どうしたの? 原宿の場所分かんない?』
「馬鹿にしてんのか、行ったことないがそれくらい分かる」
『うそ! 行ったことないの!? ユッキーってホントに東京住んでる!?』
「お前それ、八王子辺り住んでる人に喧嘩売ってるからな?」
新宿に乗り換え無しで行けるのに、特別快速じゃないと1時間近く掛かるんだぞ? 場所によっては埼玉から行った方が近いところもあるというのに、あまり不穏なことは仰らないでください。
「ってそうじゃない。明後日の13時? いつ決めたんだそれ?」
『ミハちゃんとだよ! 明日だと都合悪いって言ってたから!』
どうしてミハちゃんの都合は聞いてて、ユッキーの都合は聞いてないんでしょう。そりゃ日時を決めないと都合が悪いかどうかの判断はできないだろうけどさ。『明後日の13時にしたいんだけど大丈夫?』的な歩み寄りがないものか。
『もしかしてユッキー、用事入ってる?』
「いや、特に何もないが」
『良かった! それなら3人で行けるね!』
本当は父さんとゆっくり過ごしたい気持ちがあったが、ここまで喜ばれるとそんなことを言う気も失せるというものである。
そういえば、買い物に付き合ってほしいって言ってたな。僕が何かする必要があるというなら、事前に言っといてもらえると助かるが。
「おい、聞きたいことが――――」
『晴華、晩ご飯できたぞ~』
質問しようとしたところで、ライン通話に聞き慣れない男性の声が入り込んできた。
えっ、何? どういう状況? 父というには声が若すぎる気がしたが、一体誰?
『ちょっとお兄ちゃん! 勝手に部屋入ってこないでよ!』
晴華の怒声が少し離れて聞こえてくる。成る程、晴華の兄君か。確か勉強合宿の移動中に兄がいるって話を聞いた気がする。シスコンなんだっけ、そこまではうろ覚えだが。
『何言ってるんだ、兄妹で隠すことなんて何もないだろ』
『いっぱいあるよ! 馬鹿じゃないの!?』
晴華に馬鹿って言われるって、兄君相当頭悪いんじゃなかろうか。ポンコツよりポンコツってちょっと想像がつかないが。
『とにかく今電話してるから出ていって!』
『もしかしてミハちゃんさんか、2人はホント仲良いな』
『違う人だし! もういいでしょ、さっきから待たせてるし』
『違う人、なんだその含んだ言い方? 晴華まさか、相手は男じゃないだろうな……?』
ここへ来て、急に兄君の声のトーンが変わる。よく分からんが、妹が男と話しているかもしれない可能性に怒ってる感じか。
『なな何を言ってるかなお兄ちゃんは!? そそそんなわけないじゃん!』
しかしながらこのポンコツ、電話口でさえ容易に嘘だと分かる焦り方をしている模様。さっきまで兄君に対して攻勢していたのに、どうして不自然なまでに狼狽えるんだ。図星を突かれたと言っているようなものじゃないか。
『それならスマホを貸してくれ。妹の女友達ならお兄ちゃんも挨拶しときたいからな』
電話相手が気になってしょうがないのか、晴華にスマホを渡すよう要請する兄君。仮に僕が女友達なら、若干引いてもおかしくない展開だ。
残念ながら、お馬鹿さんである晴華にこの場を乗り切る方法などないだろう。さっさと通話を切ってスマホをロックすればひとまず証拠は残らないだろう、後は神代家でうまくやっといてくれ。
『いいよ! だったら話してみればいいじゃん!』
ほええええええええええ!!?
嘘だろ? あろうことかこの女、何も考えずに僕に丸投げしてきやがった。もしかして僕のこと女友達だと思ってるの? キャッキャウフフしてるうちに乳揉みしだいていいってこと? 女友達だから?
落ち着け僕、思考を止めるな。ここで通話を切るのは簡単だが、晴華が実行しなかった時点で最善策とは言えない。メッセージの履歴も見られるだろうし、会話で納得させるのが1番だとは思うが。
僕に女声を出させて乗り切ろうという腹づもりだろうか。やれと言われればギリギリやれなくもないが、そんなことをするくらいならバレた方がマシである。そんな恥曝しは去年の学園祭だけで充分だ、僕は立派な男子高校生なのだからな。
『こんばんは、晴華の兄です。いつも晴華と仲良くしていただいてありがとうございます』
そうこうしているうちに、晴華の兄君から電話口に声を掛けられる。女友達だと信じているのだろう、声は柔らかく落ち着いた雰囲気を感じ取れる。晴華の兄君となればさぞモテるのだろう、シスコン属性が足を引っ張っていなければ。
……仕方ない。ここまできてうまく丸め込めるというのがどだい無理な話だ。全ては無茶振りをした晴華の責任、後で兄君にどう思われるかなんて知ったことか。
僕は大きく息を吸う。覚悟を決めて起死回生の手段に出た。
「What? Can you speak English?(何? 英語で話してくれませんか?)」
『はっ、えっ?』
「Returning to the story,do you believe in God?(話を戻しますが、あなたは神を信じますか?)」
『ご、ゴッド? 神?』
「Yes! Do you love Christ? Christ? Christ!(はい! あなたはキリストを愛してますか? キリストを、あのキリストを!)」
兄君が困惑しているのが容易に想像できる。
これは架空請求が一時期話題になった時に、僕が考えた外敵対抗作戦である。日本人なら英語が来る時点で動揺するし、単語を拾うと神やらキリストやら言ってるヤバい奴だと認識できる。
自分よりヤバい奴には立ち向かわない、日本人の素晴らしい美徳の裏を搔いた見事な作戦だ。
『おい晴華! ずっと外国人と話してたのか!? というか宗教の勧誘されてない!?』
『はっ? 何言ってるの?』
兄君が電話口で慌てふためいているのを確認したところで、僕はそっと通話を切った。これで注意は『男』ではなく『宗教』の方へ向くだろう、後は勝手になんとかしてくれ。
僕はスマホを片手に、座っている椅子の背もたれに身体を預ける。
はあ、疲れた。人と話すのってこんなに疲れるものだっけ? それともこの時間に同級生と話すことがほとんどないからだろうか、だとしたら多少は慣れなくちゃいけないのかもしれない。
そんなことを考えると、握っているスマホがブルブル震え出す。
今度は誰だと思いながら画面を見ると、相手は雨竜でも晴華でもなかった。
「もしもし」
『こんばんは雪矢君』
3人目の通話相手は、明後日一緒に原宿に行くことになった美晴だった。
『夜分遅くにごめんね、今少し時間いいかな?』
申し訳なさそうな美晴の声を聞いて、なんだか感動を覚えてしまう僕。おい雨竜と晴華見てるか、通話の冒頭はこうあるべきなんだ。まずは相手に歩み寄る、会話はそこからスタートするんだよ。
「大丈夫だ。遅くって言ってもまだ20時半だし」
『充分遅い時間だよ、アパートやマンションだと隣の住まいに迷惑掛けちゃうし』
成る程、気遣い先は何も僕だけじゃないのか。僕が隣人に怒られないように時間の配慮をする、なんちゅうできた子なんや。
「それでどうかしたか?」
ここまで気遣いの精神を見事に体現している美晴が、遅い時間にわざわざ電話してきたのだ。それなりに重要なことだと構えていると。
『えっと、晴華ちゃんからお買い物の話は聞いてる?』
「おお、ちょうどさっき聞いた」
『ごめんね、こっちで勝手に日時決めちゃって。私、明日じゃなきゃそれなりに都合はつくから雪矢君が用事あるなら早く伝えたかったんだ』
おい雨竜と晴華見てるか、思いやりの授業は美晴先生から習いなさい。
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