第10話 夏休み、ハレハレ2
「……ヒマなのか? いちいち通話がお好みなのか?」
『あのな、こちとらお前がやらかさなきゃ通話なんてしねえよ』
ライン上級者である晴華とのやり取りを断絶したおよそ10分後、再び雨竜からライン通話がかかってきた。
せっかく皆の衆からちらほら連絡が来始めてほくほくしていたのに、この男は何だと言うのか。
「やらかすって何だよ、お前に迷惑かけたつもりはないが」
『迷惑掛かってるから連絡したんだよ。お前、神代さんブロックしただろ?』
「よく知ってるな、陽嶺高校きっての情報屋め」
『嬉しくねえよ。さっきからお前にブロックされたってラインの嵐がすごいんだよ』
「……それは、迷惑掛けてるな」
僕が心の平穏を手に入れている間に、攻撃が雨竜に飛び火していたのか。さすがに少しだけ気の毒になった。
「というか、ラインってブロックされたとか分かるのか?」
『俺もよく知らないが、既読が付かなくなって怪しく思って、スタンプをプレゼントしようとしたら贈れなくて気付いたらしい』
「探偵みたいなことやってんのな」
それがたった10分の間で行われたという事実が恐ろしい。さすがライン界隈の神である。
『そもそもなんでブロックしたんだよ?』
「メッセージスピードについていけなかったんだよ」
『設定で【早い】から【ゆっくり】に直せ』
「ゲームの話じゃねえよ」
コイツ、時々真面目なトーンでボケてくるから分かりづらすぎる。ゲームのメッセージスピードなんて早いでも読み飛ばさないっての。
『いやまあ、気持ちは分かるがブロックはないだろ』
「気持ち分かっちゃうのかよ」
『…………』
「黙るな」
聞くまでもないが、晴華とのやり取りは雨竜でも苦労しているみたいだ。普通に話してるときも騒がしい奴だが、ラインだと画面が動きまくって余計に騒々しく思えてしまう。
『とりあえずブロックは解除しろ。今後やっていく為の方針は2人で決めてくれ』
「売れないロックバンドみたいだな」
『ちゃんと伝えたからな、もう俺は一切関わらん。以上』
そう言って、雨竜は一方的に通話を切った。僕と晴華の間に挟まって、随分お冠だったな。雨竜のことで恋愛相談されている僕も似たような心情だったと思う、当人同士で勝手にやってろよ的な。
しかしながら、僕も1ミクロン程度は反省しなくてはならない。メッセージの圧に押されてブロックしてしまったが、ブロックするのは話し合ってからでも良かったかもしれない。僕の要望を晴華が受け入れる可能性もあるし。
『廣瀬雪矢:ブロック解除したぞ』
というわけで、ブロックを解除してメッセージを入れてみる。ここから自分本位のメッセージが飛び交うようなら再びブロックしよう、話がまとまる気がしないし。
そんなことを考えていたら、harukaから無料通話が掛かってきた。スマホを買って1日目だというのに、随分と鳴るものだな。
「もしも――」
『ごめんなさいユッキー!!』
「うっさ!!」
通話ボタンを押した瞬間、晴華から大音量で謝罪の言葉が飛んできた。危うく鼓膜が破れかけたが、晴華のトークが止まらない。
『あたし、テンション上がってて! ユッキーとこんな風にやり取りできると思ってなかったから、いっぱいメッセ送って困っちゃったよね!?』
「お、おう」
『これから気を付けますので! ダメなところは直しますので! ブロックだけは勘弁願えますでしょうか!?』
ビックリするほどへりくだった謝罪だった。コイツのことだから『なんでブロックしたの!?』って怒ってくるかと思ったのだが、僕の想像以上にブロック対応が堪えていたらしい。
「まあ、うん。今後気を付けてくれるならブロックはしないが」
『ホント!? よ、良かったぁ……!』
電話口で、心の底から安堵したような声が漏れる。そこまで喜ばれると、唐突にブロックを噛ました罪悪感が沸いてくる。コイツを調子に乗らせるような気がするので、口に出しては言わないが。
『ブロックされるとこんなに寂しいものなんだね、あたしも少しは気にしないと』
「なんだ、今までブロックされたことないのか」
『ないない! だからホントにビックリしちゃってウルルン頼っちゃった』
すまんウルルン、やっぱり僕が原因だった。心の中では謝るので許してください。
『まあ、その逆だったらけっこうあるんだけどね』
「逆? ブロックしてるってことか?」
『接点ない人だったり知らない人だったりするとどうしてもね。変な画像やらメッセ送ってくる人もいるし』
「ああ……」
成る程。学年を誇る美貌の持ち主である晴華ならばあり得ない話ではない。苦笑気味に話しているが、ちょっとした恐怖体験のはずだ。雨竜もそうだが、容姿が優れているから恵まれているなんて単純な話ではないのだ。
『まっ、そんなことはいいとして! ユッキー、スマホ買ったんだね!』
続けたい話ではないのか、晴華はあからさまに話題を変更した。
「昨日買ったばかりだ」
『買いたてホヤホヤだね。もう、体育館で会った時に言ってくれれば良かったのに』
「豪林寺先輩のことで頭がいっぱいだったからな」
『ユッキーってそればっかりだよね。まあ普段学校にいないし気持ちは分かるけどさ』
そこから少しだけ、晴華と雑談を繰り広げる。普段なら面倒だと切り上げていてもおかしくないのだが、思ったより嫌な時間ではなかった。晴華の声のトーンが落ち着いていたからかもしれない。
『あっそうだ、ユッキーに1つだけお願いがあって』
そろそろ話題も尽きそうだと感じていたところで、晴華がそう口にした。
「なんだ?」
『お買い物に付き合っていただけないかなぁと思いまして』
「嫌だ」
『即答!?』
僕が返答すると、見事なツッコミが返ってきた。
『なんで!? なんでなのでしょうか!?』
「なんでも何も、今までお前に付き合ったことないだろ?」
『そもそもそれは何故でしょう!?』
「面倒だから」
『ガーン!』
ショックだったのか、効果音を口に出して項垂れる晴華。今までもこういう会話を何度かしてきたことがあったが、まったく同じ流れに落ち着いている気がする。
『で、でも、今回はどうしても男子の意見が欲しくて……』
しかしながら、今までと違って晴華は食い下がってきた。なんで断ってばかりの僕に声を掛けたのかと思ったが、そういう意図があったようだ。僕の隠しきれない男性オーラに目を付けたのは褒めてやりたいが、結果は変わらない。
「だとしても無理だ。僕は手伝えん」
『や、やっぱり、面倒だから?』
「違う。僕と出かけること、彼氏にどう説明するんだ?」
『あっ……』
こういうポンコツなところを垣間見てしまうと、他の男子たちとの距離感が大丈夫なのか心配になってしまう。
豪林寺先輩の弁に従うなら晴華との買い物は望むところなのだが、それ以前に前提が狂っている。彼氏がいる女子と買い物だなんてお断りだ、誰が見ているかも分からないしな。後で誰かから情報が漏れて修羅場だなんて笑い話にもならない、申し訳ないが手伝うことはできないだろう。
と、思っていたのだが。
『だ、大丈夫! 良いこと思い付いた!』
先程とは人が変わったように明るい声で晴華は言った。
『確かに、ユッキーと1対1で出掛けたら良くないことだと思うんだ』
「さっきからそう言ってるだろ」
『だからね、1対1じゃなきゃいいと思うの!』
「はい?」
そう言うと、晴華は名案と言わんばかりに声を張った。
『ミハちゃん誘って3人、それなら問題ないでしょ!?』
当人の了承を出る前に、彼女なりに代替案を持ってきたようだ。
彼氏持ちの女子と1対1になるわけではない。その上女子の方が人数が多い。これならば後で何か言われても問題はなさそうに思えるが。
「それ、ちゃんと許可取ってるのか?」
どう考えても今思い付いた適当な作戦。当然美晴に確認をしてるはずもないが、
『ユッキー、一瞬通話切るね』
そう言うや否や、晴華はラインの通話を切ってしまった。僕の指摘をクリアしようとしているなら今何をしているか容易に想像がつきそうだが。
約1分後、再び晴華からの通話。念のためスマホを少しだけ耳から離してオンにすると、案の上元気すぎる第一声が飛び出してきた。
『ミハちゃん大丈夫だって! 明後日行こ!』
あまりに早すぎる承諾の返答。こんなこと、食堂で昼食を食べるときもあった気がする。女子というのはこうも返答が早いものなのだろうか。美晴が晴華張りにマシンガンラインだったら引くぞ。
……ちょっと待て。明後日? 僕の承認はいずこへ?
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