第14話 夏休み、ハレハレ6

僕たちが1年だった頃、男子バスケ部の副部長を務めており、雨竜曰くずっと陽嶺高校のエースとして活動していたらしい。容姿もそれなりに優れているようで、女生徒からそれなりに人気はあったとか。


そんな人間でありながら決して調子に乗るようなタイプではなく、性格も真面目で同性からも好かれるような人間ということのようだ。


雨竜がバスケ部に入ったことで多少影は潜めてしまったようだが、本人としては自分にフォーカスが当たらなくなりホッとしているとのこと。話を聞けば聞くほどバスケが得意な普通の人だった。


全て伝聞調なのは、僕自身その人と話したことが1度もないからだ。今泉という名前も、今晴華が口にしてようやく思い出したほどである。だから僕は、雨竜や晴華が口にするイメージでしか今泉先輩を理解することができない。


まあ、例え詳しく話されたとしても頭には残らないのだろうが。


「晴華ちゃん、先輩とは最近いつ会ったの?」

「えーっと、ゴールデンウィークかな」

「……随分前だね」

「ほ、ほら! あたしたち球技大会や期末試験あったし! 向こうは向こうで講義が忙しかったみたいだし!」

「そっか、あんまり会えないのは寂しいね」

「そんなことないよ、ラインしたり電話で話したりするし」


2人の会話を後ろから聞いているが、晴華の言い分には違和感しか覚えない。


彼女の性格を考えれば、何もかもがおかしいことに容易に気付く。僕なんかよりも付き合いの長い美晴であれば気付きそうなものだが、さすがに事情も知らずに恋愛事を察するのは厳しいか。


それとも、なんとなく状況を察した上で深追いしないのか。後者でもおかしくないと思わせるところが美晴の凄いところではあるが。


「だからさ、次会うときにプレゼントを渡したいと思って」

「すごくいいと思う。先輩もきっと喜ぶよ」

「でも、こういうのって初めてだから、皆さんのお力を借りたいと思いまして」


そう言って、晴華の視線が美晴から僕へ向けられる。男への贈り物は男へ聞く。それ自体は間違ってないと思うが、1つだけ気になることがあった。


「初めてって言ってるが、兄上にプレゼントを渡したことくらいあるだろ?」

「うーん、そりゃお兄ちゃんにもプレゼントは贈るけどさ」


僕の指摘に、晴華は苦い顔を浮かべる。


「お兄ちゃん、何あげても嬉しいって喜んでくれるし、全然参考にならないんだよ」

「聞けばいいだろ、もらってどれが特に嬉しかったとか」

「そんなこと聞いたら怪しまれるよ、『誰かに買ってやるつもりなのか』って」

「そんなことないって言い切れないのが怖いところだな……」


直接会ったことはないが、会話をしているだけで晴華の兄上が少しばかり尖った性格の持ち主であることは理解している。変な探りを入れると、やぶ蛇になる可能性は十分にあるな。


「雪矢君、晴華ちゃんのお兄さんと話したことあるの?」

「ああ、ヤバい人だった」

「否定したいのにできないのが身内として悲しい……!」


僕の率直の感想を否定できないくらい、晴華にも自覚はあるようだった。あの兄上、晴華に彼氏がいるって知ったら発狂するんじゃなかろうか。


「へえ、私はそんな印象ないけどな」

「ミハちゃんは女の子だからね、紳士的な対応は取れるんだよ」

「そこだけ切り取るとすごい女たらしっぽく聞こえるな」


現実は、女子であれば妹と仲良くしても問題ないと思っているからだろう。逆に男子であれば全て敵、妹の貞操を狙う狼と言ったところか、ある意味分かりやすい兄上である。


「お兄ちゃんのことはいいよ、それより今はクレープが優先!」

「プレゼントはどうした」

「それは後で! ユッキーにアドバイスもらいながら!」


兄のことで少々気が滅入っていたようだが、クレープで一気に息を吹き返す晴華。恐ろしいまでの切り替えの早さだが、この感情の起伏こそが神代晴華なのだ。好きなものには情熱的で、苦手なものには浮かない表情が出てしまう。常に微笑みを絶やさない美晴とは思いきり対照的だ。


「クレープの後でも構わないが、僕は何も選ばないぞ?」


だからこそ、僕の言葉にあっさりと表情を凍らせる。原宿まで着いてきて、そんなことを言われるとは思わなかったのだろう。


「な、なんで? それだと何買えばいいか分からないよ……」

「アホか、そんなもん僕だって分からんわ。話したこともないってのに、同性ってだけで一緒くたにされてたまるか」


そう言うと、晴華は図星を突かれたように押し黙った。


やったことがないことを怖がるのはおかしくない。より良い結果を得ようと人を頼るのも間違っていない。しかしながら、全てを丸投げするなら一生『やったことがない』から抜け出せない。


「晴華、お前の兄上は正しいんだ」

「お兄ちゃんが……?」

「お前からもらえるものなら何でも嬉しい、プレゼントなんて本来そういうものだ」


父さんは、僕がくれるものなら何でも嬉しいと言ってくれる。それが汚い落書きだろうが、へなへなの紙飛行機だろうが、父さんは喜んで受け取ってくれた。


僕だってそうだ。父さんからのプレゼントなら何でも嬉しいと思う。大切なのは何をプレゼントするかじゃなく、誰がプレゼントするかの1点に尽きるだろう。


「例え僕が選んだものを喜んでもらえたとしても、『お前が選んでいない』という理由だけで必ずどこかでひずみを生むぞ。悪いが、そんな責任を僕は負えんな」

「……」

「だからプレゼントはお前が選べ。相手の気持ちになって死ぬ気で選べ。それがよっぽどおかしいものだったら僕と美晴で指摘してやるから」

「うん、私も晴華ちゃんが選んだものが1番嬉しいと思う」


美晴が追随してくれたことにより説得力が増した。選ぶ人が大事というのはあくまで僕の意見だからな、プレゼント自体が重要だと思う人だっているだろう。そこまで重視したいならサプライズじゃなくてしっかり話し合えと説教してやるが。


「……そうだよね。あたしが選んだ方が嬉しい、んだよね」


途切れ途切れに、晴華はようやく決意する。


何度も言うが人を頼るのが悪いと言っているわけじゃない。分からないことを知ってる人に聞くのは当たり前だし、人は人を頼って然るべき存在なのだから。


「よし! あたし、頑張って選びます! フォローお願いします!」

「その意気だ。じゃあ僕は帰るから」

「なんで!? 今の流れでどうして!?」

「いや、お前のフォローなら美晴がいれば大丈夫だろ?」

「うーん、晴華ちゃんの想像力相手だと私一人じゃ心許ないかな」

「ミハちゃんまでひどい!!」


一瞬しっとりとした雰囲気になったが、晴華を弄ってすぐさま回復した。こういう時の弄られ役というのは非常に重宝されるな。


勿論、僕は弄られ役などではないが。


「いいもん! クレープさんに元気もらうから! 2つは絶対食べるから!」


いや、今の流れでクレープ優先するんかい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る