第9話 夏休み、ハレハレ1

夏休みが始まり2日目。普段より日差しが少しばかり大人しいものの、人の多さで早くも目眩がしそうになる。


場所は原宿、沿線沿いに並ぶ少女漫画風なパスワードの広告に頭をフリーズさせながら、目的の人物たちを待つ。


日陰に避難しているものの、人が密集するあの通りを歩こうものなら汗と疲労であっと言う間にぐったりしてしまうだろう。


僕にはまったく縁がない場所だと思っていたが、ここを指定されたのだから仕方がない。汗を拭い、この後いったいどうなることやらと期待と不安が複雑に入り交じる。


こうして僕が原宿まで訪れたのは、2日前にある誘いがあったからだ。



―*―



終業式を終え、その日の夕方。自室で夏休みの課題を取り組んでいると、充電しているスマホがブルブル震え始めた。


ラインの無料通話らしく、相手は青八木雨竜だった。


「残念だが新聞は取ってないぞ」

『電話の勧誘で成功させたら大したもんだな』


当然ではあるが、電話口の相手は雨竜である。学校外でも連絡を取れることを考えれば、確かにスマホは便利かもしれない。


「なんだ急に、メッセージじゃダメなことか?」

『ダメじゃないが、いちいち打つの面倒だし』

「僕が出なかったらどうするんだ?」

『そのときになってからメッセージだな』


言いたいことは分かるが、僕に対して省エネを図ろうとする姿勢にイラッときた。確かに通話の方が楽だろうけど。


「で、何だよ?」

『お前、みんなにライン教えるの忘れてただろ?』

「あっ」


雨竜に言われて、今朝そんな話をしたことを思い出した。


豪林寺先輩が登校してるって聞いて完全に頭から抜けてしまっていた。現状、雨竜と出雲としか交換できてない。


うーん、ちょっとまずいな。いろんな人と交流した方が良いって豪林寺先輩と話したばかりだと言うのに、いきなり前途多難である。明日から学校は休みだし、どうしようか。


『そこで提案がある』

「提案?」

『お前が俺に泣いて懇願すれば、神代さんたちの連絡先を教えてやってもいいぞ』


ふざけた内容だった。通話口でも、雨竜がにやけているのが想像できる。


「残念だが、そこまでして欲しい情報でもないな」

『おっ、そんなこと言って良いのか?』

「何?」


雨竜の声のトーンが上がる。僕には分かる、こういう時のコイツはほぼ確実と言って良いほど僕の急所を貫いてくるわけだが……



『豪林寺先輩と、いろんな人と交流を図るって約束したんだろ?』



今回も例に漏れず、見事なまでに痛いところを突かれてしまった。

いやいや、問題はそこじゃない。


「……なんでお前がそのこと知ってるんだよ?」


このことは、放課後に僕と豪林寺先輩で話したばかりのタイムリーすぎる内容だ。いくら何でも知るのが早すぎる。


……ちょっと待て。僕が話してないのに雨竜が知っているということは。


『そりゃ豪林寺先輩から連絡が来たからな。お前とそういう話をしたからフォローしてくれって』

「はあ!?」


案の上、豪林寺先輩から雨竜へ連絡がいっていた。それ自体は先輩の優しさが垣間見えてとても嬉しいのだが、問題はそこじゃない。


「お前、なんで先輩のライン知ってるんだよ!?」

『怒るとこそこ? 聞いたら普通に教えてくれたぞ?』

「嘘だろ……なんで僕には教えてくれないんだ……?」

『お前がスマホを持ってること知らないからだろ?』

「あっ」


2度目のうっかり。そりゃそうだ。スマホを持ってない人間にラインを聞く人間はいない。僕としたことが、なんという過ちを犯してしまったんだ。


「頼む雨竜、先輩のラインを教えてくれ……!」

『えらくあっさり懇願したな』

「先輩の情報には代えられんからな、身を切る思いだ」

『そうか。残念だが教えられない』

「何!? 僕がこんなに屈辱を堪えているのにか!?」

『どれだけ俺に頼むの嫌なんだよ』


そりゃ嫌だろ、人が下手に出る度に面白おかしく笑いやがって。僕は貴様のおもちゃではない。お前が僕のおもちゃだ。


「で、なんで教えてくれないんだよ!?」

『いやいや、普通に考えて他人の情報を勝手に教えるわけにはいかないだろ』

「ぐぬぬ……それは紛うことなき正論だが……」


そこまで言って、僕は1番最初の問題を思い出す。


「ちょっと待て。さっきお前、晴華たちの連絡先を教えてくれるって言っただろ?」

『雪矢さ、最近みんなのこと名前で呼ぶようになったな』

「そ、それは今いいだろ」

『御園さんもお前のこと名前で呼んでたし、心境の変化でもあったのか?』

「……」


雨竜が面白がるように質問してくる。


『友達だと思ってる相手をとりあえず名前で呼んでみる作戦』を実行中だと伝えても良いのだが、コイツとはこの話をしたくない。


何故なら、友達やら悪友やらと認識する前に、僕はコイツを名前で呼んでしまっている。それがどういう過程だったかは朧気ではあるが。そのため、こんな話をしてしまっては、『なんだ、俺のことずっと友達だと思ってたのか』とからかわれること請け合いである。雉も鳴かずば打たれまい、余計なことを言う必要はない。


「話を逸らすな、僕の質問に答えろ」

『連絡先の件か、アレは嘘だからな』

「嘘!?」

『豪林寺先輩の意向に背けないお前なら、頭を下げざるを得ないからな』


鬼畜や。この男鬼畜や。人の弱みにつけ込んで弄んでやがる。どうしてこの男がモテるの、弄ばれてもいいって思ってる女子が多いからですかね。理解できない性癖である。


「つまりお前は、僕が頭を下げたところで、みんなのラインを教える気はなかったと?」

『そうカッカするな。みんなの連絡先は教えられないが、ちゃんと別案を用意してある』

「別案?」

『うん、お前のラインをみんなに拡散すればいいと思って』

「……うーん。理解はしたが、僕のラインが安物扱いされてるみたいでよくないな」

『ちなみにもう送付済みだ』

「僕のプライバシーはいずこへ!?」

『ははは。まあそれはいいだろ』


コイツ、僕を人間扱いしていないのではないだろうか。基本的人権の尊重が欠如しているだけなのか、このまま社会に出してはいけない存在である。


『というわけでみんなから連絡来ると思うから後は自分で何とかしろよ。それじゃ』

「ちょ、お前好き放題しやが――」


僕が全てを言い終わる前に通話が切れた。


これ、あいつから『みんなにお前のライン送っといたから後はうまくやれよ』とメッセージを送れば終わってただろ。豪林寺先輩から連絡受けて、嫌がらせするためにわざわざ通話しやがったな。


豪林寺先輩、頼る相手を間違ってます。このアホンダラにお願いしても良い結果は生まれません、今度会った時しっかりお伝えさせていただきます。


豪林寺先輩の自宅の方角(適当)に向けて手を合わせると、スマホが震え始めた。



『haruka:ユッキー!? ユッキーで合ってる!?』



知らないIDからの連絡だが、ユーザー名と送っているメッセージを見て、神代さん家の晴華さんだと推察した。


それにしても早いな、雨竜はさっき拡散したばかりと言ってたはずだが。意外と暇人なんだろうか。


『廣瀬雪矢:誰がユッキーだ。敬意を込めて雪矢さまと呼べ』


友だちに追加し返答すると、数秒も経たないうちに何通も返事がきた。


『haruka:ホントにユッキーだ!!』

『haruka:(クマが両手を上げて喜ぶスタンプ)』

『haruka:スマホいつ買ったの???』

『haruka:(クマが首を傾げるスタンプ)』


「……」


いや、うん。沢山通知がきたから別の人からも連絡がきたのかと思ったら、全部晴華からだった。


えっ、ラインってこんな感じ? コンピューターと将棋をやるような勢いで返答が来るの? スマホ初心者の僕じゃついていけないんだけど。


困惑しながらスマホ画面を見つめていると、僕が返信していないのに画面が動く。


『haruka:なんでウルルンに教えててあたしには教えてくれないの!?』

『haruka:(クマがプンスカ怒るスタンプ)』


それは豪林寺先輩の件で完全に忘れていたからで。


『haruka:夏休みの宿題やってる!? 物理と化学教えて~』

『haruka:(クマが涙目で手を合わせるスタンプ)』


まだ夏休み始まってないんだが。というか急に話題を変えるな。


『haruka:ユッキーどうしたの?? 既読になってるよ~?』

『haruka:(クマがニヤニヤしているスタンプ)』


お分かりいただけるだろうか。ここまでのやり取り(一方的)、1分も経過していないのである。


僕は冷静になった。そうか、僕にはラインなんて早かったんだ。それが分かっただけでも、晴華には感謝をしなくてはならない。僕は感謝の意を込めて、拙い操作で実行した。



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触らぬ神に祟り無し。消滅せよ、ライン界の神よ。

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