第6話 引導

終業式が終わり、教室で夏休みの課題や過ごし方の説明をところどころ聞き逃しながらも、僕は有頂天だった。


結局のところ、豪林寺先輩にとって僕が1番だったということである。でなければ僕だけ放課後ご招待イベントは発生しないだろう。


分かってたけどね? 不安なんて微塵も感じてなかったし? ぽっと出のイケメンや美少女に僕らの絆は砕けないわけ、改めて認識すると優越感半端ないわ~。


「おい廣瀬、ちゃんと聞いてるのか?」

「あはは、今はそれどころじゃないですって」

「夏休み前に聞く夏休みの注意事項より重要なことって何だ……?」

「先生、時間の無駄ですから続けてください」

「いいのかこれで……?」


出雲の口から辛口な言葉が出たような気がするが気にしない。僕の心は今、緩やかな川に浮かぶ葉っぱのように穏やかに動いている。流されるまま全てを受け入れる優しき心の持ち主、僕にぴったりじゃないか。


「おい雪矢」

「どうした2番君」

「……なんとなく想像はつくが、何だその呼び方は?」


声を掛けてきたから返事をしたというのに、当の本人は少しばかりムスッとしていた。番号で呼ばれたのが囚人みたいで嫌だったのかもしれない。しかしやめません、僕がマウント取れる滅多にない機会だし。


「ふん、皆まで言わんさ。強いて言うなら、僕が1番でお前が2番。もしくはそれ以下かもしれんということだ」

「すごい気分良いとこ悪いが、豪林寺先輩に誘われなかったところでそんな悔しくないからな?」

「なん、だと?」


予想外の宣言だった。豪林寺先輩との交流が嬉しくない? もしかしてコイツ、人間の心を失っているのか。


そもそも人間じゃない可能性さえあるな、今までの人間離れした能力を鑑みると充分にその可能性はある。


「貴様、正体を現せ」

「何をどう思考が巡ったらそんな言葉が出るか教えてもらっていいか?」


やはり言葉が通じないか。時々コイツと会話が成り立たない時があると思ったが、まさか宇宙人だったとは。もしや、氷雨さんや梅雨も宇宙人なのだろうか。氷雨さんは十中八九として、梅雨までそうだとはなかなか思えないが。雨竜と氷雨さんだけ突然変異したことにしよう。


「お前がどんな妄想してるか知らんが、俺はお前ほど先輩に世話になってないからな。ちょっと相手してもらえるだけで嬉しいんだよ」

「あれ、日本語?」

「ずっと日本語喋ってるわ」


突然言語レベルが一緒になり、雨竜の言ったことが理解できた僕。確かに、僕と雨竜では交流している日数が違うのだ。僕のように豪林寺先輩にそこまで思い入れはないのかもしれない。


それはそれで腹が立つな、そんな奴に体育館での交流時間を奪われたかと思うと。僕が寛容じゃなかったら、雨竜が保管しているシャーペンの芯を中途半端に折りまくるところだった。


「くくく、炭素の神は僕に感謝すべきだな」

「頼むから会話してくれ、全然ついて行けない」

「よーし、それじゃあ説明は以上。諸君、勉強にも目を向けつつ、有意義な夏休みを過ごしてくれ!」


長谷川先生の締めと共に、1学期最終日は幕を閉じた。僕はまったく話を聞いていなかったが、その内容を確認するために動くでもなく、帰り支度を済ませて教室を飛び出した。


「ちょ雪矢、俺の話――――」


イケてる宇宙人の話は無視して、僕はある場所へと向かう。


去年の今頃まではずっと使われていた、相撲部の部室である。



―*―



「はあ、あいつ完全に頭から抜けてるな」

「どうしたの青八木君?」

「御園さんか。雪矢の奴、完全にラインのこと忘れてると思って」

「どれだけ豪林寺先輩好きなのよ……」

「まあ憧れる気持ちも分からんでもないが、あいつは特に小柄だし」

「だったら青八木君だって対象なんじゃない? 雪矢の憧れの」

「……御園さんのせいで鳥肌立ったんだけど」

「あはは、そりゃ雪矢が青八木君にデレデレしてる姿なんて想像つかないわね」

「御園さんタイム、吐き気がするからそれ以上は」

「あらら、青八木君の意外な弱点ね」

「妙な想像されたら誰だって気持ち悪くなるでしょ……」

「それはごめんなさい、以後気を付けるわ」

「とりあえず、連絡先は俺から伝播しとくか」

「勝手に教えちゃっていいの?」

「良くはないけど、教えないより教えた方が面白そうだし」

「青八木君、雪矢に対してはホント徹底してるわね」

「そりゃ勿論、それが楽しくて一緒に居るんだから」



―*―



第一体育館の脇には畳が敷き詰められた柔道場があり、柔道部がそこで汗を流していた。


相撲部それに倣って土俵がある――――わけではなく、柔道部から畳を借りてきて、1番近くの空き教室に簡易の土俵を作っていた。


それこそが相撲部の部室であり、相撲部の活動場所だった。


豪林寺先輩が入学した時には3年に2人の部員が居たそうだが、先輩以外に入部する者はなく、1年後先輩は1人になる。部活動紹介によって僕が入部し、2人でずっと頑張ってきた。


普段は何の変哲もない空き教室だが、僕にとっては立派な拠点である。


「おっ、随分早いな」


2ヶ月振りに物思いに耽っていると、後ろのドアから豪林寺先輩の声が聞こえてきた。


「終礼終わってすぐ来たつもりだったが、遅かったか」

「僕もすぐに移動しましたから、先輩を待たせるわけにはいきませんし」

「……まったく、お前さんは不思議な奴だな」


僕の言葉を聞いて、僅かに口元を緩める豪林寺先輩。いったい今の会話のどこに笑う要素があるだろうか。


そんな風に考えていると、先輩は僕に一歩近付いて言った。



「ワシは、お前さんには嫌われるだろうと思っとった」

「はい?」



心外すぎる先輩の主張に僕は少しだけイラッとする。こんな好意的に接しているのに、どうしてそんな言い方をするのだろうか。第三者にさえ、僕が先輩をどう思ってるかなんて伝わりそうなものなのに。


「言い方が悪かったか。今もお前さんがワシを慕ってくれているのは知ってる。だからこそ分からんのだ、そこまでの魅力なんてワシにはない」


思わず口を挟みそうになったが、先輩がそれを手で制した。自分の話が終わるまで、入ってくるなということらしい。



「だってそうだろ。ワシはお前さんに、2度も引導を渡してしまったんだから」



そう言って先輩は、軽く目を伏せた。僕から逃れるように、男らしい身体とは対照的に身を縮こまらせていた。



「それは、そうだったかもしれません」



僕は否定しなかった。卑屈気味に話す先輩の言葉に、首を左右に振ることはない。


それはまさしく、事実だったから。あれだけ熱心にやっていた練習をほとんどやらなくなるほどの事件だったから。



「――引導を渡すは言い過ぎですけどね」



でも僕は笑う。



先輩に引導を渡されようとも、嫌いになる理由にはならないのである。

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