第5話 話したいこと

「おっ、ハレハレ後輩か。いつ見ても別嬪さんだな」


2人を見つけた豪林寺先輩が、口上交えて声を掛ける。


「えへへ、ありがとうございます先輩!」

「豪林寺先輩こそ、相も変わらず逞しいですね」

「口が上手いな月影、ワシはただ太っとるだけだぞ?」


2人に笑みを向けられ、どこか照れ臭そうに頭を搔く豪林寺先輩。


……あれ、おかしいな? 僕と話してるときより楽しそうにしてない? こんなに慕っている後輩を差し置いて、そんなことあるはずないですよね?


「というかどうしたんだ2人とも、廣瀬と青八木に用でもあったんか?」

「いやいや、先輩に挨拶しようと思ってきたんですよ? ユッキーとウルルンはついでです」

「うーん、ワシはお前さんらに挨拶されるような人間じゃないがな。……ん? ウルルンってなんだ?」

「えっ、ウルルンはウルルンですよ?」

「存在しない人物です。記憶から除外して構いません」

「は、はあ。青八木、急にどうした?」

「どうもないです、いつもの青八木雨竜です」

「いつものお前はそんなこと言わんだろ……」


ついに先輩にもウルルンというニックネームが伝わりかけたが、雨竜が力業でねじ伏せた。どれだけ嫌なんだコイツ。


「そういえばさっき、球技大会の話をしてました?」


ウルルントークに区切りが付くと、美晴が僕の顔を窺いながら質問してくる。確かさっき、不満をぶちまけていたような気がするな。


「おう、しとったぞ。廣瀬がワシに会いたかったとうるさいの何の」

「あっ、やっぱり豪林寺先輩が学校に来てたって話だったんですね」

「それでユッキー、約束なんかすっぽかすって言ってたんだ。ミハちゃん可哀想」

「なんだ、廣瀬が約束しとったの月影だったのか」


得心したように頷くと、豪林寺先輩は僕をじっと見つめて。


「いだっ!!」


軽く僕の頭にチョップを入れた。


「何するんですか!?」

「馬鹿もん、さっさと謝らんか。さっきの会話を聞かれてたなら尚更だ」

「いやいや、豪林寺先輩を優先することに嘘なんてないっす!」


2度目の鉄槌。今度のチョップはそれなりに力がこもっていた。


「いたたぁっ!! 脳細胞が!! 僕の脳細胞が死滅していく!!」

「碌なこと考えてない脳細胞なんて死んでしまえ」

「先輩酷い! 僕の扱いが酷い!!」

「ワシを優先してくれるのは嬉しいが、約束を反故にすると言われた側の気持ちも考えんか」


ここでようやく、先輩の言いたいことを理解する。先輩を優先しようとした気持ちを否定されたわけではなく、それによって傷ついた人がいるから誠意を見せろと言っているのだ。ぐうの音も出ない正論である。


「あの私、そこまで気にしてないというか」

「月影は黙っとれ、これは人として守るべき領分だ」


そう言うと、豪林寺先輩は僕の首に腕を回し、皆に背中を向けて小声で語りかけてきた。


「お前な、好意を持ってくれてる相手にあんな言い方ないだろ?」

「好意? 先輩、何か勘違いしてません?」

「勘違い?」

「そうです、彼女が好きなのは雨竜ですよ?」

「そうなのか? お前さんと話してる姿の方がよく見る気がしたが」

「僕は相談に乗ってましたからね、それでじゃないですか?」

「うーむ」


酷い思い違いをしている先輩を正すべく丁寧に話したつもりだったが、あまり納得した表情にはなっていなかった。しばらく無言を貫いたかと思うと、「まあ当人がそう言うならそうなんか」と言葉を紡いだ。


「しかしそれはそれ、これはこれ。ちゃんと謝らんと後々面倒になるぞ」

「……分かりました」


まったく気乗りはしないが、豪林寺先輩が言うならやぶさかではない。


先輩との作戦タイムを終えると、僕は少し困惑気味の美晴と顔を合わせた。


「あー、さっきはすまんかった。言い方が良くなかったと反省してる」


何だこの羞恥プレイは。豪林寺先輩はともかく、何故雨竜や晴華の前で謝罪をしなければいけないんだ。僕のような根気強い聖人じゃなければ、今すぐ裸足で逃げ出しているところである。


「うん、ありがとう。私の方こそごめんなさい、からかおうと思っただけでそこまで気にしてないから」


対して美晴は、いつもの穏やかスマイルを僕にお見舞いしてくる。コイツにとっては通常営業なのだろうが、その営業スタイルの虜になってしまった人間は少なくない。晴華とは違った意味でたちが悪いのだ。


「ゆ、ユッキーが、謝ってる……!? あの天上天下唯我独尊のユッキーが……!?」

「お前ぶっ飛ばすぞ?」


僕の誠心誠意の謝罪に心底驚いてみせる晴華。口元に手を当てる仕草がわざとらしく余計に腹立たしい。1発チョップでも食らわせてやろうかと思ったら、先に僕の頭にチョップが落下した。すごく痛かった。


「なんで!? 今の僕が悪いですか!?」

「女子に対してぶっ飛ばすはないだろ」

「だって! コイツが僕を煽るようなこと言うから!」

「そもそも謝る姿を驚かれることが驚きだ、そう思わんか?」

「ぐ、ぐぬぬ……!」


畜生、どうして先輩は僕にばっかり厳しいんだ。今のは晴華だって悪いのに、全然僕のことを肯定してくれない。


僕は楽しく先輩とやり取りしたいだけだというのに、日頃の行いを改めるのが遅かったということなのか。


「お前ら~、いい加減教室戻れよ~!」


鬱屈した思いを抱えていると、ステージの片付けをしている先生からお叱りの声が届いた。気付けば既に、1年生たちが体育館を出るところまできている。


えっ、嘘でしょ。これで終わり? 先輩との交流はこれで終わりだって言うの? 僕、ほとんど怒られてただけなんだけど。


「どうやらお開きのようだな」

「そうですね、夏休み前に先輩と話せて良かったです!」

「私も」

「お前らな、ワシの機嫌取っても何も出んぞ?」

「だからそういうのじゃないですってば!」


そんな僕の思いなど露知らず、ハレハレや雨竜と楽しそうに話す豪林寺先輩。最初に話し掛けたはずの僕が蚊帳の外、なんて現実は残酷なのだろうか。


まあいいか、先輩が楽しそうだし。悔しいが、こういう状況で異性に勝つのはとてもじゃないが無理だ。先輩は硬派な方だが、それでも美人な女子たちと話す方が楽しいに決まっている。相手が晴華と美晴じゃ尚更だ。


もう少し先輩と話したかった気持ちを押し殺しつつ、トボトボ体育館の出入り口に向かおうとすると、


「ちょ、勝手に帰るな廣瀬」


豪林寺先輩がすぐさま僕を引き留めた。みんなと団欒していたはずなのに、僕の方へ寄ってくる。


「すまんな、せっかくお前さんが声を掛けてくれたのに相手にせんで」


そう言いながら、先ほどのように頭をごしごし撫でてくる豪林寺先輩。その豪快さが、不満でいっぱいだった僕の心を解きほぐしてくれる。


「お前さんとは後で話すつもりだったからな、どうしても3人を優先してしまった」

「後で……?」

「ああ」


僕が首を傾げていると、先輩は軽く深呼吸をしてから僕に真剣な眼差しを向けた。




「――――大事な話がある。放課後、時間取れるか?」




断る理由もなく、僕は嬉々として先輩の言葉に頷いた。

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